67話 使徒『玖の座』
「ん……」
ベッドの上で眠っていたルートが小さな声を漏らす。巫人としての力を見るための模擬戦で、ミドウの派手な一撃を食らったルートは、日も暮れかけた頃になって、ようやく目を覚ましたのだ。
「ルート! 目が覚めてよかった! 心配したよ!」
「……イーナ? ……ここは……?」
まだどこか朦朧とした様子で言葉を発したルート。ミドウ曰く手は抜いていたそうだが、それでもあれだけ派手な一撃を直でもらったと来れば、ルートの身体のことが心配で仕方なかった。何せ少し運命が違っていたなら、あの攻撃を私がもらっていたかも知れないのだ。私の心の中には、あの攻撃を食らわなくてよかったという安堵と共に、ルートに対して申し訳なさを覚えており、複雑な感情が渦巻いていたのだ。だからこそ、他の皆に比べてルートの事が気に掛かっていたのかも知れない。
「王宮の一室だよ。ミドウさんとの戦いのことは覚えてる?」
「! そうだ、あいつ……! 痛ッ!」
「駄目だよ! そんなに急に動いたら!」
いくらルートの身体に心配はないとは言えど、一撃で気絶するほどの重い拳を食らったのだ。急に動けば、それこそ痛みも出るだろう。慌ててルートに声をかけた私。少しルートも落ち着いたようで、ゆっくりと身体を起こし、ルートは私へと言葉を返してきた。
「ナーシェやルカはどうした?」
「ああ、皆なら、他の巫人達と話をしているよ。ナーシェはもうアレクサンドラさんとずっと医療魔法の話をしているし…… それに、ルカもヨツハやノエルと仲良くなれて嬉しいみたい!」
「そうか……」
複雑な表情を浮かべたままそう静かに呟くルート。そんな折、ふと、後方の扉が開く音が部屋へと響く。そこに立っていたのは、他ならぬミドウであったのだ。
「起きたようだな。さっきはすまなかった。どうにも粋の良い若いヤツを見ると、血がたぎってしまってな……」
「ミドウさん!?」
急に姿を現したミドウに、私もつい声を上げて驚いてしまった。
「気にするな。俺が弱かったと言うだけの話だ」
いつもと変わらないような様子で、ミドウに冷静に言葉を返したルートではあったが、私にはルートが少し不機嫌であると言うことがすぐにわかった。だが、おそらくそれはミドウに対する怒りではない。ルートが放った言葉通り、為す術もなくミドウに一撃でやられたという自分へのふがいなさによるものであろう。
「……」
「……」
部屋を沈黙が包み込む。どうにも気まずそうにルートを見つめるミドウ。ミドウ自身もやり過ぎてしまったという自覚はあるのだろう。子供と素直に話せない父親のように黙ってルートを見つめるミドウの様子は、私にとってはなかなか新鮮で面白かった。
「ねえ、ミドウさん、使徒に入らないかという件なんだけど……」
ひとまずこれ以上ルートとミドウの会話も盛り上がると言うことはなさそうだと判断した私は、ミドウへと本題をぶつけた。ルートも目覚めたしちょうど良いタイミングだと思ったのだ。ルートがどう思っているのかはわからないが、私は別に彼らと共に歩むという選択肢自体は肯定的に捉えていた。問題は……
「私のわがままで申し訳ないんだけど、これだけは聞いておきたくて。もしミドウさん達と…… 皆と一緒に行くことを選んだとしたら、ヴェネーフィクスは……?」
もちろん、王やミドウの言うことだってわかる。現に私が刃を交え合ったカーマは確かに強大な力を有していた。それこそ世界を手に入れるというのが偽りではないと信じられるほどには。
だが、世界の危機だなんだと言われてもいまいち実感も湧いてこない。それよりも新しく手に入れた私の居場所。ヴェネーフィクスという居場所を失ってしまう方が私にとっては怖かったのだ。
だが、私の心配を吹き飛ばすように、ミドウは大声で笑い出した。
「はっはっは! イーナ、お前そんな事を心配していたのか? 別にお前達が使徒に加わろうと、お前達のパーティが解散する必要は無いだろ? ギルドだってわしらだって、民の為に、それにわしたちを信じてくれている者のために戦っていることは変わらない」
「じゃあ……」
「その点については心配はいらないさ……」
………………………………………
それからしばらく、私とルート、そしてミドウとの会話は続いた。ミドウは今後のヴェネーフィクスの活動に支障が出ない範囲で協力して欲しいという事を私とルートに直接伝えに来たのだ。そこまで言われてしまったら、私達とて彼らに協力しないというわけにもいくまい。
もちろんナーシェやルカと言った他のヴェネーフィクスの仲間達には、王様達に伝える前にすでに、私達の意志を伝えてあった。ナーシェもルカも反対する様子は全くなく、むしろ喜びを露わにしていた。
「これで、ヴェネーフィクスも安泰ですね! なんと言っても、王様の直属の部隊となったわけですから……」
「なんか勘違いしてない? ナーシェ?」
「え、イーナちゃん聞いていないんですか? イーナちゃんとルート君が使徒に選ばれたとして、ヴェネーフィクスとして活動を共にする私達も結局は王の直属の部下、零番隊の一員として活動していくことになるらしいですよ!」
「……そうなの?」
「そうですよ! だから、もうイーナちゃんとルート君は是非とも使徒として頑張って下さいね! 私やルカちゃんも一緒について行きますから!」
………………………………………
そして、王の間へと集まった私達。目を覚ましすっかり元気となったルートと私は、2人王の前へと跪いていた。
「それでは、イーナ、おぬしに使徒『玖の座』を、そしてルート、おぬしには使徒『拾の座』としての座を授ける」




