73話 次なる目的地
白幻虫。
大神の里で相対した女、『白の十字架』のメンバーである事を自ら口にしたカーマは確かに、白幻虫と呼ばれる虫を使役していた。アレクサンドラが見たというその虫は間違いなく、『白幻虫』に他ならないのだろう。
そして、案の定私の予想は的中したようだった。思い出したように言葉を続けたアレクサンドラ。
「あーそうそう、そんな名前だった! イーナ、あんた知ってるのかい?」
「私達が大神の所に行ったとき、私の前に現れた白の十字架のメンバーを名乗る女がその虫を使っていたんだ! 確かにアレクサンドラさんの言うとおり、光り輝いていて…… 彼女が魔法を使うときにはその虫たちを吸収して使っていた。それに、私の魔法をあの虫たちが吸収して……」
興奮のあまり、言葉を整理するような余裕もなかった私は、アレクサンドラに対してまくし立てるように言葉を続けた。そんな私の散らかった話を、アレクサンドラは真面目な表情を浮かべたまま、黙って聞いていてくれたのだ。
「どうやらあたしの見立ては間違っていないようだ。おそらくは、カヤノやあんたの相棒の病気を紐解くための鍵は、『白幻虫』とやらにある。ちょうど、あたしも調査のためにこれから南の大陸に向かおうとしていた所なんだよ。もう一度あの虫を調査しようとね」
「南の大陸って…… どんなところなの?」
先ほどから、話題に上がっている『南の大陸』。だが、まだこの世界の地理に疎い私には、その大陸というのがどんな場所なのか、想像できなかったのだ。そんな私の疑問に、答えてくれたのはナーシェであった。
「南の大陸は、このシャウン王国があるアーストリア大陸から、海を越えた場所にある別の大陸なんです。強力なモンスターの巣窟と言われていて、まだまだ調査が進んでいない地域の一つですね!」
さらに補足するように言葉を続けるルート。
「ギルドでも定期的に調査団を派遣をしていてな。だが、その広大さからまだ1%も調査が進んでいないとさえ言われている」
皆の話を聞いているうちに、その『南の大陸』とやらにすっかり夢中になっていた私。なんと言ってもまだ知らない世界が広がっているというのはわくわくするのだ。
アレクサンドラは、そんな私の様子を見たからか、釘を刺すように私に言葉をかけてきた。
「イーナ。南の大陸に興味を引かれるというのもわかるが、ひとまずあんたには、さっきも話したとおり、魔鉱晶石の輸送ルートの確保をお願いしたい。どっちにしてもあんたのその剣の状態だとこれから危険な場所の調査をするのにも心許ないだろう? それに、危険な場所である事は違いない。そういうのは年寄りの役目さね」
「大丈夫だよ! アレクサンドラさん! こっちは任せて!」
まあ『南の大陸』に興味津々ではあるが、アレクサンドラの言うとおり、まずは剣の修復、そして私に合った武器を作ってもらうというのが先決である。なにしろまだこのシャウン王国の国内の事ですら、まだよくわかっていないというのに、いきなりそんな遠くまで行くのもなかなかに無謀な話であるのは、私もよくわかっているつもりだったし、アレクサンドラが調査に行ってくれるというのならば、無理に私がついていくという必要も無いだろう。
「まあ、南の大陸ほどじゃないとはいえ、賢者の谷周辺も強力なモンスターが多い地域だ。十分に気をつけるんだね」
………………………………………
そのままアレクサンドラの店を後にして宿舎へと戻った私達は、早速次の旅のプランを話し合っていた。目標は賢者の谷と呼ばれる場所。まずは、魔鉱晶石の調査を行っているキャンプへと訪れるというのが、私達に課せられたミッションだ。
「賢者の谷に一番近い大きな街はトゥサコンですね。まずは、トゥサコンまで移動してしっかり準備を整えてから賢者の谷を目指しましょう」
作戦会議とは言っても、私もルカも、そしてテオもまだシャウン国内の地理については全く無知であり、結局ルートとナーシェの話し合いが続いていた。ギルドに属しているという性質からか、ルートとナーシェは国内を動き回っていたことが多かったようで、シャウン国内の地理についてはかなり詳しいようだ。
「出発は明後日。トゥサコンまでは飛空船で向かう。それでいいな?」
ルートが口にした言葉に私も耳を疑う。
――いま、確かに飛空船って…… 聞こえた気がしたけど……
「そうですね、それがいいと思います」
「ねえ、そのヒクウセンってさ…… もしかしてだけど、空を飛んだりする乗り物だったり?」
「なんだイーナ? お前飛空船も知らないのか?」
驚きの表情を浮かべるルート。どうやらこの世界では、飛空船というのはわりと普及しているような乗り物であるらしい。
「知らないよ! そんな魔法みたいな…… あ、でも魔法があるのか……」
「空を飛ぶの!? すごい、ルカも乗ってみたい!」
そして、話を聞いていたルカがキラキラとした表情でそう口にする。ルカの気持ちもよくわかる。驚きのあまり、冷静に突っ込んでしまったものの、私だってわくわくしているのは同じだ。なにせ、言葉が悪いかも知れないが、この世界は私のもといた世界よりもテクノロジーが遙かに劣っていると思い込んでいたからだ。まさか、空を飛ぶ乗り物があるだなんて夢にも思っていなかったのである。
「大丈夫ですよ! ルカちゃん! なんとギルドパスがあれば…… 飛空船だって乗れてしまうのです!」
「ホント!? ナーシェ?」
「ホントですよ!」
わいわいと盛り上がるルカとナーシェ。まあ、とにもかくにも、私達の次の目的地は決まった。まずはシャウン王国東部にあると言われるトゥサコンの街。そして、そのあとに向かうは、『賢者の谷』と呼ばれる場所である。




