未知の模擬戦 17
──それは、轟轟と燃え盛る焔を纏った、鞭だったはずの禍々しい剣。彼の掛け声と共に、ひとりでにその手に収まった。まるで、意思を持っているかのように、そう在ることが自然体であるかのように。
赤い焔を撒き散らす姿のなんたる悍ましいことか。俊輔は閉口した。
「フフ…応えてくれてありがとう。じゃあ、行くよ?」
俊輔は少年が剣を構えた時に直感した。あの剣に触れたら、文字通り全てを燃やされるのではないか──
彼が剣を振るった。
「み、ぎに!!」
「っ!!」
「ひええ、うひゃっ…!しぬう!」
海野少年の叫び声で、俊輔と秋山少年は反射的に右側へ飛び退いた。三人はなんとか間一髪でそれ避けることに成功した。秋山少年は半泣きであった。
高速で飛びかかってきた複数の炎の刃は、命中した箇所を爆音と共に吹き飛ばし、瓦礫ごと灰燼に帰した。もし生身に当たっていたらどうなっていたことか、想像に難くない。
「おお、初見で躱すとは!長年の経験者なだけある…にしても、やっぱり強いんだねえ、この剣。道理で使用に制約があるわけだ…こうして持ってる僕も焼かれそうだよ…というか、実際に焼けているからあまり時間をかけられないみたいだ」
少年は笑っている。少年の剣を握る手をよく見たら、確かに煙のようなもの上がっていた。己の手さえ焼くのか、あの剣は…というか、己を傷つけるなんて、そんな能力もあるのか…?!
考える暇などなく、栗茶色の髪の少年が、再び剣を斜めに構えた。第二波が来る!
「衝撃波と炎だけであれとかバケモンかよ…!」
「な、なんなな、もっかい来そうな」
「しっかりしろ佐原井、とにかく絶対に前から視線を外すな」
「は、はい…!」
「ごめ、俺ダメかもしれん、ちょっとコレは無理ゲー!俺あの人とそんなにバトったことそんなにないけど、こんな裏技持ってたの知らねーし!触れたら死ぬよガチで!」
「俺も知らねえよ!知ってたらもっと対策してたわクソが!」
「じゃあもう無理じゃんんん!!」
「るっせえ泣き言言うな!!最後まで諦めんな!!」
「噂に違わず熱いタイプなんだねぇ、海野くんって。まあ、金髪の君がそう言うのも無理はないさ。なんせこれは、今回の大会で初めて使ったから…ふんっ」
彼は、右手に構えた剣を俊輔たちのすぐ左側に向けて力を込めて振り下ろした。先程と同じく、その場所を目掛けて空中に振り下ろしただけ。だのに、廊下は恐ろしい早さで地割れを起こし、そこかしこから火柱が上がった。三人はぎょっとした。瞬時に顔が真っ青になり、変な汗が止まらない。シミュレーターで想定していなかったものがきてしまった…何より破壊力が桁違いすぎる…
「うん、調子はいい感じ…早めに習得できて良かったな。実戦だとこんな感じなんだ…さて、次はこれはどうかな?」
さらに少年が、横に薙ぐように剣を振るう。海野少年が再び叫んだ。
「伏せろ!!っぐ!!」
男は俊輔たちがいる場所の空中に、横に剣を振るった。海野少年が咄嗟に拳を握り対防焔結界を展開できたようで、俊輔たちは無傷だった。すぐ頭上では解き放たれた焔が横一直線に爆発を伴って炎上し、衝撃波と合わさってさらに小さく爆発。結界のおかげで無傷だが、もし間に合わなかったらと思うと…三人とも顔色は青くなる一方だった。
「ぐぅ、重てえ…っ」
右手を前に出しながら辛そうな海野少年と顔色の悪い俊輔たちを見て、少年はにっこりと笑って再び構える。そろそろとどめを刺そうかと、幻聴が聞こえてきそうで俊輔は眩暈がした。
「なにあのなにあのなにあの剣?!鞭?!さっきから振るうだけで空間そのものに炎とか爆発とか起こしてるよね?プラス地割れも起こせるとかチート乙!」
「はは、ありがとう」
「褒めてませんからぁ〜〜!!ホント無理!薫っちはあっちに付きっきりだし、もー自分リタイアいいすか?!」
「落ち着け秋山!向こう側は湖礼と神楽先輩がやりあってるし引けないし、この人相手に撤退は正直厳しい…が、リタイアは認めねぇぞ…そうなるくらいなら経験を積むしかねえだろ!つまり、やるしか「嘘でしょ?!」っせえ!!佐原井、竹也ぁ!行けるか?!」
「はい!こっちは行けます!!」
「は、はいい!やるだけやります!!」
「おっと、そういえばもう一人いたんだったね…危ない…灯屋はリタイアしたんだ、まあそうだよね。えっと、君は…『引力』が使えるんだっけか…厄介だなあ」
海野少年に名前を呼ばれて俊輔の肩が跳ね上がった。同時に気合いも入り、竦む足をなんとか立たせる。
手が震え、足元も頼りない。喉が異様に渇く。ああ、熱いからか。だって窓は溶けてるし、天井は抜け落ちてるし、廊下は瓦礫と炎に包まれてめちゃくちゃだ。せっかく、湖礼少年が炎を消してくれたのに。状況が悪化している。
俊輔は、目の前の地獄感が増した光景に、自責の念に駆られてた。それを察した海野少年の怒号が飛ぶ。
(俺が間違えた!俺が質問に答えなきゃこうはならなかった!なんで、なんで答えちゃったんだ、罠の可能性の方が高かったのに!)
