mission 1 : to the MOON⑤
ムーンベースの中は暗い。必要最低限のシンプルな設備や銀色が基地の基盤なせいもあるが、本質はその背景にある。少しだけ、月について触れておこう。
───そもそも月は、今も地球側から全く観測されていないわけではない。千と数百年前の1900年代には当時の各国が宇宙進出へ向け様々な計画を実行、2000年代には地球から様々な探査機が宇宙へと旅立っていた。月だけでも有名どころだとパイオニア、ルナ、レインジャー、サーベイヤー、かぐやなど多数の探査機名が記録データとして残っていた。
それらの残滓は、地球を出て宇宙へと住処を変えた時に可能な限り能力者と技術者を中心に殲滅し、回収した。『音』『光』『電気』『磁力』『重力』等の能力を持つ能力者たちによっていかに自然に破壊するかというミッションはかなり骨が折れたし、今もなおこのミッションは続いている。地球軌道上の人工衛星、宇宙探査機、宇宙望遠鏡、宇宙ステーション。広い宇宙に打ち上げられた膨大な数の人工物を多少時間がかかっても、確実に秘密裏に。
まあ当然そんなことを続ければ地球への通信が徐々に途切れるわけで、地球に巣食うAIや機械たちがそのことに気づいていないはずがない。そこはいい。バレるのは時間の問題だからだ。
大事なことは、宇宙からの衛星通信を通して地球への情報漏えいを防ぐこと。一部の人間が宇宙へ逃げたことは知られても仕方ない…が、地球の奪還作戦を企てていることはけして知られてはならない。地球へ降り立つ前に先手を打たれてしまったら、それこそ人類はその時点で“積み”なのだ。
(活動中の探査機はあらかた壊したみたいだし、宇宙に逃げた人類が月や火星に住む…ところまでは読めているだろうなあ)
───でも、地球に残り人類に味方する反逆者が数数多いること、人類が第三の地球を太陽系の或る地点に作り上げたところはまで読めたかな?
時間はかかったが、スペースデブリはできるだけリサイクルしている。宇宙における貴重な資源だ、もったいない。月やムーンベース、第三の地球の開拓に大いに役立った。そして、新たな探査機を作るためにも必要だった。それは当時の最高の光学迷彩技術力と、複数種の宇宙線を利用し、最高のステルス機能を搭載し作り上げられ、地球からはほぼ確実に観測できない。
即ち、地球探査機『ジアース』。
地球の現在の状況を正確に観測し、リアルタイムでムーンベースにデータを送るもの。
(月人出身の能力者と月の政府しか知らない情報。月における俺の本当の任務は、ジアースの観測結果の確認。地球の状況に変化はないか。ムーンベースと月深層部より『ジアース』へ不正なアクセスやオーダーはないか。裏切り者探しは、湖礼たちに任せる)
まァ裏切り者なんていないと思うけど。仮にいたとしても、そもそもどうやって地球の機械共とコンタクトを……いや、それ自体はできなくはない………のか…?
海野少年は思考を巡らせながらぼんやりとジアースから点々と送られてくる通信を眺めていた。平坦な平行線は地球に異常がないことを示している。一度スクリーンを月表面へと切り替える。月表面は特に変わった様子はなく、ジアースからの数値もいつも通りのオールグリーン。強いていうならば、窒素濃度がいつもより高いくらいだ。月内部へモニターを切り替え、ついでに街全体のマップも展開する。うん、今回も特に異常なしで報告かな……と海野少年が思っていたその時、街全体マップの一部が激しくチカチカと明滅し始めた。
「……はあ??!」
予想外のあまり、何が起こったのかを理解するのに時間を要した。マップ上の西区にある施設が忙しなく黄色く光る。それは「月内部で異常が起きた」ことを示すサイン。
「西区の植物プラント…!イエローなら危険度は低いはず、だが、とにかく現場を確認しないと…今、一番近いのは」
どうせ今回も何も起きないと勝手に思い込んでしまっていた。はやる気持ちを宥めつつ通信を繋ぐ。佐原井にあんなに忠告したのに、俺の方が油断していた…!心臓が変な音を立て、携帯端末を握る手にじとりと汗が滲む。コール音がやけに大きく聞こえ、一秒がとても長く感じた。
ふたコール目で通信が繋がった。
『聴こえるか、湖礼!!』
「声デカっ!はいはい、何かあったー?」
『西区にイエロー、至急向かえ!お前らが一番近い、場所は転送した!』
「了解!位置情報確認した!」
「い、いいい、イエロー?!」
「落ち着いてシュンスケ!移動しながら教えるね!あ、街中ではおおっぴらに能力使えないから走って!ボクが先導する!」
「わ、わかった!」
『…悪い、取り乱した。俺が説明する。西区の植物プラントは野菜工場。『ムーンベジタリアカンパニー』という、月の食料自給率にかなり貢献しているそこそこ大きい企業。第一から第三工場まである大きめの研究施設を持ち、社員は数人の研究者と数人の管理生産者しかいない。生産は全自動だから、自動人形が多い。
注意信号が出たのは、第一工場のプランター。イエローは、その場所で緊急性は低いがなんらかの異常が起こったことを示している。例えば禁止されている犯罪行為や違反行為とか。
俺はすぐには動けないから用心にもう一人か二人向かわせる。何かあったらすぐ連絡を。通信を切る』
「説明ありがとう!んー、でもなんで野菜工場なんだろうね。月の野菜って爆発したっけ?それともまさか自動人形の反乱??」
『爆発はしねぇよ多分。行けばわかるはずだ、じゃ』
「じゃまた!あ、あの角曲がったら着くよ!」
ピッと小さな機械音を残し通信は途切れた。異常が起きた場所を覚えたらしい湖礼少年は素早く懐に端末をしまう。何回も任務で月に来てるんだっけ…そりゃあ場所もある程度は覚えるか…と感心する。いや感心してる場合ではない、今はそんなことよりも確認しなくてはいけないことがある。俊輔は意を決して口を開いた。
「ねえ湖礼くん、一応…確認なんだけど、闘う可能性って…ある?」
「あるよ。裏切り者だったら始末しなきゃいけないから」




