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第十三話 『アイ』

 望月咲茉(エマ) 、マッティはイジメに合っている事を誰にも言えずにいた。


 悲しいと思ったけど、それは自分がイジメられていることよりも、ヒナが変わってしまったこと。

 大好きだったヒナが。


 同じ幼稚園だった二人は小学生になってからも仲が良かった。

 でも、ある時から急に、ヒナはマッティに対して冷たく当たるようになった。

 なぜなのか分からなかった。

 ヒナに何かあったのだろうか?

 それとも知らないうちに、何か酷いことをしてしまったのだろうか?

 私がデブだから?

 フィリピン人とのハーフだから?


 先生にも家族にも相談はできなかった。

 自分がどうにかしなくては、と思った。




  『アイ』


 4年生になった時、転校生がやってきた。


 朝の挨拶の前、教師と一緒に入ってきたその転校生の姿に、ざわついていた教室内が静まり返った。

 ヘソ出しのキャミソールにパーカーを羽織り、デニムのミニスカートから細い足がスラリと伸びている。担任の女性教師と同じくらい背が高く、赤いランドセルを背負っているが全く似合っていない。そしてパーマの当てられた長い髪は金髪だった。


 教師が黒板に名前を書き、転校生があいさつした。

 「渡辺アイでーす」と、その子は低い声で言った。

 そして、高い目線から一人ひとりの生徒の顔を見回すと「チーっす!」と言って、目の上でピースした。

 教室内は固まった。みんなは宇宙人に遭遇したような顔で、目を丸くして転校生を見ていた。

 その時うしろの席から誰かが小さく舌打ちした。

 それは、無言の合図だった。生徒たちは、その音で転校生を敵と認識した。


 ひと通り挨拶が終わると「じゃあ渡辺さんは背が高いから、あそこの席ね」と、教師は廊下に面した一番後ろの席を指差した。

 しかしアイは教師のその指示には従わなかった。

「あそこがいい」と指差すと、その一点に向かい、真っ直ぐ歩いていった。床を叩きつけるような厚底の音が止まり「代わって」とアイは言った。

 ヒナは瞬きもせず、ずっとアイを睨みつけていた。

 気に食わない、と思った。私より目立ってるヤツは絶対に許さない、と。

 ふんぞり返り、腕組みをしたままアイを見上げ「なんなのあんた?」と言った。

「代わるわけないじゃん。バーカ」

 そう言った瞬間、アイはおもむろに机に手を掛け、そのまま横に倒した。教科書や筆箱の中身が撒き散らされ、ヒナは衝動的にアイの腹を蹴った。後ろに退けぞったアイはヒナの髪の毛を掴み、平手で頬を打った。ヒナは頭からアイの体にタックルした。周りの机や椅子が巻き込まれ、馬乗りになりアイの頭や顔をメチャクチャに殴った。下からアイが蹴り飛ばし、ヒナが転び、今度はアイがマウントから殴った。

 女性の担任教師が間に入っても喧嘩は止まず、他のクラスの男性教師が二人を押さえつけ、ようやく終わった。

 二人ともボサボサの頭で鼻血を流し、ゼェゼェ言いながら睨み合っていた。  


 さっそく次の日から、アイに対するイジメが始まった。

 アイの机は「バカ」とか「死ね」とマジックで書かれた罵詈雑言で埋め尽くされており、逆さまになった花瓶が置かれていた。

 それを見たアイは、そのままヒナの所へ行き、いきなり頭を引っ叩いた。そしてまた前日と同じような乱闘が始まり、教師が割り込んで止めた。

 それは、何日も続いた。

 体操服を隠されたり、教科書を破られたり、ランドセルの中に濡れた雑巾が詰め込まれるたび、アイは迷いなくヒナに向かっていった。


 教室内の空気が変わり始めたのは、それから一カ月くらい経った頃だった。

 いつもヒナの周りにいた、取り巻きの何人かがアイ側についた。日頃からの、高圧的なヒナの態度に辟易としていた子たちだった。  


「あいつら、絶対に許さないから!」

 ヒナは苛立ち「あっち行ったヤツら、一生シカトだから!」と周りに当たり散らした。

 しかし、そう言えば言うほどヒナの周りから、人はいなくなっていった。 

 そして、一人減り二人減り、いつしかヒナは一人になっていた。



 ある日、ヒナが自分の席でぼんやり外を見ていると「ヒナちゃん、ウザくない?」と、アイの周りに集まっていた誰かの声が聞こえた。ヒナがそちらを向くと、その子はフンと鼻で笑った。この前まで一番仲が良かった、ヒナが密かに思いを寄せていた女子だ。

 寒気がして体が凍りついた。

 急に呼吸の仕方が分からなくなり、目の前が真っ暗になった。


 暗闇の中、ヒナは一人ぼっちでポツンと佇んでいた。

「あの子、ウザくない?」と誰かの声がした。

「みんなでシカトしようよ」「なんか臭いし」「あははは! へんな顔」「キモっ」「花瓶置いておこうよ」「死ねばいいのに」

 その声は真っ暗な空間をグルグル回り、ヒナに襲いかかった。


 それは自分の、

 ヒナ自身の声だった。

 沢山の目が暗闇から白々と浮かび上がり、こちらを見ている。

 バーカ! と罵り

 お前なんか必要ない、と嘲け笑っている。


 いやだ。いやだ。いやだ! いやだ!!


 一人にしないで。

 一人にしないで!


 私を一人にしないで!!




 「大丈夫?」


 近くで誰かの声がした。

 ヒナは保健室のベッドの上で寝ていた。汗をかき、うなされていたようだった。

 目を開くと、知らない少女がベッドの横に座ってこちらを見ていた。

 だれ? 

 そう思っていると、その子はふいに持っていた眼鏡を掛けた。

 それで気づいた。クラスの学級委員長、朝倉 夢月(むつき)だ。

 初めて、ちゃんと顔を見たような気がした。

 この子、こんなに可愛かったっけ? と思った。


「かこきゅう、なんだって」と、委員長は平板な口調で言った。

 無表情でどこを見ているのか分からず、ヒナは一瞬、自分が消えたような気がした。

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