76話 温泉での女子トーク
「ふわあ!! やっぱり温泉は最高です!」
「ね! 本当に!」
トゥサコンについた私達は、早速宿探し、もとい温泉探しの探索を始めた。何度かトゥサコンにも来たことがあるというナーシェの案内で、たどり着いた1件の温泉宿。ちょうどタイミング良く部屋の空きもあったようで、私達はすぐにそこを本日の宿とすることに決めたというわけだ。
宿にチェックインした私達が真っ先に向かったのは、もちろん温泉だ。突然ファンタジーの世界へと来て、最初こそ戸惑っていた私ではあったが、幸運だったのはこの世界にお風呂という概念があったことである。私達がいつもお世話になっているギルドの宿舎にももちろん浴槽というのはあった。それでも、やはり脚を伸ばしてくつろげる温泉というものは、他のどのお風呂に代えがたいほどの価値があるのだ。
トゥサコンの温泉は、少し濁った乳白色のお湯が特徴で、何とも言えない硫黄臭が心地よく漂っている。そして、妖狐の里とは異なり、しっかりと男湯、女湯と分かれていたと言うこともポイントが高い。別に男の裸を見たところで、いまさらキャーキャー言うつもりもないが、何となくこちらの姿を見られるというのも恥ずかしいし気まずいと思ってしまうようになったのだ。
「良かったです! イーナちゃんが温泉好きな子で!」
お湯に浸かりながら、屈託のない笑顔を浮かべるナーシェ。もう、ナーシェとこうして一緒にお風呂に入るというのにもずいぶんと慣れてきた。むしろ最初の頃にナーシェに対してどぎまぎしていたのが不思議に思うくらいだ。
「でも、ルートにはちょっと申し訳ないかなあ。せっかくこうして皆で温泉に来たのに、ルートだけ1人になっちゃうし……」
私達ヴェネーフィクスは、ルートを除きメンバー皆女子である。例外としてテオもいるが、テオを男の子と言って良いのかどうかはよくわからないし、テオ自身あまり水が得意でないということで、温泉には来てはいない。魔法が使える猫『ケット・シー』とはいえども、そういう所はしっかりと猫の特徴を出しているのだ。
「まあ、大丈夫ですよ! 1人で温泉にゆっくり浸かるというのも悪くはないでしょうし…… それにルート君にはシナツさんがついてますしね!」
「そっか! そうだったね。忘れてた!」
「それよりも、イーナちゃん! せっかくこんな機会だから、アレしませんか!」
「アレ?」
突然にハイテンションのまま、そう言葉にしたナーシェ。一体、アレとは何のことなのだろう? いまいちぴんと来なかったわたしはナーシェへ問いかけた。
「アレですよ! アレ! こう旅先に来て、女の子が集まったらする事は一つしか無いでしょう!」
「だから、アレって何さ!」
ニヤニヤと笑みを浮かべるナーシェ。一体、何をしようというのか。
ま、まさか…… 温泉で裸になったことを良いことに……
少しだけ身構えた私に近づいてきたナーシェ。ナーシェが近づいてくるのに伴って高まっていく緊張。そのまま、私の耳元に顔を近づけたナーシェは、小さな声で囁いてきた。
「イーナちゃん、この際だから聞いてみたいんです。ぶっちゃけルート君のことどう思ってるんですか?」
「ルートの事?」
「そうです。イーナちゃんがヴェネーフィクスに加入して、もう大分経つでしょう? 私はこうしていっつもイーナちゃんとお話出来ていますけど、ルート君も口数が多い方じゃないし…… あんまり世間話をする事もないでしょう? イーナちゃんがルート君にどんな印象を持っているのかなって」
「うん、ルートには本当に感謝しているよ! もちろんナーシェにもだけど…… 2人がいなかったらこうして今ここにいることはなかっただろうし…… 人間の世界へと連れてきてくれたことに本当に感謝してる!」
なんだか口に出すと少し恥ずかしいが、実際にいつも私が思っていることだ。今更、ごまかす必要も無いだろう。だが、私の返答は、ナーシェが期待していた答えとは違ったようで、少しだけ語気を強めてナーシェが再び言葉をかけてきた。
「違いますよ! いや…… 気持ちはすごく嬉しいですけど! ルート君の事、男の子としてどう見ているのかって言う話です! ルート君結構顔立ちは整ってるじゃないですか!」
ああ…… そう言う話ね……
ようやくナーシェの言っていたアレというモノを理解した私。そう、女子が集まれば自然と始まるもの。それは女子トークである。
「確かにルートはイケメンだし、頼りになるけどさ!」
なにせ、私は元々男である。べつに今更ルートの事をどうこうというような感情はないし、あくまでそこは仕事上の良きパートナーとしてしか思っていなかった。
「それよりもさ、ナーシェの方こそどう思ってるの! だって、私達よりナーシェの方がルートと一緒に過ごした時間は長いでしょ!」
「まあ、私は…… 色々ありましたから…… って! 私の話はいいんです! イーナちゃんとルート君ならなかなかお似合いだなあ……と、横から見てていっつも思うんですよ!」
一瞬、ナーシェの表情が曇る。だが、すぐに何事もなかったかのように明るく振る舞うナーシェ。何か理由があるのだろうが、ナーシェが一瞬浮かべた表情が気になった私はそれ以上ナーシェの話へと踏み込むことは出来なかった。誰しも、突っ込まれたくない話の一つや二つはあるだろうし、別にそこを詮索するつもりもない。
それよりも、お似合いって…… 何を言っているんだ……
だって、私は男なのに……
そんな事を思っていた私に、今度はサクヤが語りかけてくる。
――そうは言っても、今のおぬしは正真正銘九尾の少女じゃぞ。別に男を気に入って何が悪いというのじゃ?
――サクヤまで変なことを
――わらわとて、いつかは跡継ぎが必要じゃからのう。九尾の血をわらわの代で絶やすというわけにも行くまい。ルートなら九尾の相手として申し分はないと思うがのう。
かっかっかとからかいながら、私へと言葉をかけてきたサクヤ。一体サクヤもナーシェも何を考えているのだろうか。私がそんな男に対して恋などするはずもないのに。きっと私の反応を見ておもしろがっているだけに違いない。
だが、不思議なことに、これだけ話題に上がったからか、先ほどからルートの顔が脳裏に焼き付いて離れない。そのことがまた少しもやもやとするというか……
ああ! もう! 皆して勝手なことばかり……!
そのまま、お風呂へと浸かりながら、ルートの事を考えてしまった私。結局、部屋に帰ってからもそのもやもやが続き、どこか悶々としながら、トゥサコン一日目の長い夜は過ぎていった。




