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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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路面電車と君のこと。

作者: 柏木あきら
掲載日:2021/05/17

路面電車のような、ゆったりとした恋の始まりの話。

かたん、かたん。

今日も路面電車に乗って俺は大学へ向かう。


車より遅くて時間かかるし、バスが並行して走っていて、そっちの方が早い。それでも、路面電車を選ぶのはゆっくりとすすむこの時間が好きだったから。高校までは自転車通学だったが、大学生になってから、路面電車での通学に切り替えた。 

大きな窓から降り注ぐ光と、走る音。乗客のおばちゃんたちの声。

それだけでも好きだったけど最近は、路面電車に乗る理由が一つ増えた。


路面電車専用の小さなホームに、電車がソロソロと入ってきて俺の目の前で停車する。

プシュー、と音がしてガラガラとドアが開く。俺はいつも二両目の定位置に移動し、吊り革を持つ。

市民の足となっているこの路面電車は朝晩は結構、混んでいる。座れないことも多いので、俺は初めから立つことにしていた。そして前方を見渡す。

(いた)

そこにいたのは自分と同じくらいの歳の男だ。黒の少しパーマがかかった髪。スマホをいじりながら画面を見ている。むちゃくちゃかっこいいわけでも、可愛いわけでもない。

ただ、俺の好みなのだ。


最近、路面電車に乗るのが楽しみになった一因は、彼の存在だ。数ヶ月前に見かけて、一目惚れ。

顔を見ただけなのに、何故か好きになっちゃった、ってことあるだろ?

まさにそれで俺は彼がどの車両に乗るのか毎日、観察して二両目のこの位置であることに気付いた。

彼はたいてい椅子に座ってスマホをいじるか、腕を組み寝ている。俺はそんな彼の斜め前で吊り革を持っている。

かたん、かたんとゆっくり進む路面電車の中で、俺はチラホラと彼を見ていた。

なんて名前なんだろう。何歳なんだろう。

彼女、いるのかなあ。

そんなことを考えるのがいつの間にか日課になっていた。


「亜記」

大学内のカフェテリアでコーヒーを飲んでると、背後から秋山の声がして振り向いた。

「秋山、ゆっくりだな今日は」

「うん。三コマ目からだからさ」

俺の隣の椅子に座り、紅茶を飲む秋山。人懐っこい秋山は入学以来の友人だ。

「帰りにカラオケ行かない?山崎たちといくんだけどさ、久々に」

「お、いいね……でも今日はちょっと」

断わろうとしたとき、秋山はピンときてニヤリと笑う。そしてワザと俺の顔を覗きこんだ。

「木曜日は路面電車の君の日だもんな」


秋山は俺がゲイだってことを知っている。カミングアウトしたきっかけは秋山がしつこく合コンの誘いをしてくるので、断るためだ。引かれるかな、と思いながらカミングアウトしたのに秋山は、すぐ笑顔になって『それじゃあ合コン行けねぇなあ。他を当たるわ』と言ってそれ以来、引くこともなく普通に接してくる。時にはお互いの恋愛相談をするくらいだ。


俺が一目惚れした彼(秋山は路面電車の君と呼んでいる)は、毎週木曜日だけ夕方にも会うことができる。たまたま授業が終わり帰宅中にそれに気付いた俺は、毎週木曜日は何の誘いも受けないようにしていた。

だんだんとストーカーのようで、自分でも引く感じはあるのだけど……

「まだ話できてないの?早くしないと卒業しちまうぜ」

秋山にそう言われてガックリと肩を落とす。どうやって声をかけろっていうんだよ……


夕方前の淀んだ空気感のある車内。ふああ、とサラリーマンが大きなあくびをしていた。この時間は流石に車内は空いていて俺も座ってスマホをいじっている。

『次は八丁町〜』

車掌のアナウンスが聞こえて顔を上げる。電車が止まり、ドアが開く。何人か入って来た中に、お目当ての彼が入ってきた。今日は薄い水色のパーカーを着ている。そしてどこに座るんだろうとチラホラ見ていた。

朝とは違い、車内は空いている。座りたい放題なので彼がどこに座るか分からない。たまに遠いところに座ってしまって、寂しくなることも多々。

だけど今日はスタスタとまっすぐこっちに歩いてきて、隣に座ったのだ。

(うわうわ!)

