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呪いの森のお嬢様  作者: 石蕗石


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呪いの森のお嬢様

呪いの森の深淵の塔に、今日も朝が訪れた。

ピヨピヨだのチチチだのと可愛らしく鳴く鳥の声に追加して、時折地獄の底から響くような呪詛の呻きやすすり泣きが聞こえてくるのはご愛敬だ。

今日も今日とて世界中の星のきらめきを集めて朝になる前に閉じ込めたような美少女である千尋は、ふかふかのベッドで起き上がって可愛らしく伸びをする。

顔を洗って身支度を調え、一階のリビングへ下りてくる頃には、おいしい朝ご飯の香りが漂ってきた。

今日の千尋の衣装は、真っ白なレースと刺繍が随所に施された紺のワンピースとフリルシャツ、最近町で買ってきた、紺のストラップシューズだ。

袖口のふわふわのフリルを揺らして、千尋はにこりと微笑みながら胸の前で両手を組んだ。


「おはよう、ステラ! 今日もとっても美味しそうな匂い!」


チヒロは最近、ステラのことを呼び捨てにするようになった。なぜかといえば、千尋とユーリアが呼び捨てで名前を呼び合っているのを知ったステラが、ちょっとばかりの嫉妬と寂しさを感じていることに気付いたからだ。

ユーリアはとっても大好きで尊敬する姉弟子だけれども、ステラだって千尋にとって、いつも一緒に過ごしてたくさん世話を焼いてくれる、頼りになる格好良くて可愛い使い魔さんだ。仲良しさとは比べられるようなものではないが、二人とも同じように大切な人なのだから、それでステラが喜んでくれるならと千尋はステラを呼び捨てにするようになった。

そうしてみるとなんだかよりいっそう、一緒に過ごす家族のように思える気がして、結果的には千尋もこれを気に入っている。

ステラは薄らと見えている口元ににこにこと笑みを浮かべて淑やかに一礼し、それから主人の椅子をしずしず引いた。

今日の朝食メニューはじゃがいものパンケーキだ。どっしりもっちりしたパンケーキには、両面焼きのフライドエッグとカリカリのベーコン、それにメープルバターが添えられている。横に並んだコンソメスープには野菜がたっぷり入れられていて、美味しさも栄養もまんてんだ。

朝からニコニコの千尋は両手を合わせ、いただきます! と元気よく食前の挨拶をした。


晴れて魔法使いになった千尋の暮らしは、見習いのころとそれほど大きな変化はない。

毎日森へ行ってはクソバヤ怪異や悪霊たちをビビらせ、ソフィアから魔法の授業を受ける。科目によってはユーリアも一緒だ。次の授業までにきちんと宿題を済ませ、寝る前にはステラとお茶をし、いつも幸せにぐっすりたっぷりと眠っている。ちなみに最近は人間を発見するとすぐに首つりロープをぶら下げてくる怪異を追いかけているのだけれど、これがなかなかすばしっこくて大変なのだ。しかしその大変さも、恐怖を知らぬお嬢様からすれば楽しいものである。

変わったことと言えば、毎日せっせとお守りを作っては、トルメーラの町の魔法使いの店へ納品していることくらいだろうか。その帰りには時々市場でのお買い物もしている。


魔法使い協会は彼女を魔法使いと認めて以降、基本的に静観していた。

元々の彼らの千尋に対する認識は、厄介な土地に喚ばれてしまった可哀想な少女、という程度のものだった。けれど例の犯人逮捕という名の実地試験において、千尋は協会の想定以上の働きをした。

「犯人を捕まえる作戦を立てましょう。なるべく自分も参加しましょう。ステラは過剰戦力すぎるので控えてね。悪霊もほどほどにね」という条件の下、千尋は完璧な作戦を立てた。というか立てすぎたのだった。

一体誰が、十五歳の少女が完璧な偵察を済ませてカチコミに必要な人数を割り出し、襲撃のタイミングと配置を考え、完璧なタイムスケジュールで敵を追い込み、格上魔法使いの性格を完全に読んで初歩の初歩の魔法だけで切り札を切るまでの時間を稼ぎ、洗脳されていた鳥一体無駄に傷つけることなく封じてみせるなどと予想したか。そこまでしろとは言ってない、というやつだ。

異様に詳細な計画書に魔法使い協会はどよめいたが、出来が良いぶんには文句を付ける必要が無いのは明らかである。協会と共同捜査をしていた王都の兵達も、この計画を受け入れた。内部では多少モメもしたようだが、アジトへ突入する兵士達に守護の魔法をかけるという提案が効いたらしい。

