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PASS!  作者: 寛世
第三章
46/53

未知の模擬戦⑥

 


 通常区画、或いは街(エリア)を抜け、いつもと同じくあまり人気のないショッピングモールの、東棟の一階の奥。まるで葬列のように連なって並ぶ黒い箱たち。その上部は一様に橙色に光り、珍しく大多数が稼働していることを示していた。


(…こんなに人がいっぱいるの、初めて見た)


 俊輔たちチーム一同は【シュミレーションルーム】に来ていた。四日後に開催される団体模擬戦、リーンフォースに備えるために。

 入室してすぐ、常連であり自称シュミレーションマスターの栗栖が両手を挙げゴーグル身に付けたままこちらを見向きもせず、歓迎してくれた。


『よく来たな!むしろ遅かったじゃないか!もう既に仮想戦闘に入っているチームもいるぞ、出遅れるとは海野らしくない!それはさておき部屋は作っておいたから調整は各自でよろ!じゃ皆の衆、良き仮想(ヴァーチャル)を!!』


 彼はそれだけ言うと静かになった。彼が使用しているシュミレーターの上部が蛍光緑から蛍光橙に変わったため、文字通り一瞬だけ現実に戻ってきた、ということになる。え、なんで今、部屋入ったのがわかった?俊輔は少し怖くなった。他のメンバーは気にしていないようだが、それがさらに恐怖を増幅させた。


(…みんな慣れてるのか。あまり関わりないし、深く考えたこともなかったけど、そういえば栗栖…くんって、一体何者なんだろう)


 彼もどこかのチームに所属しているのだろうか。明後日、もしかして戦う相手として、立ちはだかるかもしれない…のだろうか。そもそも彼は、どんな能力(アビリティ)を使うのだろう?

 またしても思考の海に入りかけた時、海野少年の凛とした声が聞こえ、俊輔ははっとした。そうだ、今は戦闘の訓練をしに来たんだった!


「おうさんきゅ。聞こえてないと思うけど。この時期のお前ほど頼りになるものはないな。

 じゃ、一旦俺の周りに集合。設定してくから、何か間違ってたら教えて。まずは、NPCが数人ずつ襲ってくるゲリラ戦にして、フィールドは当日と同じく校舎…」

「あ、NPCは弱めに設定しよ!それで、慣れてきたらちょっとずつ強さを上げてこうよ。まずは作戦の流れを掴みたいし、なにより初めての組み合わせだしさ。シュンスケもその方が良いいでしょ?」

「う、うん。その方が助かる。集団戦というか、そもそも戦闘自体が、自分が戦うっていうのが…まだよくわからなくて」

「まァそうだよな。安心しろ、始めはみんな通る道だから。よしNPCは弱、初期位置は……これはランダムで」

「はーい!」

「えっと…初期位置って?」

「んとねー、当日は模擬戦が始まる前に、対戦チームには秘匿で待機場所を指定されるんだよ〜。チームなになには体育館からスタートです!みたいな?」

「なるほどわからん」

「…よし、設定は完了。全員シュミレーターに乗って同期頼む。ゴーグルとベルトは忘れないように。現実に戻ってダメージ受けてましたとか笑えねえから。

…準備できたな?じゃ、数秒後に電子の海で」


 海野少年の隣のシュミレーターに腰をかけゴーグルをつけた。指で空中コンソールを出し、ピッピッと一つずつ項目を押して苦戦しながらもなんとか同じ部屋に同接する。

 ───すると、途端に視界が暗くなる。次にいきなり水中にドボンと放り出されたような感覚。そのまま静かに底がわからない暗闇に沈んでいくようなこの感覚は、どうも慣れない。暗闇につられて目を閉じる。さらに沈んでゆく速度が、感覚が、強まった気がした。


(…しかもなんか眠くなるんだよなあ)


 ゆっくりゆっくり、どこまでもどこまでも行き着く果て無く、無限の闇にか深海の果てへでも沈んでいくような不思議な感覚の中、唐突に眩い光が差して瞼が開く。


 そこには見慣れた顔ぶれが。


「…よし、全員いるな」

「せっかくなら点呼するー?」

「いい。それより湖礼、全員にわかるように場所の確認と伝達を」

「はーい、見てわかる通り…訓練場、つまりは体育館です」


 二人が声を顰めながら確認し合う。そうだ、もう訓練始まっているんだ。

 まずは状況確認。体育館、この学園でいうところの訓練場に当たるこの場所は、一見木造のドーム状の地球によくある運動のための施設に見えるが、俊輔が知っている地球のそれとは、当然広さも天井の高さも設備も格段に違う。壁は厚さ数メートルの防弾ガラスで覆われており、それを隠すかのように防火、防水処理等が施された壁が覆っている。あらゆる『能力(アビリティ)』への耐性がされている場所だ。きっとシミュレーター内の体育館も同じように設定されているだろう。

