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ちょっとやらかしたくなったのです



「カトリーヌ!お前との婚約を破棄する!」

「……そうですか」

「俺もだ!タチアナ!そなたとの婚約を破棄する」



 私も私もと合計5名の男達が次々に婚約破棄の雄叫びを上げる。

 3年間の学園生活を終えたそのパーティで。

 尚、この場にはそれぞれの保護者が出席している。

 それは国王陛下も人の子の親として出席しているその場でも出来事だった。



 声を上げたのは第三王子、公爵、辺境伯、宰相、騎士団長の息子。

 言われた方も、公爵、侯爵、辺境伯、宮廷伯、伯爵家など錚々たるメンツのお嬢様なのである。

 揃いも揃ってしらっと淡々と受け入れている。

 代表して公爵家のカトリーヌが声を発する。



「第三王子、ヘラクロス様、一応理由をお伺いしても?」

「貴様は妃に相応しくない!心が汚れきっている!自分から罪を認めよ!」

「なんの罪だと言うのです?」

「シラを切るか!そこにいるマリアンヌを虐めたではないか!可哀想に今も貴様達に囲まれてブルブル震えているではないか。さあこちらに」



 キラリ爽やかスマイルを浮かべ、ヘラクロスがマリアンヌに手を差し出す。

 婚約破棄を言い渡した男達も口々にマリアンヌへ優しく声を掛ける。

 男爵令嬢マリアンヌはカタカタと震えながら破棄された娘達の真ん中で涙を零す。

 それは美しい光景だった。

 そして静かに息を吸い声を上げた。



「嫌でございます!私は貴方方とは絶対に死んでも一緒に参りません!大嫌いでございます!!」



 そう叫んだ。





・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜




 それは春、一年だけの学園生活始まって早々に男爵令嬢マリアンヌ・ラークは固まっていた。

 貴族は上のものから声をかけられなければ一礼している間にやり過ごせる。

 そう聞いていた。

 そう義母様は言っていた。

 なのに何故だ!