結果強制捜査は無事終わり、飛行船や魔法道具、捕らえられていた魔獣達まで、アジト内にあった厄介な諸々はすべてまるっと回収された。密輸犯たちにはまあまあな怪我人が出たものの、味方側にはたいした被害もなく、両者ともに死者は一人も出なかった。

大破した廃教会周辺を水浸しにした海水は、タコ夫婦もろとも海へと帰され、塩害も起きていない。このあたりは現代っ子であ千尋の細やかさが如実に表れたフォローだと言えよう。もちろん、町の少女へは侵入者をどかーんとする魔法道具が返却された。


ネックレスの効果で一時的に上がっていた千尋の魔法の出力は、この廃教会いっぱいの海の召喚と返還で使い切ったのか元通りになったものの、呪いをはね除ける魔法と呪い吸引体質は変わらず残っている。

想定以上の成果に魔法使い協会はほっと胸をなで下ろし、ついでにやべえ土地の新管理者の癖の強さにやや怯えた。しかし、以前の管理者も癖の強さについては似たり寄ったりな魔法使いだったこともあり、新人魔法使いの誕生は穏やかに祝福されたのである。

ちなみに王都の捜査本部でも作戦立案者である千尋のことは話題に上がり、その年齢に見合わぬ力を評価されてぜひ王都に、という話も出たのだが、彼女がこの世で見れる心霊現象詰め合わせセットと名高い呪いの森の魔法使いだという情報が入った途端立ち消えになった。

その各方面から恐れられているお嬢様はといえば、こうして今日も平和に最強メイドの美味しい料理をニッコニコで頬張っているのだが。


「甘みのあるもちもちの生地に、塩気のある卵焼きやベーコンも、甘いメープルバターも、両方とっても合います! 野菜スープも、具材によって柔らかいものとシャキシャキのものとがあって食感が楽しいし、うまみが溶け合っていて本当に美味しい……。ステラは本当にお料理が上手ね」


今日も朝から丁寧に褒められた人影メイドさんは、ちょこんとスカートをつまんで可愛らしくお辞儀をした。内心照れていることは千尋にはばればれだ。

二人がほやほやと温かいやりとりをするうちに、上階の客間からギードが幽霊のくせにぽてぽてと間の抜けた足音を立てて下りてくる。


「チヒロお嬢さん、ステラの姐さん、おはよう。うわあ、今日も美味そうっすねえ」


ぼけっとした声で朝の挨拶をするギードに、千尋とステラも挨拶をし、ステラはそのまま朝食の給仕をしてやる。本来であればギードは食事の必要が無いのだが、全く無しというのも味気ないというのが塔に住む三人の満場一致の意見だった。しかししっかり毎食貰うというのもギードからすると少々居心地が悪かったので、現在は一人前の半分程度をお供え物としていただいている。

野菜スープをしみじみと飲む半透明の男に、そろそろ朝食を食べ終わりそうな千尋はこてんと小首を傾げて尋ねる。


「ギードさんは、今日は森のパトロールへ行かれますか?」

「うーん、そうしようと思ってるっす。最近新入りが来たかもって爺さんが言ってたから」


ギードは最近ではすっかり悪霊達とも打ち解け、彼らに協力して貰いながら、まだ千尋が会っていない悪霊を探し出す仕事をしている。ギード自身はとてつもなく安定しているため悪霊になりようがない幽霊なのだが、いかんせんそれゆえに機動力も攻撃力も無いため、一人ではなかなか手が回らないのだ。

朝食を済ませて森へ向かうギードを送り出し、ステラに食後のお茶を淹れてもらってから、千尋は昨日作っておいたお守りの出来を改めてチェックした。

真っ白な布を四角い袋状に縫い、紺のリボンで口を絞めたそれは、どことなく日本の神社にあるお守りのような雰囲気がある。

そこへパパーンと花びらの舞い散るエフェクト付きで扉を開けたソフィアと、師匠の無意味な行動に慣れきっているユーリアがやってきた。

千尋は立ち上がって二人を迎え、にこにこと嬉しそうに駆け寄る。


「お師匠様、ユーリア、いらっしゃい!」

「チヒロ~! 今日は調子はどうかしら~?」

「こんにちは、チヒロ」

「ええ、今日もとっても良い調子です。昨日作ったお守りの確認をしていたところなの」


テーブルの上に広げられた幾つかのお守りのうちの一つをひょいと手に取り、ソフィアがふむふむと頷く。


「うん、良い出来ね。中に込められた加護もだけれど、チヒロはお裁縫がとっても上手ねえ~。可愛いわぁ」


ニコニコと褒めてくれるお師匠様に、千尋もてれてれと嬉しそうな笑顔を返す。そこへステラがお茶とお菓子を持って現れると、ユーリアはすかさず、ずいとバスケットを差し出した。