自分の鼓動がうるさくて恥ずかしい。彼に聞こえてないだろうか。

かたんかたん、とすすむ路面電車。左右に揺れるたびに彼の身体がこっちに来ないかなあと思いながら揺られているうちに眠気が襲ってきた。せっかくのチャンスなのに……と思いながら俺はそのまま寝てしまった。


夢の中で俺は名前も知らない路面電車の君と、抱き合っていた。夢の中のはずなのに何故か柑橘系のいい香りがして…

(んんん?)

ふと目が覚めて自分の頭が何かに乗っていることに気づいた。誰かの肩に寄りかかって……って、ヤバイ!他人の肩に……!

恐る恐る、横を見るとまさにそれは路面電車の君だ。

あろうことか俺は彼に寄りかかって寝てしまっていたのだ。


「すっ、すみませんっっ」

慌てて顔を起こして彼に謝った。彼は俺が寄りかかっても起こすことなく乗っけたままにしてくれてたらしい。車窓から見えた街並みで十分近く進んでいたことがわかる。彼が俺を見た。初めて正面から見た顔はますます俺の好みだ。

「もう少ししたら起こそうと思ってた」

意外にも低い声。初めて聞く声にゾクッとした。もっと聞きたい。

「路面電車って、眠くなるよね」

思わずそう言ってしまった俺に彼は少し驚いたようだったがすぐに笑った。

「乗り過ごしてない?」

そう、彼に言われて慌てて俺は答える。

「いやまだ大丈夫……君は?」

「俺は西雁音町だからあと二つかな」

彼は視線をスマホに戻す。ああもっと話したいのに。これ以上なんの話ができるだろうかと考えていると、彼の方から話しかけてきた。

「いつも朝、一緒になるよね。大学生?」

俺を知っていてくれたことに、驚いて軽くパニックになる。落ち着け、と自分に言い聞かせて答えた。

「うん。……君は?」

「横原の専門学校に行ってる。っても再来月にはこの街を出るんだけどね。就職決まったから」

「そう、なんだ」

せっかく話できたのに、崖から突き落とされたような感覚。

(秋山の言うとおりだ。早く行動しなかったから……)

「街を出るまでにさ、この路面電車、初めの駅から最終駅まで乗ってみようかと思って」

「え?結構時間かかるよね?」

初めのターミナル駅から最終駅までは二十キロ弱ある。しかも路面電車はゆっくり走るし、信号に引っかかったりするエリアもあるので一時間弱はかかるだろう。

「うん。でも就職したら路面電車も乗れないから」

その言葉に胸がちくりとした。俺は勢いのまま、彼に言った。

「なあそれ、俺もやってみたいな」


***


「は?路面電車の君とデートぉ?」

大学のカフェテリアで、秋山が大きな声で叫んだので俺は慌ててその口を手で塞いだ。

「声がでかいよ、お前」

「だってお前、この前までなんの進展も無かったくせに……」

秋山は信じられない、どんな手を使ったんだ、とにじり寄ってきた。

「そもそもデートじゃねぇよ、一緒に出かけるだけ」

「お前にとってはデートだろ」

「いや、まあ、そりゃ……」


路面電車の君は、[[rb:優 > すぐる]]という名前だった。フルネームまで言う必要がない、と思われたらしく名前だけ教えてくれた。

優は、俺の言葉に面食らっていたが、やがてじゃあ一緒に行く?と誘ってくれた。

その場で連絡先を交換して、優は次の駅で降りた。

なんてラッキーなんだろうと俺は小躍りしそうになった。優が街を出る前に話しかけることができてよかった。連絡先を貰えて、よかった。


数日後、勢いのあるうちに行こうと優が誘ってきた日が、やってきた。

ターミナル駅で待ち合わせして、路面電車に乗り込む。平日の午後ということもあり乗客は少ない。ドアが閉まり、かたんかたん、といつものリズムを奏でながら出発した。

当面は街中を縫うようにして走る。ボーっと外を見ながらも、優と俺はお互いの話をした。優は俺より一才歳上で就職は県外になるらしい。向こうで初めての一人暮らしをするのだという。

