88話 強化された魔法
「イーナ様! いっぱい来てる!」
荒い息づかいのまま近づいてきた鵺達。四足歩行のまままるで地面を這いずるかのように移動する鵺は、何とも名状しがたいおぞましい姿をしていた。身体はまるで溶けかかっているかのように柔らかく、真っ黒な全身から怪しく光る赤い目が見える。まさにモンスターを象徴するかのような風貌の鵺。そんな鵺の方も戦闘準備も万全と言った様子でじわりじわりと私達との距離を詰めてくる。
数は…… 1,2,3…… 数えるのはやめとこう。いっぱいいると言うことだけで十分だ。
どうせ個別撃破なんて最初から考えてなどいない。鵺は連携をとって攻撃してくるのだから、一体一体処理していくなんて無謀そのものだ。幸いにも私には一気に全体を攻撃する手段があるのだから。
「炎の術式 炎渦!」
一匹また一匹と炎に包まれていく鵺達。炎に包まれた鵺は甲高い断末魔のような叫び声を上げながら一瞬で塵と化していった。どうやらありがたいことに炎の魔法には弱いようだ。
「す、すごい!」
横で私達の戦いを見守っていたアレッジドが言葉を漏らす。兵士達が苦戦するというのだから、もっと手強いのを想像していたが思ったよりも手応えがないという現状に、正直私はむしろ拍子抜けしていた。
「イーナ、お前また魔法の威力上がっていないか?」
そして、私のすぐ隣にいたルートも少し驚いた様子でそう口にする。
「そう? あんまり気にしてなかったけど……」
ずっと私と行動を共にしていたルートがそう言うのであれば、その言葉もおそらく偽りではないのだろう。
「どうやら、この賢者の谷という場所の影響のようだね~~ マナの影響でここら一帯のモンスターが強いと言うことは、逆に言えば魔法を使えるイーナ達も強化されるってことだし~~」
より純度の高い魔鉱晶石なる者が生成される地域というだけあって、賢者の谷は、他の場所に比べてマナの濃度が高いというのは私も事前情報として知っていた。いざ魔法を使うまでは気付かなかったが、確かによくよく考えれば何も強化されるのは敵だけではないというのは当たり前の話である。何せこちらだってマナを使役して魔法を使っているのだから、こちらの魔法が強化されるというのも当然だ。
「だったら、もう一撃!」
先ほどの炎渦で敵の数も大幅に減った。数さえ減ってしまえば、さほど脅威にはならない。移動速度は多少速いかも知れないが、速さで言えば大神の方がよっぽど驚異的であるのだ。
「炎の術式 紅炎!」
残りわずかの鵺に向かって飛んでいく炎の弾。鵺も流石に戦況が悪いと判断したのか、蜘蛛の子を散らすかのように一気に退いていった。何体かの鵺には命中したようだが、それでも仕留められたのはわずか、気が付けばあれほどうじゃうじゃと湧いていた鵺はいつの間にか一匹もいなくなっていたのだ。
「すごい! あれだけ兵士達が苦戦した鵺をいとも簡単に……!」
「流石、使徒に選ばれるだけのことはあるね~~ イーナ~~」
何とも実感が湧かないが、ひとまず鵺の襲撃は退けられたようだ。それにしてもホラー映画に出てくるゾンビのような、知性もあまり高くなさそうな見た目をしている鵺であったが、やはり連携をとってくると言うだけあってただ一辺倒に人間を襲ってくると言うようなモンスターというわけでもないらしい。
「これで、襲わなくなってくれれば良いんだけど…… そう簡単にはいかないよね……」
あくまで今回の私達のミッションは、魔鉱晶石の流通ルートの確保。要は鵺による妨害を止めて安全な遺跡へのルートを確保すると言うことに他ならない。鵺を退けることがそんなに難しいことではないとわかったのは何よりの収穫ではあるが、それをやめさせると言うこと自体はそう簡単なことではないだろう。なんと言ってもここは彼らの領域。ナワバリに足を踏み入れているのは私達の方なのだから。
「そうですよね。それに私が気になっているのは、その魔鉱晶石の鉱床とやらが見つかってから鵺達が力を増したという話です。以前はそんなことはなかったんですよね?」
「そうですね。明らかに以前より速さが増して…… それに何故か執着するように襲ってくる様になったのです。以前はここまででもなかったのですが…… まるで遺跡を発見した我々を狙っているかのように……」
ナーシェの問いかけにゆっくりとそう答えたアレッジド。アレッジドの言葉が本当だとしたら、このミッションを達成するために私達が向かうべき場所は一つ。
「だったら、魔鉱晶石の鉱床にいってみようよ! それを見つけてから鵺が凶暴になったんでしょ。きっと何か関連があるはず!」
「そうだな。ここから、鉱床まではどの位離れているんだ?」
「魔鉱晶石の鉱床まではここからもう少し距離があります。遺跡を越えたあたりにはちょうど発掘していたときに使っていた簡易キャンプがあったはずです!」
鵺のせいで、全く調査が行えていない遺跡ではあるが、最近まで泊まり込みでの調査を行っていたと言うこともあり、そこそこ宿泊するための設備というのは整っているようだ。危険と言えば危険だが、暗くなってから周囲をぶらぶらと歩くよりはずっとマシである。それにあそこまでの力の差があるとわかれば、そう簡単に鵺も私達を襲ってくると言うこともない……はずだ。
簡易キャンプで一晩を過ごした私達は明くる日、魔鉱晶石の鉱床へと向けて再び歩みを進めたのである。