「佐原井、余計なこと考えんな!今はアイツを倒すことだけに集中しろ、頼む!俺がフォローするから、やれることをやれ!!これ以上相手に余裕を与えたら、勝機はない!!」
「はい!!」
「は、はい!!」
「秋山返事は?!」
「ハイハイやりますうううう!応援だけでもやりますうう、二人ともファイトーーー!!あ、ついでに撹乱もやっとくね効果あるかしらんけど!」
「そ、それは言わんくていいわ馬鹿!」
秋山少年の掛け声を合図に、俊輔と竹也少年は目線を合わせて同時に駆け出す。とにかく今、目の前の男を倒さなければ、この団体戦の先はない!たとえ倒せる可能性が低くても!今何もしなかったら、全員あの炎で消し炭にされることは間違いないのだから!
…俺のせいで!
「出し惜しみはなしです、『引力』全力解放!!炎ごと床に這い蹲れ!!」
「っわ…!やっぱり重力使いは、厄介だな…!焔ごと、重く感じるっ…このまま、押し潰す気かな…っでも、まだ、左腕は動くよ!」
竹谷少年の全力の『引力』で全身を床に張り付けられようとしていても、彼はもがきながら膝をつき耐え、右腕から左腕に剣を持ち替えた。左腕と左手で、引力により重く感じるようになったはずの剣を、なんとか振るおうとしている。持ち替えた手も音と煙を立てて焼けているというのに、なんという根性だ。
「もう何回も怖い攻撃はさせないってーの!おらぁーくらいな!!」
「っうわ、痛…なんて目障りな…というか、君たちヤバいね、全員でかかってきたら……ふう、一人ずつでも、燃やす!」
「わっ、こ、この、状態でも攻撃できるとかありえな…」
「…大丈夫だ、任せろ!」
「サンキュー海野クン!」
秋山少年がなりふり構わずその辺に落ちている瓦礫を次々と落とした。重力も乗った瓦礫がガンガンあたり、少年は頭や腕から流血している。だが彼はこの状況に危機感を覚えているらしく、剣の焔の出力を上げた。剣を通して秋山少年に向けて無数の火の玉を飛ばしたが、引力場で焔が弱まっているせいか、海野少年が簡単に結界で弾く。
そしてそれを見て、一刻も早くとなりふり構わず左腕を無理やり持ち上げようとしている…!走り回って視界から完全に外れた、今が好機!
「目の前の全ての炎を!剣を!破壊してくれ、俺の『雷』!墜ちろ!!」
「っく、レーヴァティ……ぐ、あああああ!!」
───あちらが全てを燃やし尽くす焔なら、こちらは全てを打ち砕く雷。天井より特大の雷を、引力で床に這いつくばされ、瓦礫でダメージを負っている彼…ではなく、焔の剣に向けて墜とした。ドォン…と、激しい閃光と轟音を伴った迅雷が、剣とそれを握る春戸少年に命中する。
「……こ、これは、避けれない、ね……ごめん、裂記くん、先行って…る…」
電子音と共に、全身に火傷を負った春戸少年は消えた。焔の剣も粉々になって、空中に霧散した。地獄のような焔も気がつけば消えていた。
四人は、呆然と立ち尽くしたまま。俊輔は足に限界が来て崩れ落ち、秋山少年はぺたりと瓦礫の海に座り込んだ。海野少年も廊下の比較的無事な柱に背中を預けた。
「なんとか、倒せた…い、生き残れた…?」
「ああ、生き残れたよ…よくやった佐原井。秋山も竹也も。ガチでギリギリ、だけど、本当によく生き残った。終わったら、春戸先輩のデータ、探り直しだな…」
「リタイアいい?まじでもうほんと頑張ったじゃん俺!もう良いでしょ?!」
「いや普通にダメだから。でも休憩はするか」
「…あの、先輩方。薫くんの決着がまだなんですけど」




