87話 遅すぎる歓迎
賢者の谷に足を踏み入れてから二日目。朝早くから出発した私達は、早々に森を抜け、山岳地帯と入っていた。森を抜けた直後、私達の目に入ってきたのは岩肌が見えた険しい谷間の道である。アレッジドの話によると、この谷を抜けるといよいよ預言の書が見つかったとされる遺跡があるらしい。
それにしても人類というのは凄まじい。いつの時代のことかはわからないが、遺跡があると言うことは遙か昔ここに文明が存在していたと言うことなのだから。何もこんな山奥に住まなくてもとは思うが、これだけ険しい山道を越えなければたどり着けない場所と言う事は、逆に言えば外敵の侵入を妨げるという利点もある。
そんな事を考えていた私であったが、ここで一つ疑問が生じたのだ。
「そういえばさ、鵺っていつ頃からここにいたんだろうね?」
「わかんないけど~~ 急にどうしたの?」
「遺跡があるってことは、昔ここに誰かが住んでいたってワケでしょ? わざわざこんな山奥に住んでたってことはそれなりの理由があったはずだとは思うけど、もしその頃から鵺がいたのだとしたら、そんな危険な場所に文明なんか作るのかなって」
「確かに…… 言われてみればそうですね……」
「あれだけ力を秘めた魔鉱晶石がみつかるほど、ここは魔力に満ちた場所です。そう言う意味合いもあったのではないでしょうか?」
私の問にそう答えたのは、ここまでずっと私達を案内してくれているアレッジドである。普通に考えれば、アレッジドの言うとおり、こんな場所にわざわざ遺跡なんて残っているというのは、そういう事情があるのだろう。だけど、どうにも引っかかる。
遺跡と言うからには遙か古代のものであるのは間違いない。魔鉱石の技術が発達してきたのは最近だと聞いていたし、そんな昔に魔法に関する技術なんてあったのだろうか。もし、そこそこ進んだ魔法文明なんてモノがあったのだとしたら、もっと早く文明が進んでいたことは間違いないはずなのだ。
まあここで、考えていたところで答えなんて出るはずもない。結局の所、遺跡に着かなければ何もわからないし、ついたところで答えがわかるなんて思ってもない。それでも、そこに行けば何かがわかるかも知れない。そう思うと、重かった私の足取りも少しだけ軽くなる。
それから私達は、しばらくの間山道を歩き続けた。代わり映えのしない風景の中をひたすらに遺跡を目指して歩みを進めていた。幸いなことにここまでの道中で鵺と出会うことはなかったし、特段大きなトラブルにも見舞われてはいない。
だが、ここまでひたすらに歩き続けてきた疲労は、確実に私達の体力を蝕んでいた。もはや皆の口数も少なくなり、ただ黙々と足だけを進めていく。こうなってしまえば逆に鵺の一匹でも出てきてくれた方がまだ新鮮みはあるだろう。
「あっ!」
アレッジドと共に先頭を進んでいたルカが唐突に驚いたような声を上げる。
「どうしたの!?」
「イーナ様! 見えたよ!」
先ほどまでとは打って変わって明るい表情を浮かべながら、興奮した様子でそう口にしたルカ。「見えた」というフレーズだけで、「何が」とは一切言っていなかったルカではあるが、その様子や表情だけでおそらく皆ルカが発した言葉の意味を理解していただろう。
ルカの後方を歩いていた私達の目にもすぐにその光景が飛び込んできた。眼下に広がる開けた大地。おそらく最低でも数千年は経過しているであろうにも関わらず、未だどこか荘厳な雰囲気を醸し出している大きな神殿や、かつての人々の暮らしを鮮明に想像できるような都市の街並みが私達の目に飛び込んできたのだ。
そう、長い旅路の末にようやく私達は賢者の谷の遺跡へとたどり着いたのだ。
「すごーい! 遺跡ってこんなに大きいの!」
興奮を隠しきれない様子でルカが叫ぶ。私だって正直ここまで大きいとは想像もしていなかったし、驚いたというのが正直な感想だ。そして、ルートもナーシェもテオも、アマツやセンリですらも、その圧倒的な光景にすっかり言葉を失っていたのだ。
少し小高い山道から街を見下ろしていた私達に、静かにアレッジドが言葉をかけてきた。