 第三王子、公爵、辺境伯、宰相、騎士団長の息子がことある事に話しかけ、マリアンヌの都合はそっちのけでデートにひっぱりまわす。

 一様に身分の高い方々であるから断っても遠慮として捉えられる。

 本気で誠心誠意断っても己を曲げようともしない。

 できるだけ遭遇を避けようにも、寮の自室にまで押し寄せる始末。

 今日も今日とて、第三王子ヘラクロスが声を掛け、麗しい、美しい、可憐だとマリアンヌをひっぱりまわす。

 マリアンヌはただ、学園の図書館に行って勉強するはずだったのに。

 泣きたい気持ちを抑えて余計な口を聞かずただ黙って王子の飽きるまで付き合う。

 それが最短だと学んだから。

 逃げることなど身分の低いマリアンヌには出来ないのだから。

 つまらない女だと飽きてくれるのを待つしかなかった。




・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜




「疲れた……学園…辞めようかな……」



 義母様は言っていた、『貴族には貴族の礼儀作法がある。それには実践あるのみ。

 疲れたり虐められたなら帰ってらっしゃい。

 嫌な思いをしてまでいなくてもいわ。

 誰かと恋愛して結婚でいいの。貴族の義務なんて考えなくていいのよ。苦楽を共に出来る素敵な方と出逢えるといいわね』そう綺麗に笑った。


 マリアンヌの母親は、父親であるラット・ラークの家の侍女だった。

 相思相愛だったが、母親は平民である。

 子どもが出来たと悟ると屋敷を出て1人で子どもを産んだ。

 いくらラットが国内の一番末端の男爵貴族だからといって、土地持ち貴族の夫人に平民はなれない。

 黙って身を引いたのだ。

 ラットは懸命に探したが見つからず数年後にはとうとう見合い話が持ち上がった。

 ラットは馬鹿正直に相手の令嬢に全てを話した。

 相手は格上の伯爵家の娘。

 叩かれて馬鹿にされて下手すると取引中止を覚悟の上で本当に全部。

 いかに侍女の彼女を愛しているかを。

 破談になると踏んでの事だが、話せば話すほど、恋しくて恋しくて見合い相手の前で大泣きをしてしまった。

 ぱちくりと瞳を瞬かせたあと、彼女は優しくラットを宥めてくれたのだ。

 そしてそのまま結婚。

 それが今のマリアンヌの義母となるサララルーラである。

 元々男爵に惚れて見合い話を持ち込んだのもこのサララルーラなのだ。

 幻滅したかと言えばそんなことはない。

 器の大きな優しい美しい女性なのだ。

 侍女が見つからない中、ゆっくりとラットはサララルーラとも愛を育み、子を設ける。

 残念ながら全て男の子。

 女の子欲しいなと思いつつ授かりものだからと丁寧に愛情深く3人の子をラットと共に育てる。

 その一方で実家の伯爵家の情報網を駆使してマリアンヌとその母親を見つけ出したのもサララルーラであり、死にかけていた母親の一命を救ったのだ。

 側室にとラットと母親に話しをそれぞれ通したが、恩ある方に足を向けるような真似は出来ないと、母親は公式なサララルーラの侍女となった。

 命を助けてもらった上、側室なんて無理!働かせて!!と。

 以来三人で仲良く過ごしている。

 一方マリアンヌは庶子ではあるがサララルーラの養女となり長子となる。

 可愛い弟達に囲まれ(ラットとサララルーラはその後ちゃんと愛し合っている)庶子にしては勿体ないほどの教養と教育を施された。

 アンチ政略結婚!のサララルーラにより自分の好いた相手を選べばいいと言われていてこの学園に来たのだ。




・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜




「はっ!嫌な予感!」

 疲れた身体を少しでも休める為に階段下の小部屋でひっそりと休んでいたのだが日に日に研ぎ澄まされる危機察知能力に迷わず小部屋の扉からではなく窓から這い出た。

 間違いなく令嬢のすることではなく、薄汚れた服を払うと、できる限り痕跡を消して素早く音もなく走り去る。

 その直後、「マリアンヌ?あれ?」ヘラクロスの声が小部屋に響いた。

 小部屋、そこは物置、王子である彼には縁の無い場所である。

 どうにか午後の授業がある教室まであの恐怖の5人組には会いたくない。

 その一心で忍者のように気配を消してもはや獣道に近い小道を突っ切り、ようやく中庭に飛び込んだ。

 そこでも安心出来ない。



「やばっ!」



 宰相息子の気配がする。

 まだ遠くではあるがこちらに近づいてくる気配で気付かれているもわかる。

 もう泣きたい。

 彼らのせいで楽しいはずの学園生活がめちゃくちゃだ。

 彼らの婚約者は家と家の繋がりから全て有力者の娘。

 取り巻きも多く、運が悪いとその取り巻きにも絡まれる。

 こっちは迷惑でしか無いことも彼女達にはどうやらステータスの様だ。

 また、全て自分の名前では無く、「カトリーヌ様が可哀想よ!」「タチアナ様のご迷惑でしょ!」などとそこにはいない令嬢名を上げて虎の皮を被るのだ。

 弱い犬程よく吠える。である。

 水を掛ける、本を破く(図書館の本で弁償が馬鹿にならないからそのご令嬢は見つけ出して図書館に伝え請求させた。本には触った人間の順に記録されるから便利)などの些細な嫌がらせではあるが時間を取られるので腹が立つ。

 弱小男爵令嬢には反撃が出来ないので本当にストレスが溜まる。

 中庭を抜けた先の薔薇園で令嬢がお茶会を優雅にしているのをマリアンヌは見つけた。

 そう、かの5人組の婚約者令嬢方々である!

 ダッシュで近づき声を上げる!



