85話 夜の告白
軽く夕食を済ませた私達。すっかり辺りも暗くなり、私達の中心にあるたき火だけが私達を照らす唯一の灯りである。少し離れれば周囲は真っ暗。流石に闇に包まれた森というのはなかなかに不気味だ。
そして、ここまで一日歩きづめだったと言う事もあり、最初こそ元気だった仲間達にも少し疲労の色が見え隠れしていた。調査隊が行き来していたであろう道はあるものの、整備された道とは到底言えず、言ってしまえば獣道のような道をひたすらに突き進んできたのだ。
「それにしても大分歩いたはずですけど、やっぱり賢者の谷って凄まじく広いんですね……」
「そもそも調査が進んでいたのは歩いて行ける範囲程度ですからね。賢者の谷のほんの一部に過ぎないんです。なにせ賢者の谷は広大なラナスティア山脈に位置していますから」
息をつきながら言葉を漏らしたナーシェに、アレッジドが言葉を返す。
「遺跡まではもうすぐなんでしょ! 大丈夫だよ!」
「そうですね。森を出て、半日ほど歩けば遺跡へとたどり着きます。ですが先ほども言ったように、森を出ればそこは鵺達の住処です。最近では遺跡周辺も鵺達が頻繁に現れており、油断は禁物です」
「いずれにしても明日は朝早いんだろ? どうせすることもないし、さっさと寝るとしよう」
ルートが冷静にそう口にする。結局、鵺についての話はアレッジドから色々と聞いてはいるものの実際に遭遇してみないと何とも言えないというのが正直なところだ。ならばルートの言うとおりさっさと寝てしまった方が良いだろう。
「でも~~ 森の中は比較的安全とは言え、鵺に襲われる可能性だってあるんでしょ~~ 交代で見張りでもしながらの方が良くないかな~~?」
「そうだね! じゃあ2人一組で交代しながら休もうか! ちょっと待っててね……」
こういうときに組み合わせを決めるのに便利なモノと言えば、そうあみだくじだ。まあ適当にペアを決めてしまっても良いが、それでは何とも味気ないというか、せっかく日常から離れた環境に来ているのだから、ちょっとくらい楽しみがあったって良いだろう。
「イーナ様それ何?」
地面に線を引いて準備をしている私を不思議そうな様子で見つめながら問いかけてきたルカ。そんなルカに私は笑顔を浮かべながら言葉を返す。
「これ? あみだくじだよ!」
「あみだくじ?」
どうやらルカだけでなく、他の皆もあみだくじについては知らなかったようだが、ルールは単純ということもあり、説明をしたらすぐに皆も理解したようだ。結局くじの結果、最初のペアは私とアマツ、次のペアはルートとナーシェ、そしてルカとセンリ、最後はテオとアレッジドと決まった。
すぐに休み始めた他のメンバー達。すぐに眠りについた皆をよそに私とアマツはたき火のそばでぼーっと流れていく時を過ごす。
ふと、たき火の明かりに照らされたアマツが眼に入る。炎に照らされたアマツの姿は、どこか神秘的でつい見とれてしまうほどに美しかった。長く揺れる青い髪、そして吸い込まれてしまいそうな赤い瞳。そして私の視線に気が付いたのかこちらへと笑顔を浮かべるアマツ。
「どうしたの~~? イーナ?」
「いや、ごめんね! ちょっと見ていただけ! なんでもないよ!」
私へと問いかけてきたアマツに、私はつい慌てながらごまかすようにそう答えた。ちょっと挙動不審だったかなと不安になった私であったが、アマツは、そんな私の様子を特に気にする素振りもなく、笑顔を浮かべたまま言葉を返してきた。
「まあいいや~~! せっかくだからさ、ちょっと女子トークでもしない~~? どうせ暇でしょ~~」
「女子トーク?」
「そう、女子トーク~~ だって、私もイーナと仲良くなりたいもん~~ 私達結構気が合うと思うんだよね~~」
そう言ってもらえるのは大変ありがたい話だが、果たして私に女子トークなんて出来るのだろうか? 不安になりつつも、アマツともっと話してみたいというのは私も同じだ。ここは一つ、その女子トークとやらにチャレンジしてみるのも悪くはないだろう。なにせ、今の私は正真正銘女子なのだから。女子トークの一つや二つくらいこなせなくては困るのだ。
こういうときに女子同士だったら一体なんの話をするのが普通なのだろうか? 最近見つけたスイーツの話? それともおしゃれに関する話? 必死に話題を探していた私に対してアマツは臆することもなく言葉をかけてきた。
「イーナってさ、使徒の1人に選ばれたんでしょ? お父様と同じ」
「選ばれたというか…… まあ気が付いたらなっていたというのが正しいというか……」
「まあいいんだよそこは~~ お父様もイーナのこと大分気にかけているみたいだしね~~!」
「ありがたい話だよ…… 本当に」
どこかこちらの様子を伺うように言葉をかけてくるアマツ。顔には笑顔を浮かべてはいるが、まだどこかアマツとの間には距離感を感じる。上手く話題も広がらず、アマツとの間に少し気まずい沈黙が流れる。
「……それでさ、実はまだイーナに言ってなかったことがあるんだけど……」
突然アマツの表情が変わる。否、変わったのは表情だけではない。先ほどまでどこか間延びするような話し方すらもすっかり普通の口調へと変わっていた。急に真面目な表情へと変わったアマツに、私も何かただ事ではないという事だけは読み取っていた。戸惑いに包まれていた私をよそに、アマツの口が再びゆっくりと動く。
「実は私は『白の十字架』のメンバーの1人なんだ」




