77話 出発の準備
「とりあえず、トゥサコンまで来たのはいいんだけどさ、ここから賢者の谷へはどうやって向かうの?」
「賢者の谷は、北東方面…… 馬車を使えば、1日くらいと言ったところでしょうかね? たしか、賢者の谷の入り口には、小さな村と、兵士キャンプがあったはずです!」
「そうだな。まずは馬車を手配するところからはじめるとするか」
今回の依頼にあたって、アレクサンドラからは事前に移動代として前金をもらっている。それも4人でトゥサコンにしばらく滞在して、馬車をヴェネーフィクス用に手配したとしても、おそらくは余るほどの金額を。非常にありがたい話ではあるが、それだけ私達のことを信用してくれているというわけだし、失敗するというわけにも行かないというプレッシャーものしかかってくるのだ。
トゥサコンの中心部へと歩みを進めた私達。この世界において、まだ馬車が主要な移動手段となっている現状を鑑みると、おそらく手配する場所も、利便性に富んだ場所、すなわち、駅や空港と言った街の玄関口の周辺にあるに違いない。そんな安易とも言えるような考えで、私達はひとまずトゥサコンの駅の周囲へと向かうことにしたのだ。
「あれだな」
ルートが指し示した方向には、馬の顔が大きく描かれた看板があった。遠くからでも、一目で何か馬に関係するであろう施設である事は丸わかりである。
「馬屋……? ここでいいのかな?」
「ええ! 入りましょう!」
木で出来た大きな扉を開けると、中は広々としたカウンターが広がっていた。馬屋の中はギルドほど人で賑わっていたというわけではないが、私達と同じように、馬車を手配しようとしている人もちらほらといたようだった。
「おじさん! 馬車を手配したいんですけど!」
早速、空いていたカウンターへと近づき言葉をかけるナーシェ。カウンターの奥に座っていたおじさんは、たばこをぷかぷかと吹かしながら、ナーシェへと言葉を返す。
「嬢ちゃん、どこまで行くつもりなんだい?」
「えーっと…… 賢者の谷の麓にある村に行きたいんですけど…… 村の名前を忘れちゃって……」
「ああ、グシア村だな。あんたら、村のもんじゃないだろう? ギルドの依頼か何かか?」
「まあ、そんなとこ!」
「そんなところだろうとは思ったよ。何せグシアに行きたいなど言う客は滅多にいないからな! こんなことを言うのもアレだが…… グシアは何もない所だぞ。俺も1回だけ行ったことがあるが……」
「そうは言っても仕事なんでな。いくらになる?」
おじさんの話には特に興味がないと言った様子で、冷静に言葉を放ったルート。おじさんから提示された金額は、想定していたよりもずいぶんと安い金額であった。値段を聞くやいなや、驚いた様子を浮かべたナーシェ。
「これって…… こんなに安くて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。その代わり条件がある」
「条件って一体なんですか?」
「一つは、グシアへの物資の運搬を一緒に行う事。そして、乗り合いでの出発になること。出発は明後日になるが…… それでもいいなら、さっきの値段で手配できるぞ」
「そのくらい全然大丈夫ですよ! ね、みんな!」
こちらとしても安く手配してくれるというのなら特に反対する理由もない。出発までは少し時間があるためトゥサコンで待つ必要こそあるが、まあ、明後日と言うことならば全然許容範囲である。
「それにしても、珍しい事もあるもんだな。まさかグシア村に行きたいという人が、立て続けに来るとは……」
「他にもいるの?」
「ああ、それもあんたらと同じくらいの若い嬢ちゃんと、ちょっとイケメンな兄ちゃんだった。そいつらも所用でとは言っていたが…… ちょうどあんたらと同じ便での出発になる。目立つ格好をしていたからすぐにわかるはずだぞ!」
2人組の若い男女。果たして2人がどんな目的でグシア村へ向かうというのかはわからないが、一応頭の片隅には覚えておこう。万が一にも、私達と対立するような奴であれば、面倒くさいことにもなりかねないのだから。まあ、とは言っても明後日には確実に会えるし、今気にしたところで仕方のない話であることは事実だ。
ひとまず無事に馬車を手配できたし、あとは出発の時まで待つだけである。せっかくだから残り2日、準備をしつつトゥサコンの街を観光するほかはない。馬車を手配し終えた私達は旅の支度を調えるため、買い出しも兼ねてトゥサコンの中心街、商店が大量に建ち並んでいる大通りへと向かうことにした。