「一人暮らしなら、彼女連れ込めるな」

俺はそっとそんなことを聞くと、優は苦笑した。

「いまは、連れ込む相手がいないよ」

よっしゃと心の中でガッツポーズをしたものの、虚しい。どうせノンケだろうし再来月にはお別れだ。


だんだんとビルの高さが低くなり公園の緑が目立ち始める。いくつかの川を跨ぐこの路線。川面がキラキラしていて眩しい。橋を走るとゴトゴト、と重そうな音がする。

「亜記は、彼女いるの?」

突然名前を呼ばれて思わずむせそうになった。

「い、いや。いないよ。俺も一人」

「そっか。お前カッコいいからモテそうなのに」

優のその言葉に耳が赤くなってきたのが自分でも分かる。俺はきっと今日、天国に召されるんじゃないだろうか……


最終駅まであと半分くらいの時間になったころ、路面電車は鉄道と並行して軌道を走るためほぼ普通の電車の速度になる。

住宅街の向こうにはチラホラと青く光るものが見えてきた。

海が近いのだ。

『次は甘野〜』

段々と近くなる最終駅。最終駅にはフェリー乗り場が近くにあり、対岸には二人の神様を祀った島がある。カップルで行くと別れるという迷信があり、噂によると祀られている神様が女性二人だからカップルを見ると妬くらしい、という話だ。

男同士のカップルでも神様は妬くのだろうか。


そして数分後。とうとう最終駅に到着してしまった。

「ようやく着いたね。やっぱり一時間弱か。お尻が痛くなってきた」

俺がそう言うと、優は間違いないと笑う。笑顔になるとエクボが出来てめちゃくちゃ可愛い。

ああ、やっぱりそばにいて欲しいな。


ホームを降りて、磯の香りが強くなり目の前に海が広がる。何となく海が見たくて、フェリー乗り場へ向かった。

「あっちの島、カップルが行ったら別れるって有名だよね」

島を見ながら、一足前をいく優が言う。やっぱり噂になってるんだなと答えた。

少しだけ冷たい風が海上から吹いてきて体が震えた。歩みを止めて海を見る優。


そして不意に訪れた沈黙に、ふと俺は今がチャンスだと気がついた。

言うなら今しかない。本当ならこんなチャンスすら、無かったはずなんだ。当たって砕けろ、だ。

「あの、優。振り向かず、そのまま聞いて」

優はおとなしく俺に背中を向けたまま、黙っている。

「路面電車で毎朝、一緒になってたのは偶然じゃないんだ。俺、あの時間、あの場所を狙って行ってた」

ひゅう、と海風が吹く。

「俺、優に一目惚れしたんだ」

一瞬、優の背中が揺れた。ああ、多分驚いているんだろう。そしてゆっくり振り返った優の顔。かなり困惑しているようだ。

そりゃそうだよな、男から一目惚れされるなんて。

「……ごめんな、せっかくの想い出作り台無しにして。俺、電車で帰るから、ここで別れよう」

もうまともに優の顔が見れない。俺はそのまま駅へ向かおうと、優に背中を向けた。


「亜記、ちょっと待て」

優が絞り出すような声で俺に言ってきた。

「……知らない男に肩に寄っかかってこられて、数十分も寝させるわけ、ないだろ。ほぼ初対面の奴とこんなデートみたいなことするわけないだろ」

「……へ?」

思わず俺は振り向いた。すると目の前にいたのは、真っ赤な顔をした優。そして信じられないような言葉を吐いた。

「……お前一人が一目惚れしたと思うなよ」


***


「で、ノロケ話はそれで終わり?亜記クン」

紅茶を飲みながら秋山がウンザリしたような顔で、こちらを見る。

「いやー、心配かけたから報告しておこうかと」

「いらねぇよ!お互い一目惚れしてて、実は両想いでした、なんて話。あの島の神様、とんだキューピッドじゃんか」

あーあ、俺も早く恋人欲しいな、と秋山は大きく背伸びをした。


あれから優と俺は一緒に帰った。その日は気恥ずかしくて真っ直ぐにそれぞれの家に帰ってしまった。

帰宅してから優からきたメールに、俺は思わずベッドに伏せてしまった。


『これからもよろしく』


短い文章だけど、きっと優はこれを送るのにずいぶん勇気がいっただろう。だって俺も送ろうとしながらも勇気がなくて、なかなか送れなかったから。


『こちらこそ!ありがとう』

そうメールの返信をするのが精一杯だった。


翌日。いつもの二両目のあの席に優はいた。

俺に気付くと少しだけ赤くなっていた。

「おはよ、優」

優の目の前の吊り革を持ちながら、俺が話しかけると少しだけ笑った。小さなエクボができている。

「おはよう」

優がそう言うと同時に、ドアが閉まり、かたんかたん、と路面電車が走り出す。

『えー、次は東雁音町ー』

車掌のアナウンスが車内に響いた。


「今日、終わるの何時?」

「十六時くらい」

「じゃあ、その頃迎えにいくからさ。待っててよ」


俺たちはこれから、路面電車の様なゆっくりと時間をかける恋をいまからしていくのだろう。


【了】


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