74話 飛空船に乗って
「すごーい! イーナ様! 本当に空を飛んでるよ!」
「ニャ! まさか空を飛べる日が来るだニャんて…… 思ってもみなかったのニャ!」
眼下に広がるフリスディカの街を見下ろしながら、興奮を露わにするルカとテオ。何せ彼らにとっては、初めて空を飛ぶという経験になるのだ。興奮するというのも無理はない。現に、何度も飛行機に乗っていた私だって、初めて経験する飛空船でのフライトに胸の高まりを押さえることは出来なかった。
「ね! まさか、この世界で空を飛べるようなモノがあるだなんて思わなかったよ!」
「この飛空船が一般化したのは、本当に最近なんです! 前は、軍隊や王に認められた一部の人しか使えなかったのですが…… アーストリア連邦という組織が出来てからは、国同士の移動というのも活発になりましたからね! 魔鉱列車を使っても何日もかかっていた場所に行くのも、飛空船ならあっという間ですから! 本当に便利ですよね!」
ナーシェが言っているアーストリア連邦とは、私達が今いるシャウン王国が含まれる、地域連合である。シャウン王国があるアーストリア大陸には、大小様々な国々があり、その国同士が一つの共同体を形成しているというわけだ。言ってみれば、EUみたいなものであるらしい。
元々、このシャウン王国のあるアーストリアという地域は、様々な国が集まっている地域と言う事もあり、国同士の戦争が絶えなかった。各国の指導者達がいかにして、自らの国を守るかと言う事を考え抜いた結果、国同士の衝突を回避するために出来たのがアーストリア連邦という組織である。
もちろん、アーストリア連邦という組織自体はまだ樹立して間もないという事もあり、未だ連邦に所属する国通しの小競り合いが全くないというわけではない。それでも、連邦の樹立に伴い、確実に国同士の衝突は減ったと言う事であるらしい。
そして、ギルドというのも厳密に言えば、連邦の組織の一つである。連邦の樹立に伴い、軍隊とは別に、住民の生活を守る自治組織というモノが作られた。小回りのききやすい自治組織、それがギルドの実情である。どうしても軍隊というモノは、国の正規軍である以上、そう簡単に動かすというわけにも行かないようだ。まあ、そういう仕組みについては私の元々いた世界も、この世界も変わらないらしい。
小難しい話は置いておいて、飛空船の話に戻そう。
魔鉱石の力を動力として、空を飛ぶ乗り物。それが飛空船であるそうだ。仕組み自体はよくわからないが、実際に空を飛んでいる乗り物に乗っているという事実がある以上、それはそういうものだと理解する以外にはあるまい。
私達が今乗っている飛空船は、フリスディカの街とトゥサコンと呼ばれる街を繋ぐ、定期船と呼ばれる便であるそうだ。ナーシェがさっき口にしたように、元々軍事目的で開発されたのが飛空船という乗り物であるらしいが、連邦組織の樹立により各国の軍隊の身動きが取りにくくなった今、本来の目的とは打って変わって、商業への利用というのが主流になった。
これから私達が向かうトゥサコンという街も、そんな交通の発達により発展を遂げた、シャウン王国東部の中心都市であるそうだ。
「元々、トゥサコンは東国との交通の拠点として、そして軍事拠点として栄えていた街であったんです。王都フリスディカと、シャウンの隣国であるタルキス王国とのちょうど中間地点に位置する街ですから!」
「タルキス王国…… 元々交通の拠点だったって事は、そこは、シャウン王国とは関係は良好だったって事?」
「そうですね! シャウン、そしてタルキス、それに今は滅びてしまったラナスティア王国、これらの国は昔から交流もあり、行き来も盛んだったらしいです。タルキスも大きな国ですからね! アーストリア連邦という組織も、これらの国が中心となって樹立したと言うわけです!」
「そういえばさ、『賢者の谷』の調査はラナスティアと合同で行っていたって言ってたよね!」
「はい! ちょうど賢者の谷はシャウンと旧ラナスティア王国との国境付近にありますので! でも、妙な話ですよね。ラナスティア王国は、魔鉱石の研究中の不慮の事故により滅亡したと習ったのですが…… まさか白の十字架の仕業だったなんて…… どうして隠したりしているのでしょうかね?」
「そりゃ、そんな組織があると国民に知れたら、パニックになる事なんて目に見えているからね。それも仕方無いんじゃない?」
「それはわかりますけど、そんな嘘を流したところで、もしも真実が広まったら、王国の信用にも関わる話にも繋がりかねないじゃないですか! ……難しい話であることは間違いないですけど、何か裏があるような…… そんな気もしませんか?」
「考えすぎじゃない?」
「だといいんですけどね…… まあ、どちらにしても賢者の谷に行けば、何かわかるかも知れないですし、今考えたところで仕方がない話ではあるんですけど!」
確かに気になると言えば気になるが、国としてそう言う不都合な事実を隠すと言う気持ちも十分に理解できる以上、ここで私達が考えたところで仕方のない話であることは間違いない。なにせ、もし本当に『白の十字架』という組織が、国一個を滅亡へと誘うほどの力を有しているというのなら、それこそ国民の安全な生活というモノを大いに揺るがしかねない事項であるのだ。
現にこれから私達が向かう『賢者の谷』という場所も、厳戒な入場規制が敷かれている地域であり、連邦組織や、シャウン国王に認められた一部のモノしか入ることは出来ないのだ。まあ、アレクサンドラについては、おそらくちょっとした『コネ』を使ったのだろう。そこについてはとりあえず、触れないことにする。
表向きは、モンスターや事故の影響により危険性が高いという理由にはなっているが、本当のところは行ってみなければわからない。
そんな事を考えている間にも着々と目的地であるトゥサコンへと近づいていく飛空船。気が付けば、私達の眼下には、どこか異国情調が漂う、トゥサコンの街の風景が広がっていたのだ。




