mission 1 : to the MOON⑥
ヒュッと息が詰まる。
少年の深碧の瞳がまっすぐにこちらを見つめていた。なんとなく気まずくて目を逸らす。視線の真意を読み取ることはできなかった。彼が何かを伝えていることはわかったけど。勝手に気まずくなっている上に、張り詰めた緊張と重い不安が、影も形もなくのしかかってくる。呼吸が苦しい、空気が薄い、視界が狭い、そんな気がした。
───ああ、これが兵器となった自分たちの仕事になるのだ。
(……何と、闘うって?)
遠くなりそうな意識を保ちつつ、角を曲がる。眼前に飛び込んできたのはいくつかの巨大な工場。全体的に白く清潔感があり、野菜工場というだけあって会社周辺には自然がかなり多い。正面には左右に分かれた小さな花壇のような畑(と言われていたらしい)の姿。今現在、野菜はプラント栽培が主流であるため、なるほどこれはイメージ作りらしい。正面玄関近くの電工看板には、「ムーンベジタリアカンパニー : 本日通常営業中」という文字が忙しなくチカチカと点灯しており、どことなく古めかしさを感じた。
「ここだね」
「うん」
一度だけ止まって、すぐ敷地内に足を踏み込む。すると近くに待機していたらしい自動人形のモノアイが不気味に赤く点り、キャタピラーの足をかろやかに動かして近寄ってきた。「うわっ」俊輔は驚いて二の足を踏みかけた。が、すぐ隣から「止まらないで」という湖礼少年の声が聞こえ、止まりそうな足を叱咤し走り続けた。
『こんにちは、『ムーンベジタリアカンパニー』へようこそ。ご用け』
「こめんねえ、あとで直すから、茂樹っちが!」
軽く走りながら湖礼少年が薙ぎ払うように左腕を振るう。ふわりとした風が前髪を揺らしたかと思うと、突如吹き荒ぶ風が発生した。それは、瞬時に自動人形を容赦なく地面に叩きつける。激しい音を立ててひしゃげ、機械は仕事をこなすことなくその活動を停止した。
「なに、今の…風?」
「気になるー?」
「き、気になる!」
「えっとね、あの自動人形の周囲にだけ最大瞬間風速の40m/sくらいの風をこう、地面に向けてどーんって!縦殴り的なカンジでぶつけてみた!」
「風速40メートル…(って、どれくらいだ)」
「訓練すれば誰でもできるよ!普通の機械なら壊れたはず。さて、ここからは慎重に行こ」
「…うん」
少年はにっと笑うと、端末を一瞬だけ開いて目的の工場はこっち!と先導を切って走る。どうやら先ほどの白い会社は本社を兼ねる第三工場のようで、その後ろに似たような建物が二つあり、そのうちの一つが第一工場らしい。二人で静かに第一工場の入り口まで近づき、さきほどのように近寄ってきた二、三台の自動人形を少年が再び風の能力で瞬殺する。再び、三度、金属が潰れる音がした。
「よし、絶好調!」
(すごいな…)
あれだけの能力を使ってもなお元気そうな少年。その姿に疲労感などは全く見えない。俊輔はまだ自身の能力を巧くコントロールすることができないため、電気を局所的に数秒発生させるだけでドッと疲れる。破壊力のある雷を目標物に落とすとなると、一発落とすだけでしばらくは動けなくなる始末。しかも、動き回る的には当てることさえも困難を極めた。
湖礼少年はきっとたくさん訓練してきたんだろう。そういえば、初対面の時も空中に浮遊していた。
(彼はいつ、覚醒したんだろう)
───まだ、全然知らないことばかりだ。湖礼くんの能力も、彼のことも。これから一緒に戦うのに。
守られているままじゃ、駄目なのに。
葛藤しながら、俊輔は第一工場の扉を開いた。




