93話 チームとして
「ちっ…… しぶといな」
炎の魔法を食らってなお、ほとんど無傷のままの鵺の本体を前に、ルートが吐き捨てるようにそう口にする。
「グ…… グギャアアアアアアアアアアア!」
そして、ルートの言葉に呼応するように、再び不気味な叫び声を上げる本体。そのあまりの大きさに洞窟の中の岩壁すらもびりびりと震動する。
「うるさっ……」
鵺の本体の発した声のあまりの大きさに、皆が耳を塞ぐ。まるで超音波かと思うようなそんな声を発した直後、一気に動き出した鵺の本体。先ほどまでの這いずるような移動とは全く違う。大神に勝るとも劣らない速さで一気に懐に飛び込んでくる鵺の本体。依然として真っ黒な本体の合間から垣間見えた、ぎょろっと怪しく光る目と視線が合う。
「やばっ……」
視界にもう一つ光るものが入る。凄まじいスピードで私の身体目掛け迫ってくる鵺の腕。光沢のある、まるで鉱石かと思うような鵺の本体の腕は、先ほどまでのまだ不安定だったものとは全く異なり、まさに鍛え抜かれた刀身の如く、私の身体へと迫っていた。食らったらやばい。それだけは本能で理解していた。
キィンと、鋭い音が洞窟内に響き渡る。鵺の本体の重い一撃に思わず身体のバランスを崩してしまった私。少女へと変わっていた私の身体は、自分でも驚くほど簡単に、後方へと吹っ飛ばされていたのだ。
「イーナ!」
そうルートが叫んだ直後、鵺の本体の標的は他でもなくそのルートへと変わっていた。何とか体勢を立て直した私の目に映ってきたのは、激しい攻撃でルート目掛け襲い掛かる鵺の本体の姿であった。
「ちぃ!」
身の丈ほどもあろう大きな剣で鵺の攻撃を防いでいくルート。だが、いくらルートの腕を持ってしても、激しい鵺の本体の攻撃は防ぐのがやっとという状況であった。このままでは、まずい。本当にまずい。
「イーナちゃん!」
「イーナ様!」
慌てて私の下へと駆け寄ってきたルカとナーシェ。心配そうな表情で近づいてきた2人に、心配をさせるわけにはいくまいと、私は何とか笑顔を取り繕って言葉を返す。
「大丈夫!」
「でも、手から血が!」
ナーシェに言われるまで気付かなかったが、どうやら鵺の一撃があたっていたのか、腕からは血が滴っていた。気付いた瞬間から鋭い痛みが腕へと走る。
「ちょっと待ってくださいね! すぐに治しますから!」
すぐに治療体勢へと入ったナーシェ。だが、このままルートを放って訳にはいくまい。すでに防戦一方というのはわかりきっていたのだから。
「大丈夫! 大丈夫だから! 早く行かなきゃ!」
「駄目です!!」
慌ててルートの下へと向かおうとした直後、傷ついていた方と反対の腕を力強く掴むナーシェ。鬼気迫るようなナーシェの表情、そして声色に思わず私もナーシェの顔を真剣に見つめてしまった。
「……いつもイーナちゃんはそうやって無理ばっかりで…… ちゃんと私達のことも頼ってください!」
「ごめん……」
すぐに再び治療体勢に入ったナーシェ。何も言わずに無言のまま治療を続けるナーシェに、私は謝るほかになんと声をかけて良いのかわからなかった。じゅわわと傷口が治っていく音だけが私達の周りに鳴り響いていた。
そして、少し重苦しい空気の中、顔を上げて私の方を向いたナーシェ。ナーシェも少し気まずそうに言葉を続ける。
「……イーナちゃん、ごめんなさい。いつもイーナちゃんが私達のために、必死で戦ってくれているのはわかっています。だから……」
「こっちこそごめん、私達はヴェネーフィクス…… チームだもんね!」
そう私達はヴェネーフィクスというチームなのだ。それも生きるも死ぬも運命を共にする、文字通り背中に命を預け合った仲間である。私が皆のことを助けたいと思うのと同じように、皆もきっとそう思っている。
「よしこれで一先ずは大丈夫なはずです! イーナちゃん! 今度はルート君の事、お願いしますね!」
治療を終えたナーシェが満面の笑みを浮かべながら、私を送り出すようにそう口にしてくれた。アマツやセンリがカバーに入ってくれていることもあり、何とかルートの方も鵺の本体の攻撃を耐えてはくれているようだ。だが、それでも依然として鵺の本体の攻勢である事は変わっていない。不気味な声を上げながら激しくルート達に襲い掛かる鵺の本体は、地獄から召喚された悪魔かと思うほどにまがまがしく、そして恐ろしい姿をしていた。
だが、だからといって、私も黙ってやられているだけというわけにはいかない。もちろん使徒に選ばれたものとして、九尾の巫人として負けるわけにはいかないというのはあるが、それ以上に、私を信じてくれる仲間のために私は負けられないのだ。
「イーナ様! ルカも、ルカも行く! 私だって皆のために戦えるんだよ!」
立ち上がってルートの方へと向こうとした私に、今度はルカが言葉をかけてくる。それは驚くほどに力強い、ルカの決意が伝わってくるようなそんな言葉だった。
今までの私だったら、危ないから駄目だと言っていただろう。でも、今のルカの表情を見ていると、ルカもヴェネーフィクスの一員として、成長してきたというのがひしひしと伝わってきた。だからこそ、私は力強く頷いたのだ。
「わかった! 一緒に戦おう! 頼りにしているよルカ!」
私の言葉にぱあーっと明るい笑顔を浮かべるルカ。そして、直後、自らに気合いを入れるように、自分の頬を数回ぱちっぱちっと叩き、ルカは声を上げた。
「よーし! ルカの本気! 見せちゃうもんね!」
今度は、今度こそは私達がルート達を助ける番。そう気合いを込めながら、私を笑顔で送り出してくれたナーシェの方に言葉をかけた。
「今度こそ、絶対倒してくるね!」
「頑張ってくださいね! イーナちゃん! ルカちゃん!」