「あの!助けてください!!」



 そう叫ぶと返事も待たず、テーブルクロスを持ち上げその中にさっと隠れる。



「え?ちょっと」

「何事です!?」

「お願いします!来ちゃう」

「来ちゃう??」

「しっ!黙って」



 机の下から声を飛ばすと気配を消す。

 すると小道から宰相家息子のダーサインがやってくるではないか。

 何かを探すようにキョロキョロとしながら。

 婚約者令嬢達は取り澄ますとゆっくりと話に花を咲かせる。

 足元の男爵令嬢が気になりつつも。



「ミラエ!マリアンヌを見なかったか?」

「これはこれはダーサイン殿」

「いきなり失礼な方ですね。婚約者の前で他の女の話しなどと」

「はぁ……まったく…気品の欠けらも無い」

「見ておりませんわ。ここで皆様方とお茶会をしていただけですのよ?マリアンヌ様とはどなた?」

「知らないならそれで良い。失礼する」

「「「「「……」」」」」



 礼に事欠きすぎる態度でダーサインは去っていく。

 キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回しながら。

 やがて完全に見えなくいや、気配が無くなった所でテーブルクロスの下からダーサインの探し人のマリアンヌが這い出てくる。

 そのまま勢いよく頭を下げる。

 まるで庶民が頭を垂れるように。



「助かりました!ありがとうございます!ありがとうございます……っくうっ」

「え?あなた何故泣く」

「ちょっと、足元から出てから泣くなんて体裁が悪いですわ」

「何があったか伺いますから、ね、泣かないで」

「特別室に参りましょう、あそこなら王子でも早々に入れないはずです」

「そうですわね。マリアンヌ様泣かないで」

「うっうっ……お優し過ぎます……うう」

「真ん中に入って隠れながら参りましょうか?まだダーサイン様が近くにいると行けませんし」

「ダーサインが何かしたのでしょうか?」

「ここは片付けておいて。他言無用よ」

「はっ」



 執事の一人に片付けを頼むと彼女達は素早く辺りを見回す。

 最短ルートかつ人気の少ない道を思い描くとマリアンヌを取り囲む。



「マリアンヌ様、このローブを羽織って。服が汚れておりますわ」

「これから特別室に向かいます。なるべく人気の無い道のがよろしいですわよね?」

「はい……あの人達に会いたくない……ですぅっ!」

「ローブを深く被って俯き加減で。手を握ってますから転ぶ事はありませんわ」

「私、先に行って部屋を予約してまいりますわ」

「さぁ行きますわよ」





・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜・*:..。o○☼*゜




「大丈夫ですか?」

「まずは泣いておしまいなさい」

「ここなら安全ですわ」

「暖かいお茶です」

「甘いお菓子もあるわ」

「皆様……なんであんな変態の婚約者なんてやってるんですか…うわーん。優しすぎますーーうぅ」



 まさにぴゃーと大粒の涙を流す。持っていたハンカチは既に涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

 令嬢達は黙ってそっとハンカチを次々差し出す。

 ハンカチの一つや二ついや、計10枚か。

 余程溜まっていたのだろう。

 庶子の産まれと聞くこの令嬢は人目も憚らず子どものように泣いている。

 10枚目でそっと目元を拭い鼻をチーンとかむとようやくマリアンヌは落ち着いた様だ。



「ハンカチにローブごめんなさい」

「構わないわ。それより訳を話して頂いても大丈夫かしら?」

「無理にとは言わないわ。でも貴女、噂とは違うようだから」

「もう……嫌なんです。付き纏われるのは……嫌だといくら言っても勝手に遠慮と捉え、身分差で逆らえないのをいい事に自分達の都合で引っ張り回す。最近なんか寮の部屋の前で待機ですよ……女子寮なのに……身分が高いとそんな事まで許されるのですか?田舎に帰りたい」

「そ、それは……また……誰に……」



 マリアンヌは深く溜息を吐くとゆっくり令嬢方の顔を絶望に打ちひしがれた顔で見渡す。



「多分ですが、皆様の婚約者です。第三王子、公爵、辺境伯、伯爵、騎士団長の息子と名乗ってたと思います。フルネームは興味無いので知りません把握したくもありません。もういっそお義母様に話して庶民に戻って旅に出ます……疲れました」



 真っ白に燃え尽きたマリアンヌに、令嬢達は顔を見合わせる。

 噂では庶民から引き取られて男爵家に入り、この春に学園に転入してきたのだ。卒業までは1年、遅い入学は異色であった。

 本人は楽しそうに生活を始めた様だが、やがて聞こえてくるのは『王子を誑かした』『公爵家の息子に色目を使った』『騎士団長の息子と食事していた』『宰相息子と街でデートしていた』『辺境伯息子と抱き合っていた』等、彼女が自分から男達を追いかけ誘惑するまるで悪女かのような噂だった。

 婚約者令嬢達の元にそんな噂を運んで来るのは取り巻きの令嬢達。

 ピーチクパーチク親切の中に悪意を潜めて楽しそうに囀る。

 全部が全部本当では無いと婚約者令嬢達も思いながら、段々と変貌していく婚約者に戸惑いを隠せなかった。

 そして、今日だ。

 普段から仲良しなこの令嬢達はこの一件をどうするかお茶で話し合っていたのだ。

 学園内だけでも些か外聞の悪い噂。

 件の令嬢と接触するかいなかを相談中に向こうからやって来た。

 そしてテーブルクロスの下に隠れた。

 困惑する婚約者令嬢達の元に来たのは宰相息子のダーサインだった。

 ダーサインは自分の婚約者のミラエを見向きもせずマリアンヌの事を尋ねて足早に彼女を探して去っていく。

 まるで逆ではないか。




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