99話 もっと深くまで
「ありがとうナーシェ!」
「何でもこれからトゥサコンも雨風が強くなるみたいですね! 用事があるなら今のうちに済ませておいた方が良いと……」
「だったらちょうど良いな。イーナ、本降りになる前に済ませようか」
私の心を見透かしたかのように、私へとそう提案してきたミズチ。ちょうど私も今それを言おうとしたところであった。このくらいの雨であれば、外でも特訓は出来そうではあるし、どうせずぶ濡れになったとしても温泉にさえ入ってしまえば問題は無い。
「そういえばイーナちゃん、ミズチさんに指導してもらう予定だって言ってましたよね! 夜には雨風も強くなるみたいなので、それまでには戻ってきてくださいね!」
「えー! イーナ様! いいなー!」
指導と聞いて、自分も特訓したいと言わんばかりに声を上げたルカ。そんなルカに、すぐさま言葉を返してくれたのはアマツであった。私の方にウインクしながら、アマツはルカに提案したのだ。
「だったら私がみてあげるよ~~ イーナは忙しそうだしね~~」
「ホント!? やった-!」
「ルート君はどうします? 私は、宿に残って少し調べ物をするつもりですけど……」
「俺も行く。風呂の前に一汗かいてきたい。何せ飛空船で身体がなまってしまってな」
当然とばかりにルートも頷く。ここまでの飛空船での長時間の移動によって、みな少し身体を動かしたいという気分だったのだろう。飛空船は快適である事は間違いないが、やはりずっと屋内にいるというのは何とも身体がだるくなってしまうと言うか……
結局ナーシェ以外の皆が、温泉でくつろぐ前に少しだけ運動をすると言うことで、話がまとまった。早速部屋に荷物を置いた私達は、男部屋のルートやミズチ達と合流し、宿屋から出たのだ。
宿があるのはトゥサコンの街の中でも外れの方と言う事もあり、少し歩けば空き地が広がっている。雨の勢いも先ほどまでよりは、幾分か弱まっているようで、何ともタイミングがよい話である。
開けた空き地の中を一足先に進んでいったミズチ。空き地のちょうど真ん中くらいまで行ったところで、ミズチは私の方を振り返り剣を構える。
「ここらへんでいいだろう。まずはイーナ、お前の剣をみたい。全力でかかってこい」
「全力? でも真剣で……」
「何か問題でもあるか? 模擬刀で実際に戦うわけではないだろう?」
淡々とそう言葉を口にするミズチ。確かにミズチの言うとおり、模擬刀で戦うわけではないし、いくら模擬刀で鍛えたところで実践ともなれば少し間隔も違ってくる。それはまだ剣の経験の少ない私でも何となく身体で理解はしていた。
深く深呼吸を1回。ここからは本気の戦いになる。心を静めるように、長く息を吐き出し、背中に背負っていた2本の剣へと私は手を伸ばした。久しぶりの双剣。ヴェインの改造のお陰が前よりもずいぶんと身体になじんでいるような、そんな感覚に包まれる。まるで、私の腕と同化したかのような、そんな感覚。
「こい」
ミズチが戦いのはじまりの言葉を告げるのと同時に、周囲がまた一段とぴりっとした空気に包まれる。そっちがその気なら、私だって全力で行く。せっかく私の剣をみてくれるというのだ。今の私のありったけをぶつける。
熱くなった脚を一気に踏み込み、ミズチ目掛けて一直線。もはや他の風景なんて私の目には入らない。
キィンと金属音が周囲へと鳴り響く。そのあまりの速さに、先ほどまでわいわいとしていたルカやテオも一転、真剣な表情のまま2人の戦いの行方を見守っていた。
「速い…… イーナ様いつの間に……」
少女の足元に炎が巻き上がった直後、交わった2人の剣と剣。まるで雷のようにミズチ目掛けて襲い掛かった少女の剣を、いとも簡単にミズチは食い止めたのだ。少女の剣を見極めながら、小さく声を上げるミズチ。
「なるほど……」
「まだまだぁ!」
直後、そう叫びながら身体を捻らせるようにもう1本の剣をミズチめがけ振るう少女。だが、二撃目も難なく裁くミズチ。その光景に、思わずアマツやルートでさえも目を奪われてしまっていた。
「あいつ…… いつの間にあんなに……」
「ね~~ 前よりもずいぶんとマナの使い方が上手くなってるみたいだね~~」
「すごいイーナ様…… でも……」
怒濤の勢いでミズチを攻め続ける少女。それをただ受け続けているだけのミズチ。端から見れば、少女の攻勢に映ることはまちがいないだろう。
「……っ!」
届かない。確かに目の前にいるミズチだったが、私の目には剣を振るう度に、一歩、また一歩とどんどん離れてしまうような、そんな風に映っていた。
確かに私は前よりも強くなったはずだ。それは実感していた。武器が明らかに前よりも身体に馴染んでいるし、何よりも前よりもマナのコントロールは格段にしやすくなっている。だが、それでも目の前にいるミズチに、剣が届くような気は全くしなかったのだ。
「息が上がっているぞ」
余裕綽々の様子でそう呟くミズチ。身体は熱を帯び、息も切れかかってきた私とは対照的に、全く余裕そうな様子で、私の剣を捌いていくミズチ。まさかこれほどまでに差があるだなんて……
一体ミズチの目には何が映っているのだろうか? ついミズチの真っ直ぐなまなざしに気を取られた瞬間、私の目に光るものが映る。
「ここまでだ」
気が付いた時には、私の首元にはミズチの剣。私がミズチに完敗したという瞬間であった。もしこれが実践だったなら、もう私の命はない。状況を理解したのに少し遅れて、体中の毛穴という穴から冷や汗があふれ出てきた。
「……負けました」
勝てるつもりなんて全くなかった。でも少しは良い勝負を出来るんじゃないか…… そんな気持ちがなかったと言えば嘘になる。だからこそ、ミズチにここまで圧倒的な力の差を見せつけられたと言う事が、私にとってショックだった。
「速さ…… そして洞察力…… なかなか見事だった。想像以上だ。ただ……」
「ただ……?」
ミズチが褒めてくれたことは嬉しかったが、私はそのあとにミズチの口から発される言葉が怖くて仕方なかった。聞きたくないとすら、そう思った。もしお前に剣は向いていないと言われてしまったとしたら…… ミズチはそんな事は言わないだろうが、つい落ち込んでいた私はそうネガティヴな方向に考えてしまっていたのだ。
「まだ動きに無駄が多い。マナのコントロール…… 体の使い方…… だが、不足している場所が明確な分、何を鍛えれば良いかも明瞭だ。それは……」
「それは? それは一体なんなの!?」
「集中だ。まだまだもっと深くまで、深い領域までいけるはずだ。そうすれば、見える世界も変わってくる。だからこそ、イーナ、お前には集中力を鍛えるトレーニングが必要だ」




