表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PASS!  作者: 寛世
第2章
37/53

mission 1 : to the MOON⑨



「ちょ、湖礼くん…!」


 思わず声をかけたが、少年はどこ吹く風といった風に氏を見ている。確信めいた顔だ…これは何も言わない方がいいと判断し、俊輔は口を閉ざした。

 矢田野氏は表情を固くして、震えた声で呟いた。


「おや…どうしてそう思うのですか?」

「ここは沢山の自動人形(オートマタ)を保有してプラント栽培を行っている、月の中でも比較的大きな会社の工場…で、合ってます?」

「まあ、はい」

「それならスーパースカラー、されていないわけがないですよね」


 ごめんスーパースカラーってなに?と口を挟める空気ではないことはわかっている。


「……」

「この工場でエラーが起き、生産に携わる機械が一部でも止まればどうなるか?シンプルに月の食糧生産が滞ります。ただでさえ月は食に関しては余裕があるとはいえないのに、下手したら奪い合いが起きかねない。そんな大事で大切な機械に、コマンドエラー?有り得ません、事実ならあなたは今頃、ここにはいない」

「…」

「つまり暴走なんてしないんですよ。機械そのものは社用でも、システム自体はマザーコンピュータの支配下にありますから!イコール、あなたは嘘を言ってる」


 ボク、結構月のこと詳しいんですよ。で、ここからはボクの憶測になりますが、と前置きしてから少年は続けた。


(そりゃ詳しいでしょうねー!入っちゃいけないところに入ってるんだから!)


 俊輔は冷や汗と新しい情報の波状攻撃に理解が追いつかず、現実逃避をしたくなってきた。が、任務なのだ、これは。気を引き締めて矢田野氏を見やる。

 湖礼少年は声を顰めた。


 ───機械のプロテクトを外して、月の政府の監視から外そうとしたのでは?


 数秒の重い沈黙。俊輔にはその数秒が永遠のように感じた。じわりと嫌な汗が背中を伝う。尋問されているのは自分ではないのに。

 矢田野は、観念したように肩をすくめた。その顔には、はっきりと落胆と絶望の色が浮かんでいた。

 

「荒削りですが…そこまでわかっているとは。文句のつけようがない。あの学園の生徒は本当に、噂に違わず優秀ですね」

「ありがとうございまーす!で、まさか、裏切り者ですか?そうならボクたちはもう一つ仕事を」

「違う!そんなつもりはない!!裏切るなんてそんなこと!私はただ、」

「ただ?」

「…ただ、意思を持った自動人形(オートマタ)を、表沙汰になる前に処理……しようと…」

「え、なに、意志?!その話詳しく!!」

「………内々で、終わらせたかったのですが」


 ───弱々しく語る、矢田野氏の話はこうだ。

 二週間前、いつも通りに各工場内を回り給水専用機や日照調整機のメンテナンスをしていたところ、同じく各工場を持ち回りで回っていた自立型室温調整用の自動人形(オートマタ)が、()()()()()()()()

『社長。今ノままでハ効率が悪いデス、給水専用機ノ時間調整をした方ガ、良いのデハ?』

 矢田野氏はたいそう驚いた。自動人形(オートマタ)が意思を持って話しかけてくるなんて全く予想だにしていなかった。自我が芽生えたことに言葉にできないような嫌な予感がして、すぐさま月の政府へ連絡を入れようとし…手が止まる。()()はこの工場内に必須のたった三台しかない、温度調整担当。入れ替えに早くても一週間はかかるし、政府に報告したら十中八九、即座に連れて行かれる。……それは、駄目だ。生産に支障をきたしてしまう。そしてその結果として、月の住民に皺寄せがくる。もうみんな、食べ物には困りたくない……そうならない為に作った会社、生産工場なのだ。本末転倒は避けるべきだ。さて、どうしたものか……しかし、このままでいいのだろうか……だが、一台だけならこちらでなんとか制御して…

 あれこれ熟考を重ね、矢田野氏は思い切って機械の入れ替えが完了するまで様子見することにした。もたろん新しい温度調整用自動人形(オートマタ)は手配済みで、一週間後に入れ替えと、事態の説明、報告をすれば生産は滞らないし、月の政府も事情が事情なだけに多少はわかってくれる…だろう…。

 そんな思惑を抱きながらも矢田野氏はアドバイス通りに給水時間を変え、給水回数を増やした。実の所、今のシステムの効率の悪さは氏も考えていたのだ。

 このまま順調に行くはずだった。だがここで想定外…いや、想像はできていたはずのことが、再び起きる。日を追うごとに自動人形(オートマタ)が流暢に話すようになり、要求がどんどん増えていった。