「今日はマフィンを作ってきました。皆さんでどうぞ」


そう差し出されたバスケットの中身を、ステラが早速全員の皿へ取り分けてくれる。食べやすい小ぶりなマフィンの上にはたっぷりの生クリームが乗せられ、その上にちょこんとスミレの砂糖漬けがあしらわれて、いかにも美味しそうな上に可愛らしかった。

乙女心を擽られる飾り付けに、千尋は思わず頬を両手でぺちりと覆い、ふるふる首を振る。


「とっても素敵! ユーリアはお菓子作りの腕前も、どんどん上達しているのね……。でも、でも、先にお守りをお店に出してこないと……」


お菓子食べたさとお仕事頑張りたさの間で葛藤している弟子の背中を、ソフィアはけらけら笑いながら叩いた。


「大丈夫よぉ~、食べ尽くしちゃったりしないから! さ、行ってらっしゃい」

「は、はい! すぐに!」


取り出した魔法の鍵をくるりと回し、千尋は現れた扉の向こうへぱたぱたと駆けていく。その背中を師匠と姉弟子は微笑ましく見送った。

魔法使いの店はそう広くもない。裏口から小走りに移動すれば、通りに面したショーケースの裏にはすぐたどり着く。

ガラス戸の裏にお守りを並べていると、表から声がかかった。


「おお、チヒロ殿! ちょうど会いましたね!」

「あ、ほんとだ……。お仕事お疲れ様」


若干暑苦しいくらいに元気な声と、対照的に地味な声は、ルートヴィヒとアベルのものだ。千尋はすぐにショーケースから顔を上げ、にっこりと笑った。


「あら、お二人とも! いまからお仕事ですか?」

「ああ、今日から少し遠くの町まで、隊商の護衛をすることになっているんだ」

「なんか土産とか買ってこようか」

「おお、それはいい案だ。確か名物の菓子があったはず!」


珍しく気を利かせてそう言ったアベルに、ルートヴィヒがパチンと指を鳴らして賛同する。嬉しくなった千尋は、二人に一つずつお守りを差し出した。


「嬉しいわ、お土産を楽しみにしていますね。これが道中の安全に役立てば良いのですけれど」


魔法の守護と真心の籠もったお守りを、二人はありがたく受け取った。そうして賑やかに話すうち、道行く人たちもショーケースの向こうに立つ千尋の姿にちらほらと気付く。


「あら、魔法使いのお嬢さん。今日も綺麗ねえ」

「あ、魔法使いのお嬢様だ!」

「おやあ、きれいなお守りだね。一つ貰おうかな」


次々やってくる町の人たちへ、千尋はあわててお守りを差し出していく。カップケーキは食べたいけれど、いまの千尋は町の皆さんを陰ながら守る立派な魔法使いなのだ。今日のおやつの時間はちょっとだけ延期としよう。


そんなふうに千尋が魔法使いとしてせっせと働きしばらく経った頃、こんな噂が流れ始めた。

とある国のこわーいこわーい呪いの森にには、恐ろしい悪霊や魔獣が住んでいて、迷い込んだ人間を頭からすっかり食べてしまったり死ぬまで迷子にしてしまう。

けれど、大丈夫。もしもうっかり迷い込んでしまったら、焦って歩き回ったりなんてしてはいけない。その場でじっと助けを待つのだ。呪いの森にはそれはそれはうつくしいお嬢様が住んでいて、迷い込んだ人々を悪霊から守ってくれるのだから。


こうして呪いの森のお嬢様は、今日も元気に人助けをしている。

『呪いの森のお嬢様』は、ここで一旦完結となります。

最後まで見てくださり、ありがとうございました。

もう暫くしたら番外編を書くかもなんですが、おそらくその前に『鬱展開大好き主人公VS優しい世界』の第四部を書き始める可能性が高いです。

次回作開始時期は仕事の状況とソシャゲの年末年始イベントの忙しさによって変化しますので、ご了承ください。

改めて、お読みいただきありがとうございました!

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