未知の模擬戦 13
号令と同時に、弾かれた様に視界の左端で湖礼少年が、右端では竹也少年が同じく飛び出した。一歩遅れて俊輔も前に飛び出す。右拳を前に翳し、雷を墜とすイメージをしながら。
(───前方数メートル先に)
真っ直ぐに目の前にいる敵を倒すための布陣。つまり俊輔の相手は、目の前の真野真二。彼に向けて雷を、墜とす。生身の人間を攻撃するのは少し…いや、正直、かなり怖いし、抵抗感がある。だが向こうはやる気満々の様で俊輔の姿を視認すると、即座に細長い針を出現させ長い剣の様に右手で構え、薙ぎ払わんと振りかぶった。考える時間などない、早く仕留めなくては…!
(いや怖すぎ刺さったら絶対痛いやつじゃん集中力消えるわ怖すぎて!!)
「お前らがいるということやっぱり海野の結界だなァ!」
「っお、ちろ!」
「また会ったな新人!もー見切ってンだよなあ、それは〜〜」
「あっ」
「しかも、躊躇ったろ今。ハァ、命取りだな」
一瞬の光と重低音を響かせて、教室の床の一部分が勢いよく焦げる。そこに針を構えていた真野少年の姿はなかった。彼はなんなくひらりと横に飛び跳ねて雷撃を回避した。
(や、やばい、外した!)
「ま、多少キレは増してるし、バッドコントロールも良くなってる…が、当たんねーと意味ねえな!」
焦りながらも続け様に二、三発と天井から出現させた雷は、真野少年がいた場所を次々と焦がす。しかし、こちらの思考を読まれているのかと思うくらい、全ていとも簡単に回避されてしまった。ただ、避ける時は針をいちいち消している…回避後はすぐ銀色の針が握られているが。一瞬一瞬の行動が早く、目で追うのがやっとだ。そして何より、意思を持って動くものには、本当に当てにくい…!
焦りと恐怖で指が震える。こうなったら直接、と拳に雷を溜め始めてからはっと気づく。
(半径30センチ以内は)
彼の範囲だ、距離を…!
思反射的に後退りしかけたその時、ふわりと白髪が目の前に現れた。
(あ)
俊輔は今までの人生でこれほどまでに、“死”というものを身近に感じたことはない。眼前に迫る鋭い針がぎらりと煌めき、まるで魂を刈り取る鎌のよう。死神のように真野真二が囁く。
「瞬時に光速移動とやらができるなら間に合ったかもなァ。精々次は頑張れよ」
悲しいことに、彼の針を避ける術が今の俊輔には無かった。制服のズボンにカカカッとリズムよく針が刺さる音がし、足を封じられたことが見なくてもわかる。そして彼は、針を大きく振りかぶる。俊輔にはそれが振り下ろされるまでの時間が、まるで走馬灯の様に、永遠に感じられた。
(…無理だ、実力も経験も、なにもかもが違いすぎる…!たかが数日の戦闘シミュレーションで、その差が埋まるはずもなかった…もう少しくらい、なんとかなると思っていたのに…)
みんなごめん…何もできなかった。
鋭い針の先端が俊輔の頭に振り落とされようとしている、その刹那。俊輔の頭の中に、いつかの湖礼少年の声が過ぎった。
『…そういやさあシュンスケの能力って真野くんと相性良いかもね』
『え、なんで?真野くんって、白兵戦メインでしょ?むしろ戦いにくいというか、怖いというか手も足も出なかったんですけど』
『実力はしゃあないよ!それはこれなら経験を積めばだいじょーぶ!そうじゃなくて、二人の能力って雷と針じゃん?』
『うん、そうだね…?』
『あはっピンときてないでしょ!とにかく、真野くんと戦う時は全力で雷を放つと良いよ!それはもう暴発くらいの勢いで!機会があったらやってみてね』
───この世には避雷針、というものがある。
本来は火災などの雷害を防ぐために高所に設置する棒状のもので、先端が尖った金属性のもの。その材質は銅、アルミニウム合金、ステンレス…雷を誘導しやすく地面に流すことができる金属。
真野少年の針は、透明なガラス製ではない。燻んだ銅でも青銅でもない。壁に悠々と服ごと突き刺せるほどの殺傷能力と、美しい銀色の光沢がある金属だ。
「今!理解した!はああああああ!!!」
「ハ?!なにやっ、じば」
ドオオオオオン!!
