79話 少女と青年
「穏便にだと? てめえっ……」
連れの男に絡もうとしたおじさん達。だが、流石に周りの状況が見えてきたのか、はたまた酔いが覚めてきたのか、男を一瞬にらみつけた後に仲間達に向かって言葉をかけた。
「……ちっ! もういい! 店を変えるぞ!」
負け惜しみを言いながら、店を去って行くおじさん達。おじさん達が店を出た瞬間に、先ほどまで騒然としていた客席が一気にわき上がる。その歓声の対象となった先は、言うまでもなく少女へと絡むおじさん達の前に颯爽と立ちはだかったルートである。
「おい、兄ちゃん! あんたかっこよかったぞ!」
「やるなあ! あいつら結構ここいらでも有名なグループだったんだ」
当のルートはというと、周りの客達からの声に戸惑っているような様子ではあった。そして、先ほどのおじさんに絡まれていた少女がルートのすぐそばまで近づいてきて、笑顔を浮かべたまま言葉をかけた。
「ありがとね~~ 助けてくれて!」
そして、もう1人。少女と共に行動をしていた男。少女に続いて、彼もルートに向かって丁寧な言葉遣いのまま頭を下げた。
「お嬢様がご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」
そして、少女は笑顔を浮かべたまま、私達の方へと一瞬視線を向け、そのまま再びルートに向かってどこかつかみ所の無いような口調のまま言葉を続けた。
「今日は本当にありがとう~~ あなたが、ルート君でしょ? そして、あっちにいるのがヴェネーフィクスの仲間達……」
少女の言葉を聞いた直後ルートの表情が真剣なものへと変わる。ルートの表情や、少女との接し方を見ている限りではルートと少女が知り合いというわけでは決してなさそうだ。にもかかわらず、ルートや、私達のことをすでに少女は知っているような様子であった。
「おい、あんたそれをどこで?」
ルートの問いかけに少女は笑顔を崩すことなく、言葉を返した。
「私達はすぐにまた会えるよ~~ じゃあまたね~~」
「おい!」
2人はそのまま人だかりの合間を抜けて、店の外へと出て行った。もちろん、話の一部始終を聞いていた私達も、ルートに続いて少女達の後を追おうとしたが、客の人だかりが出来ていた状況で、2人に追いつくのも簡単な状況ではなかった。2人に遅れて、店の外に出れたときには、すでに少女達の姿は見当たらず結局その正体はわからずじまいだったのだ。
謎の少女と若い男…… それに2人組。 私達をすでに知っている……
ふと、馬を手配したときのやりとりを思い出した私。そういえば、一緒にグシア村に行くと言っていた若い男女の2人組がいたと馬屋のおじさんは行っていた。目立つ格好で見ればすぐにわかると。
おそらくはさっきの2人が、私達と一緒にグシア村に行くという2人組なのであろう。それならば、先ほどの少女の去り際の台詞というのも理解は出来る。問題は、彼女たちがどうして私達の事を知っているのか。そして、何を目的にグシア村に行こうというのか。その2点だ。
ここまで集めた情報から推測するに、あの2人もわざわざ観光目的でグシア村に向かうというわけではなさそうだ。馬屋のおじさんの話では、グシア村は何もないという事であるし、そうなれば、彼らの目的もおそらくは『賢者の谷』。それは間違いないだろう。
少なくとも先ほどのやりとりを見ている感じでは、特に今の段階で私達の敵になりそうという感じではなさそうだが、それにしたって何とも不気味である。彼女たちの正体を知らないというのももちろんあるが、先ほど一目見ただけでわかった2人の異質さ。何というか、見ただけで強者だとすぐに理解できるようなそのオーラが何よりも気になる点なのだ。
まあ、そうは言っても今ここで考えたところで仕方の無いことであるのは言うまでもないし、もし本当に彼女達の目的が『賢者の谷』にあるというのならば、彼女の台詞通り、私達はすぐに再び彼女たちに再会できるのだ。
結局その日は、店にいた客達に次から次へとごちそうしてもらい、宿へと戻ったのもすっかり夜が更けてからのことであった。それからのトゥサコンでの時間を、どこか不安にも似たもやもやとした感情を抱きつつ過ごし、遂に私達は『賢者の谷』近くにあるというグシア村への出発の時を迎えたのだ。
馬屋のおじさんと約束した場所に向かった私達。そこで私達を待っていたのはやはり先日酒場で会ったあの2人組であったのだ。




