70話 ルートとヴェイン
「朝……」
結局あれから宿舎へと戻った私は、気絶するように眠りに落ちた。王宮にいたときは、緊張からかそこまで疲れも感じてはいなかったものの、いざ帰途につこうとしたときには、体は鉛のように重く、宿舎へと帰るのもやっとと言う感じだったのだ。
そして、アレクサンドラについても消息はわからずじまいだ。去り際のアレクサンドラからは、『きっと会える。それまでに私の用事を済ませなさい』という言葉しか聞けていない。
そして私が目覚めたのに気が付いたナーシェが、身支度もすでにすませ、もうすっかり出かける準備も万端といった様子で話しかけてきた。
「イーナちゃん! おはようございます! ルート君が呼んでましたよ! 剣の様子を見に行こうって」
「おはよう、ナーシェ。そうだったね! どうなったのかあ、なんとか直ってくれるといいんだけど……」
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ハインから受け継いだ2本の剣のうち1本は、先日のカーマとの戦いで傷ついてしまった。フリスディカに戻ってきた後、私達はすぐに、ルート達がいつもお世話になっているという武器屋、ハインの剣を作ってくれた武器屋に傷ついた剣を持っていったのだ。
フリスディカ中心部、大通りから1本入った路地裏にあるルーミス魔法武具店。魔法武具店の中には剣や槍と言ったよくあるような武器から、魔法使い用のものと思われる杖等、お店から溢れんばかりの量の武具が所狭しと並んでいた。なかでも私が気になったのは普通の武具だけではなく、呪術にでも使いそうな謎の仮面や、拷問にでも使いそうな趣味の悪い武器と言った謎の武具まで並んでいたのだ。
少し怪しい雰囲気の漂う店内を歩いて行くと、奥に少し開けたカウンターがあり、すでに先客がいるような賑わいを見せていた。ルート曰く、この店の魔法武具はなかなかに上質でギルドでも人気が高く、利用者も多いとのことだ。
「おう、ルート。久しぶりだな。それにナーシェ。ハインとロッドの件は残念だった。だがお前らが無事でなによりだ」
私達の元へと近づいてきた若い男。ターバンで頭を覆いあまり露出も多くはなかったため、見た目から年齢はわからなかったが、声の感じからするとおそらくはルートと同じくらいの年齢だろう。ヴェインという名の男は、まさしくルートやハインの剣を作ってくれたというルーミス魔法武具店の職人の1人であるらしい。
「久しぶりだなヴェイン」
「ヴェインさん! お久しぶりです!」
近づいてきたヴェインに言葉を返したルートとナーシェ。そして、2人へと言葉をかけたヴェインは、次にルートの後ろにいた私達の方へと視線を移してきた。
「おっ、話には聞いていたが、お前達が新しいヴェネーフィクスのメンバーか。俺はヴェイン。ルート達とは昔からの付き合いなんだ。よろしくな!」
「私はイーナです! ヴェインさんこれからよろしくお願いします!」
「ルカです! よろしくお願いします!」
「ニャ! テオなのニャ!」
「イーナ、ルカ、テオか! ルートやナーシェ達の事よろしく頼むぞ! ナーシェはまあ大丈夫だろうが、ルートは少し不器用というか、まあなんというか誤解されやすいところがあるしな……」
「おい、ヴェイン……」
「ははっ、冗談だ」
そう言って笑い飛ばしたヴェイン。そして、私の背中に背負っていた2本の件に気付いたのか、ヴェインは私の顔をのぞき込みながらさらに話しかけてきた。
「なるほどな…… イーナ、お前がハインからその剣を受け継いだというワケか」
「そうだよ! でも、剣のうち1本が傷ついてしまって…… それで、今日はここに来たんだ!」
「剣が……? 見せてくれないか?」
早速私はヴェインへと傷ついた剣を差し出した。傷ついた剣をのぞき込むヴェイン。そして、真剣な表情を浮かべたまま、ヴェインが顔を上げ私の方へと視線を戻した。
「確かに傷ついているようだな。少し預からせて貰ってもいいか? 実はこの剣に使われている魔鉱石は少し特殊でな……」
「うん、お願いします! ヴェインさん」
そのままハインの剣の片割れを差し出した私。すると、ヴェインは私の耳元へと近づいてきて小さな声で呟いた。
「……あともう一つ、ルートのヤツのことなんだが……」
真剣な表情のまま言葉を続けたヴェインの様子に、私も思わず身構えながらヴェインの話へと耳を傾けた。何かヴェインしか知らないルートの秘密でもあるのだろうかと少し緊張していた私に、言葉を続けたヴェイン。
「あいつ…… 結構男前なんだが、どうにも口べたでな…… 見た目も根も悪くはないんだが、いかんせん女が苦手なんだ。まあ、だがそろそろルートにも良い相手が必要だと思っていてな。お前達、なんか良い感じそうだし…… ルートの事よろしく頼んだぞ」
「えっ……」
てっきり真面目な話かと思いきや、突然の茶化すようなヴェインの発言に思わず私も動揺してしまったようだ。そんな私の動揺を見抜いたのか、ルートがヴェインに向かって言葉をかける。
「おい、イーナに何をこそこそと言っているんだヴェイン」
「何でも無いさ! お前のことをよろしくと頼んでいただけだよ」
「本当か……?」
「本当だよ! あとはまあ剣を見るのに少し時間がかかるかも知れないんで…… そうだな、また一週間後に来てくれ」
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まあ、そういうわけで、ついにヴェインと約束した日が来たというわけである。アレクサンドラのことも気にはなるが、まずはヴェインとの約束の方が先だ。出発の準備を済ませた私達は、早速ルーミス魔法武具店へと向かった。




