72話 病気の正体!?
「でも、アレクサンドラさん、あなたほどの力があれば、私達に頼まなくても大丈夫ではないのですか?」
アレクサンドラからの任務を受けることにした私達ではあったが、ここでナーシェがアレクサンドラに疑問を投げかけた。
「あたしもそうしたいのは山々なんだけどね。ちょっと忙しくてね…… ここからは昨日の話とも関わってくる話になるんだが…… こんな所で話すのもなんだ。ちょいと店の奥まで来てくれないか?」
アレクサンドラが言っている昨日の話とは、つまりはサクヤや、アレクサンドラの相棒である猩々、カヤノを蝕んでいる病の話だ。結局、アレクサンドラの続きは後日にしようという提案で、話は途中で止まっていたままだったのだ。
店の奥の方向へと歩みを進めたアレクサンドラ。アレクサンドラに導かれるまま、私達も店の裏へとついていった。お店のバックヤードには、店頭に並んでいたモノよりも一層怪しげな品物が所狭しと並んでいる。一体何に使うのだろうと思うような装備品の間をくぐり抜け、これまた物が溢れかえった狭い階段を上がり、私達はアレクサンドラの私室へと足を踏み入れた。
「すまんね。ちょっと散らかってるが…… 勘弁してくれ」
「大丈夫ですよ! なんだか不思議なモノが一杯ですね! これとか…… 呪いの仮面?」
机の上に飾ってあった、奇妙な文様の入った怪しい仮面を指し示しながら私はアレクサンドラへと言葉を返した。私の言葉を聞くやいなや、声を上げながら笑うアレクサンドラ。
「呪いの仮面か。そりゃあ傑作だ。イーナ、あたしはねえ、世界中を回ってマナにまつわるモノを集めているんだ。それは、確か南の大陸の山奥で手に入れたモノだったかな?何でもそれをつければ永遠の命を得られるとかいう現地の伝説にあやかったモノらしい。それを呪いとみるか、奇跡とみるかは…… まあ受け取る人次第さね」
永遠の命かあ…… もしそんな力でも本当にあるとするならば、サクヤも救うことが出来るのかな?
なんてことを少しだけ考えていた私。非科学的で、よくありそうな眉唾物の話であることには違いないが、これだけファンタジーに満ちた世界の話だ。もしかしたら、本当にそんな事があったっておかしくないのかも知れない。今なら少しだけ、呪術だったり、神様の存在を信じたりするという考えも理解できそうな気もする。
「さてイーナ本題へと話を戻そう。あんたは例の病気の正体とやらを何らかの虫だと言っていたね!」
急に真面目な表情へと変わったアレクサンドラは私へと語りかけてきた。静かに頷く私。なにせ、私の知っている知識の中ではその可能性が最も高いのだから。
「だけど、アレクサンドラさんが前に確認したときには、何もいなかった…… そういうことだよね?」
「ああ、あたしも最初はあんたと同じことを考えたからね。特にカヤノの場合、呼吸器に異常が見られた。そうなるとやはり、体内の循環の話……」
「おい、一体何が何だか……」
「ルート君、身体の中は繋がっているんですよ。特に身体の中の何処かの器官が病気になったときは、その影響で、違う部位にも影響が見られる。よくある話です」
「そうさ、血液というモノは体内を絶えず循環している。だからこそあたしは、そのポンプ的な役割を果たしている心臓に原因があるんじゃないかと考えた。イーナあんたもそうなんだろう?」
「そうだよ。犬とかの小動物では、結構メジャーな病気にフィラリアというものがあって、全身循環を通って、心臓や肺に寄生するような性質を持っていた奴があったから……」
流石に、フィラリアという病気の名前は、アレクサンドラも聞いたことがないと言った様子ではあったが、そこは気にせずに話を続けることにする。
「でも、実際に其処に虫がいなかったとなれば…… 私も正体はわからない」
「ふーん……」
私の言葉を聞いたアレクサンドラは少し笑みを浮かべながらそう言葉を漏らした。アレクサンドラの様子はどこか得意げで、まるで病気の仕組みをすでに理解しているような、そんな様子であったのだ。
「イーナ、あんたの考えはおそらく正しいよ。あんたは固定概念に縛られすぎなんだ。もし、あんたの言うその虫の…… そいつの正体が姿が見えなかったとしたら?」
姿が見えない? どういうこと? アレクサンドラの言いたいことが理解できなかった私は、その疑問をアレクサンドラへとぶつける。
「どういうこと? 姿が見えないのにどうして詰まるの?」
「イーナ、あたしはね、この病の正体が何らかのマナなんじゃないかと思ってるんだよ」
「マナ?」
「正直、魔法やマナについてはまだわかっていないことが多い。もし原因が何らかのマナだとしたら、姿が見えないと言うことだって十分に理解は出来る。だからこそ、あたしは今マナや魔鉱石について研究をしているというわけさ。まあそのつながりで、こんな店を始めたというわけだね」
アレクサンドラが話している内容は、非科学的な話である事は私も重々承知している。ただ、私達の世界よりもずっと医療についての、生命についての理解が進んでいない世界であるのにも関わらず、ここまで生物学の知識を持っているアレクサンドラがそう信じたくなると言うのも十分に理解できる。何せ、姿が見えないというのなら私だって手詰まりなのだから。
「マナというのは目には見えない。だが、確かにあたしらの周りに、この空気中に存在している物質だ。そして、あたしは一つのヒントを掴んだんだ。それが具現化するマナというモノだ」
「具現化するマナ。そんなモノがあるんですか?」
アレクサンドラの言葉にナーシェが首をかしげる。
「ああ、南の大陸で調査をしていたときにな。不思議な技を使いこなす連中がいたんだ。光り輝く虫のようなモノを操るそいつらは、その虫をエネルギーに魔法を使いこなしていた。えーっと…… 名前が、はく……なんたら虫とか言っていたのさ」
アレクサンドラの言葉に、その場にいた皆が驚きを見せる。もちろん私だって例外ではなかった。なにせ、少し前に私はアレクサンドラの言うその『虫』を使いこなす女と死闘を繰り広げたのだから。
「アレクサンドラさん! それって…… その虫の名前って、『白幻虫』じゃない!?」