『サンルームヲ拡張しましょう。日照時間を調整しまス』

『生産量を増やすためニ、各工場のプランタースペースを一段増やせば効率ガ上がりますね。スペースも問題ないカと』

『給水機器に劣化しているものガありました、新品二切り替えてください。その後、私が作った各工場用の給水システムをインストールすれバ更に安心かと。社長のは効率がちょっと…』

『メンテナンス要員の人間を二人増やすべきです。人にも余裕、休息は必要です。今のままではそれは十分とは思えません』

『お願いがあります。経営権をください。私の方がうまくやれます』

 ───ああ、会社が乗っ取られる。

 毎日のように発せられる無機質な機械音声。矢田野氏は判断を間違えた。危機を確信して遅すぎる後悔をする。一週間も待つべきでは無かったのだ、すぐに報告するべきだった!これは、明らかに自我を持って、善意で動いている!

 焦った矢田野氏は、新型の給水性能を備えた大型機械を導入し、給水効率化を図りその後にもう一度話し合いをしようと自動人形(オートマタ)に説明し無理に納得させ、これまた無理を承知でツテを通し、即日納入で大型機械を発注した。表向きの理由はそうだが、目的は当然意思を持った機械の処理。発注した機械には、()()()()性能が携わっている。明日には届く。そうしたらぜんぶ元通りだ。

 悲劇は終わらなかった。運命に見放されたかの如く氏の不運は続き、またもや誤算が起きた。既に社のデータベースを把握していた自動人形(オートマタ)に、先手を打たれていたのだ。前日に大型機械にインストールする予定のデータをハッキングし、処理コマンドをこっそり書き加えていた。そして次の日、ハッキングされた大型機械によって、矢田野氏自身が社に不要と判断され処理される───そこで間一髪、俺たちが駆けつけたということだった。


「なっ…じゃあその意思を持った自動人形(オートマタ)はどこに!?」

「矢田野さん、その機械は今はどこにいるかわかりますか?」

「GPS情報を確認します。位置的に会社の入り口にいます、が……?動いていない…?」

「会社の入り口……玄関……あ!その自動人形(オートマタ)って、足にキャタピラが付いてて、赤いモノアイで、人型だったりします?!」

「あ!ああー……」

「?はい。大型機械を仕入れる前日は絶対に会社に入れないようにするため、受付係をするよう非常時用の強制コマンドを出しましたから」





 作りものの夕焼けが道路を橙色に染める、ムーンベースへの帰り道。一仕事終えてるんるんと浮き足が立っている湖礼少年と並び歩く。


「いやー、前日にハッキングした自動人形(オートマタ)と、前日に強制コマンドを出していた社長。似たもの同士だったかもね〜〜」

「そうかも……あのさ湖礼くん、自動人形(オートマタ)も、意思を持つことってあるのか?」

「んーー?ふつーはそんなプログラミングされてないから有り得ないよ。けど、さっきの奴とか地球の現状を知ってると、ないとは言い切れないのかも?」

「そうだよな…意思か…」

「んーーーーーー、機械(かれら)にとっての最適って、なんなんだろうね」

「…わからない。元々AIはアイデアを出して導いたり人間の生活を便利にするために作られたって昔の本で読んだ。けど、今は何か違う。矢田野さんの件とか地球のこととか、なんか人間を支配下において管理、処理しようとしてる…俺には、わからないよ…」

「あ、そもそも意思を持ったらさあ、導くとか役に立つとか、そんな思考は無くなるんじゃない?彼らはシュミレートの中の最善の選択をしてるんだよ多分。

ってか機械の気持ちなんて兵器にわかるわけないじゃん★」


 う、またこれだ…。

 湖礼少年は定期的に自分たちを兵器だという。あんな能力が使えるのだから、そりゃまあ人間ではないと思うけれど。俊輔はあまりその表現が好きじゃなかった。無意識に顔が俯く。


「でもさ、対話はしてみたくなったな!というか直接目的を聞いた方がこっちも遠慮なくやれるし!」

「え?!対話?!難しくない?それこそ、不必要とか不穏因子的な判定されたら、問答無用で襲いかかってきそうな気がするけど」

「たしかにね。でもおそらく地球には、月のマザーコンピュータみたいな人間を監視し統括している機械…少なくとも、『生きている人間を地球のなんらかの維持に必要だと確信して管理しているボス的な存在』はいると思う。そいつなら少しは話ができると思ってるよ」

「……うーん、そう、かなあ」

「あはは、この話は二人だけの秘密ね!…とりあえず当面は地球を取り戻すために、まずは強くならないと、だね」

「…そうだね」


 さっきより足取りは、重かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