 その体育館の真ん中に、全員がぽつんと立っていた。


「えっ」


 隣にいる秋山少年の顔色がみるみる青ざめていく。俊輔はまずいと思った。そして、無慈悲にも嫌な予感ほど当たるものはないのだ。───案の定、俊輔が声をかけるよりも早く秋山少年がパニックに陥った。


「アッアッ、これ…あれじゃん?!ココ指定されたら隠れる場所なんて…狙い撃ち…され…いやしぬってマジで無理ゲーーーーーーー!!」

「落ち着け!チッ防音結界、光学迷彩結界展開!」


 ガラッ…たたたたっ…

 海野少年がすぐさま右手の拳を握り、結界を張る。透明な薄い膜に包まれたような感覚。その直後、体育館の扉を無造作に開けて侵入してくる影があった。…木の人形だ。木の人形が動いている。「NPCだよ」見慣れない異形の姿に、声にならない悲鳴を上げかけた。が、湖礼少年の吹き抜ける風のような優しく小さな声でなんとか落ち着きを取り戻すことができた。


(めちゃくちゃびっくりした!!事前に伝えて欲しかった…)


 気を取り直して侵入者を見る。長い武器を持った人形が二体、素手が二体、計四体。うち二体が何かを探すかのように体育館を端の方から念入りに調べ始めた。残り二体は背中合わせにその二人のあとをじりじりと着いていっている。


(…これは、前衛と後衛の動き?)


 俊輔は人形たちの動きを見て、今後の参考になると確信した。できることならもう少し学びたかったが、地を這うような海野少年の声で視線をチームに戻す。そこにはすでに見慣れつつあるいつもの鬼が。


「まじあぶない、秋山コロス、三回は」

「ぶっ、ははは!茂樹っち動揺して一句読んじゃってるよ!面白ーい!」

「ご、ごめーん!体育館(ココ)に出たの何気に初めてだったしついパニクっちゃた!大体いつも屋上とかどっかの教室から始まるじゃんか…いやこれ言い訳じゃん…」

「三発は覚悟しておけよ…厳しいこと言うと、今のお前の行動で全員を危険に晒したから」

「うぐ」

「環っちは意外と焦りやすいというか、想定外が起きるとパニックになりがちな気がする。課題だね!

 ちなみに戦場なら、やられてたからね?」

「マジで本当にごめんなさい」

「ドンマイドンマイ、次は気をつけてこ〜!」


 秋山少年は海野少年と(珍しく怒っているらしい)湖礼少年に注意され、本気で反省しているようだ。俊輔も改めて気を引き締めた。竹谷少年が静かに口を開く。


「海野先輩、結界はあと何分くらい持ちますか?」

「咄嗟で精度がだいぶ悪いからな…十分くらいは」


 その言葉を合図に、全員が背中合わせになり周囲を警戒する。守りの要である海野少年を囲うような陣形。前方には湖礼少年と俊輔、斜め後ろに後衛二人。

 …それで、この後はどうすれば?と考えていると、隣にいる湖礼少年が俊輔の心を読んだかのように答えた。


「ここからの距離と索敵能力的に数分もかからずにここまでに来るね…茂樹っち、奴らがボクとシュンスケの前に来たタイミングで結界を解いて」

「わかった」

「まずボクが、前の二体の動きを止める。具体的に言うと横斜めに風を叩きつけて奇襲する…と、一瞬は隙ができるから、その隙にシュンスケが雷を落として再起不能にして!完璧な作戦でしょ?大丈夫、もし上手くいかなくてもボクがいるから!」

「う、うん…!やってみる…!粉々に破壊する気持ちでやってみる」

「おっいいね〜〜その心意気は大事だよ!とにかく、二人で連携してやってみよう」

「う、うん!よろしく!」


 …頼もしい。頼もしすぎる。自然と湖礼少年と行動することが多くなっていた俊輔は、彼の強さを沢山、隣で見てきた。だから、安心感があった。力んでいた肩の力が、少しだけ抜けた気がした。


「…前衛がまとまったところで…後衛っぽい二体は、まず秋山先輩が浮かせて足止めを。自分も手伝います。なんなら倒します。数秒は稼ぎますから、自分たちがしくじったら後衛も頼みますよ先輩方」 

「うん????昨日聞いてたのと違う気が…ま、まあとりまやってみるかー!名誉挽回ってね!」

「竹也お前……ま、了解。俺は状況に合わせて適宜結界を張り替える。前衛優先でフォローするから」


 全員が自分の役割を理解し、実践に向けて気合を入れ直す。一人じゃない。例え、人間じゃなくても。


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