90話 圧倒
一瞬で燃え広がる炎が再び一気に鵺達を包み込み燃やし尽くしていく。無限に湧いていくる様にすら思えた鵺達ではあったが、どうやら炎にはめっぽう弱いらしく、一瞬で業火に飲まれ消えていく。気が付けば、洞窟の奥からわき上がってきていた鵺達の勢いもすっかり収まり、洞窟の奥への道は開けていたのだ。
「行こう! 奥に!」
せっかく出来た隙を逃すわけにはいかない。今なら奥にも突っ込める。一気に細い通路へと駆けだした私の後を、仲間達もすぐについてきた。
細い通路の中には、炎を免れた鵺達がまだ残されてこそいたが、鵺の数ももう限られている今、鵺の数匹いたところで私達にとってはさほど脅威にもならない。道を塞ごうと私の目の前に立ちはだかる鵺にむかって、剣を抜きながら私は密かに鍛えていた新しい術式の名を唱える。
「炎の術式 飛焔!」
飛焔。剣に炎を纏わせ、相手を斬ると言う至極単純な魔法である。カーマとの戦いを通じて、いつまでも遠距離魔法攻撃に頼っているというわけにはいかないという課題は見つかったし、何より剣を1本失っている今、手数の少なさを補うために私が編み出した新たな魔法攻撃である。飛焔という名前は…… まあかっこいいから…… ほら、なんか必殺技みたいじゃない?
鵺は思ったよりも柔らかく、剣は驚くほど静かに鵺の身体を抉った。そして、傷口から一気に炎が上がり、鵺を一瞬で包み込んでいく。実践で使ってみたのは初めてではあったが、思ったよりも強力な魔法剣撃のようだ。これはこれからも使えそうである。
「風の術式……」
そして、負けじと術式を唱えるルート。シナツの巫人となったルートも密かに新たな技を生み出そうとしていたことは私も知っていた。ミドウに子供扱いされたのがよほど悔しかったのだろう。夜な夜な剣を振るい、シナツと何かを話しながらルートも研鑽を重ねていたのだ。
「烈風!」
ルートが目の前に立ちはだかる鵺に向かって剣を振るった瞬間、剣先から衝撃波のような鋭い風が放たれるのがわかった。私とは対照的に遠距離での戦闘を不得手としていたルートではあるが、近距離での戦闘に置いては彼以上にヴェネーフィクスで頼れる仲間はいない。力や速さでは私はまったく敵わないであろうルートが、さらに遠距離での攻撃手段まで取得したというのだから、もう鬼に金棒である。
「ルート、すごい魔法だね!」
「イーナ様やルートばっかりずるい! 私もやる!」
意気揚々と声を上げるルカ。気が付けばルカの手元には、大きな火の玉が生成されており、準備万端といった自信満々の様子でルカが叫ぶ。
「いけえ!」
ルカの手元を離れた火の玉は、轟音を上げながら生き残っていた鵺へと一直線に向かっていく。鵺にあたった炎の玉は一瞬で立ちはだかっていた鵺を包み込み、そして鵺ともども一瞬で消え落ちていった。
「すごい! ルカまで!」
思わずルカの成長に驚いてしまった私。そんな私の様子がよっぽど嬉しかったのか、えへへとはにかみながらルカが私のすぐ横へと並んできた。
「私もイーナ様のお役に立てるように頑張ったんだよ!」
こうなればもう勢いは収まらない。気が付けばあれだけ周りにいた鵺達の姿ももうほとんどいない。ルート、ルカ、そしてアマツとセンリの奮戦により、完全に場は制圧されていたのだ。
「まって皆! 何かいます!」
最初にそいつに気付いたのはナーシェである。冷静に場を見ていたナーシェの声に皆がぴくりと反応し、動きが一瞬止まる。ナーシェが指し示した先、洞窟の奥には黒く蠢く大きな何かが確かに存在していた。
まるで鵺の集合体のような、蠢く黒い塊。もはや、生物としての形をなしていないそいつは、蠢きながら低い地鳴りのような声を上げていた。
「なに? あいつは?」
思わずたじろぐルカ。正体を確かめようと、そいつに近づこうとした瞬間、こちらが近づいてくるのを察知したのだろうか、そいつはキィーーーと甲高い声を上げながら激しく動いた。
そして、ぼろりと何かが蠢く塊から分離した。地にぼとっと落ちた塊は、先ほどまでうじゃうじゃと湧いていた鵺を形作り、そして、こちらを発見したようで一気にこちらに向かって襲い掛かってくる。
「きもちわるっ……」
思わず声を上げてしまった私。向かってくる鵺に対し、私は冷静に炎で対処こそ出来たが、それはあまりにグロテスクな光景であった。まるでホラーゲームか何かのような光景。だが、これはゲームなんかではない。間違いなく現実の世界の出来事なのだ。
「どうやら~~ アレが鵺を産みだしているようだね~~」
「鵺の本体ってことか?」
すっかり動揺していた私やルカであったが、思いの外ルートやアマツは冷静だったようだ。平然と分析しながら近づいていく2人。なんて肝っ玉の据わった人達なんだろうか。
「まちがいなさそうだね~~ アレッジドは知ってたの~~?」
「いえ、まさか鵺がこんな風に生み出されていただなんて…… 私も初めて知りました…… 魔鉱晶石のすぐ近くでこんなことがあったなんて……」
「だろうね~~ こいつを倒せば鵺も出なくなるってことなんじゃないのかな~~ それで万事解決ってことだよね~~?」
「そうだな。イーナやれるか?」
こちらに語りかけてくるルート。そう来ると思ってもうすでに準備は出来ている。本当はもっと調べたいところではあるが、あいつが鵺を次から次へと生み出しているのだとしたら、そう悠長にも言っていられない。このままじゃキリがないのは事実だ。
「任せて! 炎の術式……」
「待ちなよ!」
そして、魔法を発動しようとした瞬間、洞窟の中に聞き覚えのない声が響き渡る。確実に私達の仲間のものではない声に、私も発動していた魔法を思わず止めてしまった。何者かはわからないが、こんな所で出会う人間なんて、碌なものじゃないという事だけはわかる。何よりも不気味だったのは、ルート、アマツ、そしてここまで誰もそいつの気配を察知できていなかったと言うことだ。そして、再び何者かの声が洞窟内へと響き渡った。
「本当にそいつを倒しちゃっても大丈夫なの?」




