96話 世界はどこまでも広がっている
ミドウに向けて力強く言葉を返した直後、冷静な様子でナーシェが言葉を漏らす。
「アレナ聖教国に行くのは良いですけど…… どうやっていきましょう?」
「アレナ聖教国って、ここから大分遠いんだよね? 飛空船でぱぱっと行くのが良いんじゃないの?」
「イーナちゃん、アレナ聖教国は連邦に属していません。つまり飛空船の定期便もないんですよ……」
「そうなの!? じゃあ陸路ってこと!?」
「そうですね…… とりあえずタルキスまでは飛空船でいけますが…… そこからは陸路と言うことになりますね。長い旅になる事は覚悟しておいたほうがいいと思います」
ナーシェの言葉で急に不安に襲われた私。だが、そんな私達の不安を一掃するようにミドウが笑い飛ばす。
「はっはっは! 心配はするな。 飛空船なら俺が準備しよう。 娘が世話になるんだそのくらいさせてくれよ!」
「本当!? ミドウさん?」
「アレナ聖教国は俺達にとっても実態はよくわかっていない。どんな危険が待っているかわからん。宿を探すとしたって一苦労があるかもしれない。飛空船があれば、宿としても使えるしな! そのくらいお安いご用だ! 少し狭いかも知れないが…… そこは勘弁してくれ」
「全然! 助かるよ! ありがとう!」
流石はミドウ。太っ腹である。定期船でなくミドウが用意してくれる飛空船であれば、目的地であるアレナ聖教国まで真っ直ぐ向かうことが出来るし、ミドウが言うように宿としても使える。知らない土地であるアレナ聖教国に向かうのにあたって、拠点があるというのは何よりもありがたい話だ。
「ああ、だがその代わりと言っては何だが、一つ頼み事をしたい。アレナ聖教国に向かう前にタルキスに寄ってほしいんだ」
タルキスというのは、シャウンの隣国であるタルキス王国のことである。シャウン王国の東に位置するタルキス王国。先日私達が訪れたトゥサコンの街を超え、さらに東に行った先にあるタルキス王国は、シャウン王国と同様にアーストリア連邦に属している。かねてよりシャウンとも友好関係にあり、今なおその関係は続いているらしい。
「かまわないよ! 一体なんの用事?」
「用事自体はもうすでにミズチに頼んでいる。お前達にはミズチをタルキス王国に下ろしていって欲しいんだ。まあとはいえ、そのまま通り過ぎるというのも味気ない。せっかくだしタルキスの王に挨拶でもしてきたらどうだ?」
ミズチ…… 使徒のメンバーの1人であり、『伍の座』に位置する男である。そのたぐいまれなる剣術と、水の力でミドウやロードを差し置いて使徒最強とも言われているミズチ。正直口数が少なく、また少し無愛想である事もあって、私は彼については未だによくわかっていない。と言うか、私達のことを果たして仲間として認めてくれているのかどうかすら疑問である。正直な話、ミズチと一緒というのは気まずいと言えば気まずい。
だが、せっかく飛空船を貸してくれるというのだから、そんな贅沢ばっかり言っているわけにも行かない。考え方によっては、ミズチと話をするチャンスである事は間違いない。私とて、まだまだ未熟ではあるが剣を武器とする身。せっかくだからミズチから剣術について色々と学びたいものである。
ミズチには、ミドウから話を通してくれるとのことで話はまとまった。出発は1週間後。それまでに、長旅の準備を済ませなくてはならない。服やら食事やら薬やら、準備せねばならないものは沢山あるが、何よりも最優先に行わなければならないもの。そう、武器の調達である。
王宮を後にした私達が向かったのは、ルーミス魔法武具店である。魔鉱晶石の発掘を邪魔していた鵺を退治したと言う事で、当初の約束通り、ヴェインが私達の武器を手配してくれていたのである。ちょうど今日は、武器が完成する予定の日でもあったのだ。
「おう、待ってたぜ。約束のものは出来てる。こっちだ」
店に着いた私達を出迎えたくれたヴェイン。ちょっと待ってろと一言口にし、店の奥へと姿を消したヴェインは、しばらくの後に、新しくなった武器を手に私達の下へと戻ってきた。
「これが……」
「ああ、生まれ変わったハインの剣だ。ちゃんとイーナに合わせて打ち直した。持ってみな」
ヴェインが私へと差し出してくれた2本の剣に手を伸ばす。久しぶりに2本揃った私の相棒。見た目は以前と大きく変わらないが、以前との差は歴然である。持った瞬間に訪れる体中に力がみなぎるような感覚。賢者の谷で魔鉱晶石の近くで戦ったときに感じていた感覚と似た感覚。これなら以前に増して強力な魔法攻撃を発動できそうである。
そして何よりも、私に合わせてカスタマイズしてくれたと言うこともありすごく身体にフィットするのだ。まるで自分の身体の一部になったかのような感覚。生まれ変わった相棒に、私は感動で全身が震えるようなそんな感覚に襲われていた。
「すごい! すごいよ! ありがとうヴェイン!」
「何、気にするな。どうだ、持ってみて違和感はないか? 何かあったらすぐに調整するからな」
「ねえねえ! ルカの武器もあるんだよね! どんなの! どんなの!」
待ちきれない様子でルカが口を開く。今回ヴェインが用意してくれたのは私の武器だけではない。ルート、そしてルカ、それにナーシェとテオの分も用意してくれていたのだ。
「ああ、用意してる。これだ」
ヴェインがルカ、そしてテオに用意してくれていたのは、短刀であった。元々魔法を主な攻撃手段とする2人、小柄で素早さが売りの2人が大きな武器を手にするというのはメリットよりもデメリットの方が多いと言うことで、取り扱いやすく、かつ自らの身を守るのに使いやすい短刀をチョイスしてくれたそうだ。
お揃いの武器に、ルカもテオも大喜びである。初めての武器を受け取ったルカは、まるで宝物のように大事に大事にほおずりしながら、新しい自分の相棒を堪能していた。
「ルカ、そんな顔を近づけたら危ないよ」
「だって! ルカの初めての武器だもん! それにテオともお揃いだし!」
未だ興奮冷め止まない様子のルカ。そんなルカの様子を見ているとこちらまでなんだか嬉しくなってくる。
ルートの大剣、そしてナーシェ用の杖と、全員の武器を無事に受け取った私達。これでアレナ聖教国で戦いが待ち受けていようとも問題ないはずだ。まだ見ぬアレナ聖教国という地を前に期待半分、そして不安半分のまま、私達は遂に出発の日を迎えたのだ。




