75話 トゥサコンの街
トゥサコン –Tucsacon-
シャウン王国東部に位置するシャウンを代表する都市の一つであり、シャウン王国の王都であるフリスディカと、東国を繋ぐ交通の要所となる都市である。
トゥサコンの街はその立地から、他国の影響をより強く受けているようで、フリスディカやナリス、カムイと言った他の都市とは少し雰囲気が異なっていた。どこか中東を思わせるような、モスクのような形の建物が建ち並ぶ街並みは、やはり交通の拠点という影響もあるのか、フリスディカに負けないくらいに賑わいを見せていた。
そして、特徴的なのは街並みだけではなく、街をゆく人々の格好一つとってもそうであった。フリスディカやカムイといった街で見られたような格好をしている人は少なく、ターバンを頭に巻き、比較的露出度の高い服装を身に纏った人々が大通りの大半を占めていたのだ。
人の行き来の激しいトゥサコンの大通りでは、屋台が沢山建ち並んでおり、行き交う人々を引き留める、商人達の声が喧噪を作り出している。私達のようにきょろきょろと物珍しそうに周囲を見回している人は目立つのだろう。少し歩く度に、露店の商人達が私達へと声をかけてくるのだ。
「お嬢ちゃん達! タルキスの美味しい肉入っているよ! どうだい!」
私達を引き留めようと、声をかけてきたおばちゃん。声と共に届いた、香ばしい肉の香りに、私達もつい足を止めてしまった。
「あんたら、観光客なんだろ? この辺りじゃ見ない格好だからね! どうだい、安くしとくよ!」
「タルキス産の肉は美味と言うことで有名なんですよ! どうですかイーナちゃん! せっかくなので、買いませんか!」
「おっ! 嬢ちゃんわかってるね! そうだねえ…… 3本分の値段で良いよ! 1本はおまけだ!」
「買った!」
やはり旅をする以上、現地の食べ物を楽しむというのは欠かせないモノだ。
おばちゃんから渡されたのは、たんまりと肉が刺さった串であった。見た目こそ、簡素なものではあったが、ほどよい焼き加減と立ち上がる香りだけで、見ているだけでお腹が減ってくる。そして、ぱくりと串に刺さっていた肉を口へと運んだ私。一気に口の中にジューシーな肉汁が広がる。
「美味しい……」
思わず漏れ出てしまった感想に、おばちゃんもニッコリと笑みを浮かべる。そして、他の仲間達も肉を頬張るやいなや、あふれ出る笑みを抑えきれないような様子であった。
「美味しい! やっぱりタルキスの肉は最高ですね!」
「そうだろう、そうだろう! なんと言っても、新鮮な肉だからね!」
結局、もう1本串を購入してしまった私達。思わぬ出費ではあったが、やはり美味しいものを食べるというのは、旅の楽しみと言うこともあり、この経費も仕方の無いものだろう。やはり旅というのはこうでなくちゃ……
それだけでも、すっかり満足していた私であったが、さらにたたみかけるように、ナーシェが私に言葉をかけてくる。
「イーナちゃん! ルカちゃん! トゥサコンの魅力はこれだけじゃないんですよ!」
「まだあるの!?」
笑みを隠しきれない様子のルカは、興奮した様子でナーシェの言葉に食いつく。
「トゥサコンの近くには魔鉱石の鉱脈がある…… 賢者の谷は、魔鉱石の鉱脈として有名な場所でもあるんです! そして、魔鉱石の鉱脈というのは、近くに火山があるんです! つまりは……」
「トゥサコンの近くに火山があるって事だよね? それがどうかしたの?」
まだナーシェの言葉の意味を理解していない様子のルカ。だが、その言葉だけで私は、ナーシェが何を言いたいのかすぐに理解した。何せ私も元々は火山大国と呼ばれる『日本』という国で生まれ育ったのだ。
旅の楽しみと言えば、グルメ…… だけではないだろう。そう、旅に欠かせないモノと言えば、もう一つ。
「火山があると言うことは、つまり温泉があると言うことなんですよルカちゃん! そう、トゥサコンはシャウンでも有名な温泉の街なんです!」
「温泉の街!?」
トゥサコンがここまで交通の要所として発展したのは、もちろんその立地の便利さというのもあったが、何よりも温泉の名所と言うことで、宿場街として昔から多くの人達が利用したという背景があるそうだ。昔、まだ魔鉱列車や飛空船といった交通機関が普及する前、徒歩や馬と言った交通手段しかなかった頃、長い旅をする人々にとって、温泉というのは旅の疲れを癒やすために必要不可欠であった。そう言った背景もあり、このトゥサコンという街はここまでの発展を遂げることになったらしい。
何はともあれ、そうとわかったらもう向かう先は一つしか無い。温泉が待っているというのに、向かわないというのは、私の流儀に反するのだから!
「じゃあ今日の宿を探そうよ! もちろん、温泉付きのところで!」




