92話 地獄のような光景
イミナに向かって無意識のうちに走り出した私。だが、次の瞬間にはイミナの姿は光の中へと消え去っていた。先ほどまで洞窟の中を包み込んでいたイミナの恐ろしいほどのマナの気配は、もうすでにない。
「何だったんだ…… イミナ……」
「確かさっきの子、アレナ聖教国に行けば真実がわかるって言ってましたよね」
「アレナ聖教国かあ~~……」
果たしてイミナが言っていた真実とは何なのか。それにどうしてイミナが私のことを知っていたのか、気になることは沢山あるがまずは……
鵺を産みだしていた黒い塊。今回、わざわざ私達が賢者の谷まで来たのは、魔鉱晶石の発掘作業の邪魔をする鵺の退治が目的である。
「それよりもさイーナ~~ あいつどうするの~~? イミナという奴、本当に倒しちゃってもいいのみたいな事を言ってたけど~~」
「まあ、だからといって放置しておくというわけにも行かないでしょ……」
先ほどイミナに邪魔をされたが、私達とて鵺を産みだしている、いわば親玉を前にしてこのまま黙って帰るというわけにも行くまい。
再び黒い塊の方へと近づこうと、足を踏み出した瞬間、私はふと違和感に気が付いた。先ほどまでただ蠢いていただけだったあの黒い塊。気のせいかも知れないが、だんだんと動きが速くなっているような……
いや、気のせいなんかじゃない。それにさっき鵺を産みだしたときの様子とも異なる。おかしい。絶対に何かがおかしい。
「……」
ふと、地響きのような低い音が洞窟内へと響き渡る。
「おい、イーナ!」
「わかってる!」
間違いない。正体はあいつだ。黒い大きな塊は、ぐにゅんぐにゅんと激しく揺れはじめ、次第に何かを形作るように変形しはじめていたのだ。脚のようなものが形成され、そして手だと思われる様なものが形成され…… 不格好ではあるが、紛れもなく人のような形である。
「ルカ! ナーシェ! 下がって!」
ただ人の形に変化するだけならまだマシだ。私が仲間達にそう告げたのは、そいつが間違いなく私達に対する敵意を向けていたからだ。それも先ほどまでの鵺達とは比べものにならない位の。
「……イ……」
小さな、だが恐ろしいほどに不気味な声を上げながら、動き出した鵺。まだ身体の形成が不完全なのか動く度に、身体の一部がぼとりと地面に落ちる。落ちた塊はすぐに鵺の形へと変形し、まるで意志を持ったかのように私達に向かって襲い掛かってきたのだ。
「風の術式! 烈風!」
ルートの叫び声と共に、洞窟内を突風が駆け抜ける。私達に飛びかかろうとしていた鵺は、空中で一瞬で真っ二つになりぼとりと地面へと落ちていった。だが、鵺を倒したのもつかの間、あの人の形へと変わった黒い塊から再び鵺が生み出され、また私達目掛けて襲い掛かってきたのだ。
「キリがないねえ~~ やっぱりあの、鵺の親玉を倒さないと~~」
襲い掛かってきた小さな鵺を笑顔でたたきつぶしながらそう口にしたアマツ。確かにアマツの言うとおり、このままではキリがない。まだいまいちあの黒い塊について正体がわからないというのが不気味ではあるが、遠距離から一気に炎で焼き尽くす。
「炎の術式……」
目標はもちろん奥にいるあの人型の蠢く物体。だが、私が魔法を発動しようと構えた瞬間、奥にいた人型の蠢く黒い物体から一気に触手のようなものが凄まじいスピードで私目掛けて襲い掛かってきた。
――イーナ! 来るぞ!
魔法の準備に集中していたこと、それにまさかこんな俊敏にあの黒い塊が襲い掛かってくることなど想像していなかった私は、鵺の親玉の攻撃に少し反応が遅れた。九尾の目のお陰で、すんでの所で触手の攻撃をかわせたが、遠距離からあれだけ素早い攻撃を仕掛けてくるとなるとなかなかに厄介である。
「あぶなっ!」
「油断するなよイーナ」
冷静に言い放ったルートに、私も思わず苦笑いを浮かべる。思わぬ攻撃につい油断をしてしまったかも知れないが、今度こそ油断はしない。
「炎の術式 炎渦!」
一気に広範囲を攻撃できる炎の魔法。これなら、本体がいくら鵺を生み出そうが関係ない。一気に本体ごと焼き払えるのだから。
そして私の思惑通り、鵺達共々本体を一気に炎が取り囲む。魔鉱晶石の影響もあり普段より強化されている炎の魔法。並大抵の相手であれば、これで終わりのはずである。
「やったか!?」
ルートがなおも、警戒を続けながらそう言葉を口にする。だが、私はすでに気付いていた。まだ奴が生きていると言うことに。未だあいつの気配は消えていなかったのだ。
「いや、まだみたい……」
次第に小さくなっていく炎の合間から、奴の姿が見え始める。確かに表面は熱でドロドロに溶けかかっているものの、なおも動いている鵺の本体。そして、べちゃあと黒い塊が地面へと溶け落ちて、内部からは先ほどよりもより人間に近い姿をした本体の姿が現れたのだ。
「……イ…… ……イ!」
不気味な声を上げる本体。その光景は、まだ完全には消えきっていない炎も相まってまさに地獄のような光景であった。