「詳しい年代まではわかりませんが…… 風化の具合からは、おそらく今から数千、いや数万年前のモノと言われています」
「数万? そんなに? それにしてはやけに綺麗な気がするけど……」
「ここにあった文明はおそらく相当な魔法の技術力を持っていたのでしょう。現に遺跡からは今もなお魔力の残った出土品が数多く見つかっています。預言の書もその一つです」
「でもさ~~ それだけの技術力があったにも関わらず1回この文明は滅びているってワケでしょ~~? ここまでの技術があるのに滅びるなんて、よっぽどのことでもあったってことだよね~~?」
アレッジドに対し、アマツが言葉を返す。そう、私もそこは気になっていた。
これだけの遺跡や、預言の書なんてものを残せるほどの技術を持ったかつての文明。どうしてそんな文明が滅んでしまったというのか。考えられる要因というのはいくつかある。例えば、『戦争』。人間の欲が行き着いた先に生じうる最悪の結末の一つである。そして、『疾病』。これだけ奥まった地で病気でも流行ろうものなら一気に文明が衰退していったとしても何ら不思議ではない。あとは……
「なんらかの外敵による説が濃厚ではないかと言われております」
そう、外敵だ。これだけの文明を残した人間達であっても敵わなかった敵。そんな者がもしいたとしたなら、滅んだとしても不思議ではない。
「なるほどね~~ 『預言の書』に出てきていた『闇の王』。それがキーになってくると~~」
そんなもの想像なんてしたくは無いが、いざこの遺跡を目の当たりにすると、私だってその説を信じざるを得ない。だからこそ、ミドウやロード達もわざわざ使徒だなんて大層な名前をつけて、密かに巫人達を集めるようなことをしていたのだろう。
「本当は言うなって言われていたんだけど、実はさ……」
街を見下ろしていた私達の隣でアマツが小さな声を発する。
「お父様達、10人の使徒がようやく揃ったって言っていたでしょ? じつは使徒が揃うのは初めての話じゃないんだ~~」
「どういうこと?」
アマツのすぐ背後にいたセンリが、少し困ったような表情を浮かべながら、アマツの言葉を補足する。
「ミドウ様やロード様も預言の書について全てを解析できていたと言うわけではありませんでした。わかっていたのは、世界の危機に10人の神の使いが現れると言うことだけです。つまりはかつてミドウ様やロード様も10人の使徒を集めようと必死になっていた。名の知れた戦士達を集め、使徒の一員に組み込んだことも多々ありました。ただ……」
「まあ要は残ったのは~~ 今のメンバーだけだったってことだね~~ 簡単な話だよ~~ その人達は神の使いなんかじゃなかった。ただそれだけの話ってこと~~」
「それからミドウ様達も使徒集めには慎重になりました。ミドウ様達の目にかからず、使徒の候補として呼ばれたは良いものの使徒に選ばれなかった者達も数多くいます」
「それでもイーナ達はお父様に選ばれた」
「それってすごいことですよね!? それも同じヴェネーフィクスのメンバーから2人も選ばれるだなんて!」
興奮した様子で声を上げたのはナーシェ。だが、当の私はというと、全く実感なんて湧かない。ルートは良いにしても、私なんてただサクヤにたまたまパートナーに選んでもらえたと言うだけの一般人に過ぎない。戦いなんて今までの人生でしてきた事も無ければ、特殊な力も持ち合わせてはないのだから。
「!?」
その時、平和な時間を引き裂くかのように突然私達の背後に得体の知れない何かの気配が走った。姿は見えないが、気配だけでわかる。明らかに人ではないし、こちらに向けた敵意をひしひしと感じるのだ。
間違いない。その正体は、ここまでずっと話題に上がっていた鵺であろう。
「ねえイーナ~~ 早速歓迎みたいだよ~~」
「わかってるよ。いよいよお出ましってワケね」
すでにアマツ達もその気配には気が付いていたようで、こちらを試すかのように挑発の言葉を放ってくる。
「せっかくだから~~ お父様に選ばれた2人の力、存分に見せてよね~~」
「だってさルート」
「ふん、遅すぎるくらいだな」
そして、その気配の主はすぐに私達の目の前に姿を現したのだ。




