98話 ミズチの提案
順調に東国へと向かって進む飛空船内で、1人外の風景を見ながらたたずんでいたミズチ。何とも話しかけづらい雰囲気を出していたミズチだったが、ミズチともいろいろと話してみたかった私は、少しだけ勇気を出してミズチへと話しかけた。
「何見てるの? ミズチさん!」
「……ミズチで良い。タルキスへ帰るのも久しぶりだなと思っていただけだ」
「タルキスへ帰る?」
「元々俺はタルキスの出身でな。まあ縁があって今はこうしてシャウンでお前達と一緒にミドウの下で世話になっているわけだが……」
「じゃあ久しぶりに里帰りってわけかあ! だからミドウさんもミズチをタルキスへの使者に選んでくれたんだろうね!」
「タルキスの王や、兵士達には昔世話になったからな。良くも悪くも良い思い出だ」
事前に調べていたときにわかったことだが、タルキス王国はかつて軍事国家としてのし上がったという過去を持っているそうだ。それこそ、シャウン王国とも何度も争いあったという記録も残っていた。シャウンとタルキスは今でこそ同じ連邦に属していると言うことで友好な関係を保ってはいるが、タルキスの軍事力は今でも健在であり、そう言った理由もあって、連邦の中でも非常に強い影響力を持っているらしい。
そのタルキスの兵士達に縁があると言うことは、ミズチもタルキスで鍛えられたという過去があると言うことなのだろう。私もミズチと直接剣を合わせたことがないし、ミズチの剣術を見たことはないが、使徒の他のメンバー誰に聞いても、ミズチの剣術は群を抜いているという話ばかりで、実際に目の当たりにしてみたいというそんな気持ちで一杯だったのだ。
「つまり、ミズチの剣術のルーツはタルキスにあるってこと? 私もタルキスで修行すれば、もっと剣を上手く使いこなせるようになるのかな……」
思わず漏らしてしまった言葉にぴくりと反応するミズチ。何かまずいことを言ったのかと一瞬不安になったが、どうやらそうではないようだ。ミズチは私が背負っていた剣をじっと見つめた後に、私に向かって真剣なまなざしを向けながら問いかけてきたのだ。
「剣の道はそう甘くはない。それにイーナ。お前の炎の魔法は見事なものだった。魔法だけでも十分に戦えるだろう。それでもなお、剣術を極めたい、そう思うのか?」
そんなこと言うまでもない。たしかに九尾の炎の魔法は強力である。それは使っている私が一番よくわかっている。だが、それだけでは足りない。先日賢者の谷で出会ったあのイミナという謎の子供。見た目は完全に子供であったが、放っていたオーラだけでもう実力のさは歴然だった。白の十字架の連中があんな化け物揃いとなれば、私もこのままではいけないのだ。
もっと強くなりたい。皆を守れるように。その一心で私はミズチの問いかけに黙ったまま首を縦に振った。
「……わかった、せっかく道中を共にするんだ。タルキスについたら少しだけ見てやろう」
「本当に!? いいのミズチさん!?」
ミズチからの提案に心が躍る私。なにせ、人間の世界に来てからと言うもの、こうして誰かに戦い方を教えてもらう機会なんてなかった。久しぶりに誰かに修行をつけてもらえると言うことが、私にとってはすごく嬉しかったのだ。
それからも順調に飛び続けていた飛空船。だがしばらくたった後、気まずそうな表情を浮かべたアボシが、操縦室を離れ私達の元を訪れてきた。
「どうしたのアボシさん。何かあったの?」
「いえ、そろそろトゥサコンの街近くになるのですが…… どうやらこの先嵐が来ているようで……」
窓の外を指すアボシ。飛空船の前方には、白く分厚い雲の塊が見える。
「確かに…… あれはちょっと突っ込むのは怖いかも……」
「タルキスへの到着が遅れてしまいますが、トゥサコンで一度休んでいくのはどうでしょうか?」
どうせタルキス王国を経由していくのだ。別に一日や二日、アレナ聖教国への到着が遅れたところで、さほど問題は無いだろう。あとは、タルキス王の元へと向かうミズチ次第である。
「私達は全然かまわないよ! ミズチは?」
「かまわない。無理をしてこんな所で事故でも起こす方が面倒だ。それに、陸へ降りるというのなら…… イーナ、ちょうど良いだろう?」
ミズチの言葉通り、タルキスに到着するまでの時間がかかるというのなら私にとってはむしろ好都合。なにせ、その分ミズチに指導してもらえる時間が長くなるのだ。私にしたら、願ってもない提案である。
「うん! それにトゥサコンと言えば、温泉もあるしね! 長旅には楽しみも大事だよ!」
温泉という言葉にルカが反応する。よっぽど楽しみなのか、目をきらきらさせながら笑顔を浮かべるルカ。
「やったー! また温泉に行けるの!? それに今度もアマツもミズチも一緒だね!」
「そうね~~ 私も楽しみだよ~~!」
ルカに釣られ、すっかり盛り上がった船内。私達を乗せた飛空船はそのままゆっくりと高度を下げながら、トゥサコンの街を目指して進んでいった。




