84話 いざ賢者の谷へ!
「なんだか、少し不気味な雰囲気ですね……」
ナーシェが心細そうな声を漏らす。兵士キャンプで一晩を過ごした私達は、アマツとセンリ、そして案内をしてくれるアレッジドと共に、早速賢者の谷の調査へと乗り出してきていた。
賢者の谷と言っても、私達がいる場所はまだ入り口近く。ここら辺は、兵士キャンプやグシア村に近いと言うこともあり、凶暴なモンスターというのもほとんど生息していないようだ。
とは言っても賢者の谷は木々がうっそうと茂った薄暗い森が広がっていると言うこともあり、ナーシェが気味が悪いと感じる気持ちもよくわかる。『預言の書』が見つかった遺跡は、この森を抜けた場所、山地の中腹くらいにあるらしく、まだまだ目的の場所までしばらく森の中を進んでいく旅が続きそうだ。
ただ、まだ入り口とは言えど私達とて気を抜くわけにはいかない。賢者の森は人里離れた辺境の地と言うこともあり、住んでいるモンスターの質もフリスディカ近くと比較すると遙かに強いだろう。なにせ、ここはモンスター達が生態系の頂点に君臨する世界であるのだ。つまりは、ここでの絶対のルールは弱肉強食。油断をすれば、私達だって一瞬で被食者になりかねないのだ。
ひたすらに森の中を歩いている途中、変わらない景色に少し飽きも出てきたのだろうか、ふとアマツが私に向かって問いかけてきた。
「そういえばさ、イーナってさ、どうしてここが『賢者の谷』って呼ばれているのかわかる~~?」
「え? それって預言の書が見つかったから…… いや、でもその前から賢者の谷って呼ばれていたんだっけ……?」
てっきり預言の書が見つかったことでこの場所が『賢者の谷』と呼ばれるようになったと思い込んでしまっていたが、思い返してみると、あのときロードやミドウは、賢者の谷と呼ばれていた場所で預言の書が見つかったと言っていた。つまりは、預言の書が見つかる前からここは賢者の谷と呼ばれていたというわけだ。
じゃあ、かつてよりこの場所がどうして賢者の谷と呼ばれていたのか。賢者なんて言葉が使われている以上、この場所がただの場所でないことは言うまでもない。
「そっか、イーナちゃんは知らないんでしたね…… 今私達が所属しているギルド。その創設者の1人に大賢者と呼ばれた偉人がいたのですよ」
「大賢者?」
「そう、大賢者リラ。その大賢者様とやらがかつて修行をした場所が、この賢者の谷と呼ばれる場所…… って言われているね~~! まあ今から相当昔の話だから、真偽なんてわからないんだけどさ~~!」
「なるほど……? まあすごい人がここで修行したから、賢者の谷なんて名前がついたって事は理解したよ」
「魔鉱晶石があると言うこともあって~~ この場所はそれだけ秘められたパワーがある…… イーナも感じてない? いつも以上に上手く魔法が使えるような感覚を」
確かに、言われてみればなんだかいつも以上にマナを感じると言うか、上手く使いこなせそうな気もする。ハインの剣が片方無いというそんな状況ではあれど、2本揃っているときよりも強力な魔法が打てそうな、それほどに高密度のマナである。まあ、それだけマナが高密度になっている場所だからこそ、魔鉱晶石という普通の魔鉱石よりも力を秘めたような代物があるのだろうし、大賢者とまで呼ばれるような人が修行の地として選んだと言う事なのだろう。
「ということは…… ルカもここで修行すれば、もっと強くなれるのかなあ!」
私達の話を聞いていたルカが、いつも通り明るい様子でそう答える。すっかり薄暗い森の中にも関わらず、無邪気な様子のルカに、先ほど不安そうな様子を浮かべていたナーシェも少しリラックスできたようだ。
「それも良いかもしれないですね! ルカちゃん! 一緒に修行しましょうか!」
「うん! でも修行って…… その大賢者様は一体何をしたんだろう?」
「流石にそこまでは私もわかりません…… あくまで言い伝えでは、数年この山に篭もっていたとのことですが……」
「数年…… でも、皆と一緒ならルカは楽しいし、全然平気だよ!」
ルカは無邪気に屈託のない笑顔を浮かべる。どんなときでもパーティを明るい雰囲気で包み込んでくれるルカの存在というのは私達にとって非常に大きい。ルカの言葉を借りるわけではないが、ルカがいることによって辛い旅路というのもずいぶんと楽しいものへと変わるのだ。
最初こそどこか緊張したような様子のまま、賢者の谷へと脚へと踏み入れた私達ではあったが、気が付けばもうすっかりイベント気分だ。アマツも見た目の年が近い私やルカがいると言うのが嬉しいのか、ずいぶんと親しげに接してくれる。こうして話してみるとアマツもやはりまだまだ少女。特にルカやナーシェとは気が合うのか、いつの間にか仲良くなっていたようだ。
時間が経つのはあっという間で、ひたすらに森の中を進んでいるうちに、気が付けば辺りも少し薄暗くなり始めていた。そしてふと、案内役を務めてくれていたアレッジドが立ち止まる。
「今日はここら辺で休みましょう。もう森の出口はすぐそこです」
「森の出口が近いなら、出てしまった方が良いんじゃないのか?」
アレッジドの言葉に反応するルート。確かにルートの言うとおり、見通しの悪い森の中よりも、森を抜けてキャンプをする方が安全そうな気もするが……
そう思っていた私をよそに、さらにアレッジドが言葉を続ける。
「森を出ればそこは鵺の住処。夜になれば危険です。むしろ森の中の方が安全なんです」
こと賢者の谷については私達よりもアレッジドの方が詳しいことは間違いない。彼がそう言うのならば、別に私達だって彼に逆らってまでわざわざ危険を冒す必要は無い。結局、私達はアレッジドの言葉に従って、森の中で一晩を過ごすことにした。




