78話 酒場の騒動
流石に、シャウン国内でも屈指の大都市と言うこともあり、トゥサコンの街は比較的何でも揃っているようだった。長旅に備え保存食や薬を準備し終えた頃には、辺りもすっかり暗くなっていた。
そして、せっかくいつもとは違う街の夜と言うことにもなれば、やはりお楽しみというのも必要不可欠だろう。聞くところによると、トゥサコンの街は異文化が混在している街と言うこともあり、フリスディカやカムイのような他のシャウン国内の街では食べられないような、珍しい食べ物も多いと言うことである。これはもう、グルメを楽しむほかはないのだ。
トゥサコンの中心部にあった酒場へと入った私達。まだ夜とはいっても早い時間ではあったが、すでに酒場の中は賑わいを見せている。
「お! いらっしゃい! ずいぶんと可愛らしいお客様だねえ!」
私達に気が付いたのか、店のマスターらしきおじさんが近づいてくる。ルートがいるとは言え、ナーシェと私、それにルカという女子が多いパーティーというのはなかなか目立つのだ。辺りを見渡しても、酒を楽しんでいるおじさん、そしておじさん、おじさん……
いや……
ふと、私と同じくらいの女の子の姿が目に入る。遠くからでも一目でわかるような青い髪をなびかせた女の子は、執事のような若い男と2人でテーブルを囲っているようであった。そして、その女の子がこちらに気が付いたのか、私と目が合った。まるで吸い込まれてしまうかと思ってしまうような、赤い瞳を持つその女の子は、私の方へと怪しげな笑顔を見せる。
「イーナちゃん? あの女の子知り合いか何かですか?」
「いや…… 知らないけど……」
そして、席を立ち上がった女の子は、私の方へと静かに近づいてきた。だが、彼女の行く手は、もうすっかり酔っ払って出来上がったおじさんによって阻まれたようだ。
「おう、ねーちゃん! どうだ、こっちで飲んでかねえか! 俺達と一緒に楽しもうぜ!」
笑顔を崩さぬまま、一瞬おじさんへと視線を移した少女。だが、そんなおじさんの誘いなど、全く意に介する様子もなく、酔っ払いに絡まれた少女は男の言葉を無視し再び私達の方へと歩みを進めた。
おじさんは少女に無視されたのが気に食わなかったのか、急にムキになったような態度で少女の肩に掴みかかった。
「おい、ねーちゃん! 無視するのはあんまりだと思わないか? せっかく一緒に楽しもうぜって誘ってるんだぜ?」
おじさんの仲間らしき人達も立ち上がり、少女の周囲を囲む。華奢な少女とは正反対のがたいのいいおじさん達である。普通に考えれば、恐怖に感じてもおかしくはない場面であろう。だが、そんな状況であるのにも関わらず、少女は表情を一切変えることは無かった。
「おい、こっちが下手に出てりゃ、調子に乗って無視しやがって! いい気になってんじゃねえぞ!」
酔っ払っている影響もあるのか、自分よりも遙かに年下の少女に無視され続けているという状況が気に食わなかったのか、突然に声を荒げるおじさん。店の中を少しぴりぴりした空気が包み込む。
だが、私はもうすでに感じ取っていたのだ。あの少女の異質さを。
「イーナちゃん…… なんかちょっとまずそうな雰囲気じゃないですか……? あの子大丈夫ですかね……」
心配するような様子で小さな声を漏らすナーシェ。騒然となりつつある店内で、少女を囲い込むように絡むおっさん達に、他の客達も戸惑いを隠せないような様子であった。しかし、こと私に関しては、少女の身についてはあまり心配をしていなかった。
「んー? 大丈夫じゃない? だって……」
男達は酔っ払っていたせいか、まだ気付いていないようであったが、あの少女の目を見るからに、あの少女はただ者ではないだろう。少女の心配をすると言うよりも、むしろ私にとってはあの絡んでいるおじさん達の身の方がよっぽど心配であるのだ。
「おい、あんたらいい加減にしといた方が良いんじゃないか?」
少女へと絡み続けるおじさん達に耐えきれなかったのだろうか、間に入ったルート。そして、おじさん達のいちゃもんの標的は、すぐにルートへと移ったようだ。
「おい、兄ちゃん。威勢の良いのは結構なことだが、俺は今この女と話をしているんだ」
「そっちの女の子は話をしたそうな雰囲気ではなさそうだがな」
またルートは余計な挑発をするんだから……
「おい、てめえ。さっきからなめた口をききやがって!」
遂に挑発に耐えきれなかったおっさんの1人がルートへと殴りかかろうとした。だが、こんな酔っ払いのパンチなんて、ルートにとっては子供がじゃれているようなモノに過ぎない。ひらりと突っ込んできたおっさんのパンチをかわしたルート。そのまま酔っ払ったおっさんは勢い余って奥の机へと飛び込んでいった。ガシャンと机の上にあった瓶が床に落ちる音が響き渡る。こうなってしまってはもう店内もパニックだ。
「おい、こいつなんだ!? 今の動きただもんじゃないぞ!」
そして、華麗に躱したルートの動きに驚いたのか、おじさん達の1人が声を上げる。ルートを警戒するように距離を取り始めるおじさん達。いつの間にか、少女の連れの男は、おじさん達の背後に気配もなく立っていたようで、後ずさりしたおじさん達が男へとぶつかる。突然姿を現した男におじさん達もついに混乱を極めた様子であった。
「なんだ!? いつの間に!?」
おじさん達が驚くのも無理はない。ルートの行動に目を奪われていたというのももちろんあったが、正直、私も男がおじさんの後ろへと音もなく回り込んでいたのには全く気が付いていなかったのだ。やはり、少女もこの男もただ者ではなさそうだ。
そして、少女の連れの男も一切表情を変えること無く、静かに口を開いた。
「うちのお嬢様が無礼を働いてしまったようで申し訳ありません。どうか、穏便にお納め願えませんでしょうか?」