『面白いコトになるかもだからさ★』
湖礼少年の伝えたいことがようやくわかった。
局所的な雷撃は躱される。それに彼は落雷の瞬間のみ針を消すこともできる。落雷までのラグがあるから、避けるのは容易なのだろう。そして、針を持ったままだと危険だから消していたのだ。
けれども、至近距離でかつ針を持った状態時に、落雷ではない莫大なエネルギー量の放電なら?針を消す暇などないはず。
そして放たれた雷は彼に誘導される、なんせ避雷針が目の前にあるのだから。彼が手に持つその金属は、絶縁体ではない、導体だ。
「ぎっ、が……は……!て、テメェ…、やりやがったな…」
「眩しくて見えな…真二?!」
「何今の音…ちょっと真二、無事?!」
「…っよし、成功した…ぁ!ぐ、反動が…!」
真野真二は俊輔の全力の放電を、至近距離で針を通して浴びたことになる。何かが焦げたような臭いを醸しながら、ドサリと真野少年は地に伏せた。手に持っていた針と足元に刺さっていた針は消えていた。しかしまだ彼の安全装置である参加証は作動していない、つまり戦闘不能じゃない。今が倒す絶好のチャンス。チームタイタインのほかの二人の声が聞こえるが、加勢に来る気配もない。湖礼少年と竹也少年がなんとかしているのだろう。
しかし、能力を一気に使った俊輔も疲労に激しい襲われ、その場に片足をつく。
(きっつ……臭いも…きつ、これ、肉の………うぐ)
全身に大ダメージを受けたはずの真野少年は、倒れながらも声を発した。
「ま、まだだ…!まだ!り、里音!動けるか?!援護頼む!!」
「真二!まだ動けるのか?!悪いがこっちも手一杯…というかもう負けるから加勢は無理だ、相性が悪すぎる」
「まあ氷の槍と風じゃあね〜〜その程度の強度なら、ボクの風ですぐバラせちゃうし。そんなわけで、はい、君もさよなら!はい風速40キロ縦落とし〜〜!」
「ぐっ…ああああ!!先に…脱落し…訓練場で、まって…」
シュン、と電子音を残して湖礼少年と対峙していた…里音と呼ばれた長身の少年がその場から姿を消した。なるほど、戦闘不能扱いになり訓練場に送られるとそうなるのか。
「里音!くっ、家部!家部は?!無事か?!」
「こっちも全然無事じゃない。ちょっと未来が読めて光を多少操れても、空間ごと重力かけられたら何もできないし、どうにもならないんだね。せめて相手が湖礼なら良かったのに」
「そうですね。先が読めるのであれば、あなたがこの後どうなるかわかりますね?」
「天井と床の間で高速キャッチボールをされるね…そして僕はぐちゃぐちゃに潰れると。重力使い本当にイヤ。はいはい降参。そんなわけでごめんね真二。無駄に痛い思いはしたくないから『降参します!』」
家部、と呼ばれた小柄な少年も降参を声高らかに叫んだ直後、その場から姿を消した。これで残されたのは地に伏せている真野少年のみだ。俊輔は若干の吐き気を抑えて、覚悟を決めた。ぱりっと周囲の空気が乾燥し、右手を倒れている真野少年に向ける。
「ぐぅう…二人ともっ!俺が、こんな、新人なんかに…やられなければ!」
「…真野くん、今日は、俺の勝ちだね…墜ちろ!!」
「うああああ!!クソッ覚えとけよ佐原…」
恨みがましい眼で睨まれ少し怯んだが、台詞や途中で電子音と共に消えた真野少年。───何はともあれチームPassの、俊輔の初勝利だ。
(…相手チームが分かった時点で湖礼と竹也の勝利はわかってたけど、佐原井は…ギリギリ勝てた。真野も弱いわけじゃないからむしろ良く勝てたな。やはり経験則が必要だ。知識と経験は裏切らない。もっと、経験を積ませないと)
結界の中で海野少年が腕組みをしながら、暗い笑顔で見守っていたことは知らなかった。




