66話 またひとつ
「ルート君!」
あわててルートへと近寄っていったナーシェ。そのままルートのそばにナーシェはしゃがみ込み、ルートの様態を確認していた。ナーシェに遅れてルートの元へとたどり着いた私やルカ。ナーシェによると、ルートもミドウの一撃を食らって伸びてしまっただけらしく、特に命がどうこうというような状態ではなさそうであるそうだ。
ひとまずは一安心と言ったところだが、それにしても…… あのミドウというおっさん…… 恐ろしすぎる力である。
さらに、私達の元へと、巫人の皆も近づいてきた。最初に口を開いたのは、ロード。すっかり伸びてしまったルートを見下ろしながら、優しい笑みを浮かべ、ロードは呟いたのだ。
「あらら、また派手にやられたね。これで3人目か」
「3人目?」
3人目? と言う事は、他の巫人達もルートと同じように、ミドウによる手痛い歓迎を受けたとでも言うのだろうか? つい口に出てしまった私の言葉に、ロードは相変わらず笑顔を浮かべたまま、優しく言葉を返してきた。
「まあ、この腕試しは、使徒のメンバーに加わる際の恒例行事になってるんだ。流石にミドウも、女の子相手にはそう派手にはしないけどね! 男の相手となれば話は別…… 少し可哀想な気もするけど、起きたら代わりに私から謝っておくよ」
笑いながらそう口にしたロードは、ちらりとミズチとアイルの方に視線を送った。おそらくは彼らもルートと同じように、ミドウによる歓迎を受けたようである。2人のその何とも気まずそうな顔が全てを物語っていた。
同時に私はもう引きつった笑いを浮かべるほかはなかった。サクヤのお陰で、この身体になってしまったお陰で、ミドウの歓迎を受けずに済んだものの…… もし、前の身体のままだったとしたら…… 考えただけでもぞっとする。
「ミドウの馬鹿は、新しい男の子が入るとなると、いっつも気合い入れちゃってね。まあ大丈夫さ、どうやらあんたらのとこの医者も相当に優秀みたいだし、あたしの出る幕もなさそうだしね」
あきれた様子で口を挟んできたのはアレクサンドラ。ふと、アレクサンドラの言葉が気になった私は、彼女に向けて問いかけた。
「あたしの出る幕って事は…… アレクサンドラさんの力も医療魔法って事なの? そういえば、アレクサンドラさんって生命を司る猩々の巫人だったよね?」
「さんだなんて照れくさいからやめな、アレクサンドラで良いよお嬢ちゃん! そうさね。私も昔は医療魔法で少しは有名だったんだよ!」
その言葉に、ルートのそばにしゃがみ込んでいたナーシェがはっとした表情を浮かべながらアレクサンドラの方へと視線を移す。同じ医療魔法使いとして何か思い当たる節でもあったのだろうか、ナーシェは少し興奮したような様子でアレクサンドラに向けて話しかけた。
「もしかして……! もしかしてアレクサンドラさんって、あの『神の手』と呼ばれたルーミス・アレクサンドラさんですか!?」
「神の手? なんかすごそう……」
「すごいなんてもんじゃありませんよ! 私達からしたら偉大も偉大! 何せ近代医学の発展の母とすら呼ばれたような大先輩なんですよ! セルビレン戦争で行方不明になったとは聞いていましたが…… まさか……」
まるで憧れのアイドルとでも会ったかのように目をきらきらと輝かせ、そう語るナーシェ。全く話について行けないが、ナーシェの興奮する様子から察するに、どうやらアレクサンドラは、相当にすごい医療従事者だったようだ。ともなれば、アレクサンドラと知り合えたと言う事は、サクヤの病気を治療する上で、相当なキーポイントになるかも知れない。
「あの! アレクサンドラさん! えーっと!」
「ちょ…… ちょっと落ち着きなあんた! ほら!」
だが、今の状況を見るに、そんな事を言えそうな状況にもない。すっかり興奮した様子で矢継ぎ早に迫るナーシェに、アレクサンドラも少し困惑したような様子で対応していたのだ。到底、私が会話に入れるような隙はなかったのだ。また、その件については日を改めてアレクサンドラに聞いてみることにしよう。
ナーシェがアレクサンドラに夢中になったことで、放置されてしまったルート。ルカやテオも、他の巫人達にずいぶんと気に入られたのか、すっかり巫人達の輪に溶け込んでいた。もはや誰も気にかける様子もなく、ただただ1人で気絶しているルートが気の毒になった私は、皆が会話に夢中になる中、1人彼へと近づいた。
「お疲れ、ルート。 災難だったね」
もちろん、言葉をかけても返事なんて帰ってこない。そんな事はわかっていた。そのままルートの隣へと座り込み、わいわいと賑わっている巫人達の方へと視線を移しながら、さらに私は言葉を続けた。どうせ気絶しているし、今なら少し普段言えないような恥ずかしいことだってルートに伝えられる。何せ、いつもクールなルートに改まったように感謝の言葉を伝えるなんて、恥ずかしくて私には出来なかったのだ。
「いつの間にかさ…… 気が付いたら、こんなに周りが賑やかになっててさ…… これもルートのお陰だよ。ありがとう」
「……」
もし、彼らが私を受け入れてくれるというのなら、彼らの仲間に加わりたいという気持ちはもちろんあった。だけど、そうすると言うことは、もしかしたらヴェネーフィクスとして活動が出来なくなることになるかも知れない。気が付けばなし崩しでいつの間にか、メンバーに加わるような流れにはなっていたが、そうなったら今後のヴェネーフィクスはどうなっていくのか。そう考えると、なかなか彼らの誘いにも快諾できない私がいたのだ。
だからこそ、ルートに問いかけたかったのかも知れない。同じように彼らに誘われているルートがどう考えているのか。ルートが加わらないというのなら、私だって彼らのメンバーに加わることは出来ないし、ルートがそうするというのなら、私も同じ道を歩もう。そう決めていたのだ。
「まあ、また起きたらさ、このあとの事、考えよう」
「あれイーナちゃん! そんなところで何してるんですか~~!? 」
唐突にヨツハの声が響く。先ほどまでとは違い、ずいぶんとヨツハも親しく話しかけてくれるようになった。これもアイルとの戦いを通して私のことを認めてくれたお陰なのかも知れない。そしてヨツハの言葉を聞いて、私がルートのそばに座り込んでいたのに気が付いたノエルも近づいてくる。私の様子を見たノエルはニヤニヤとした表情を浮かべ言葉をかけてきた。
「あんたまさか…… この男の事……?」
「えー! そうなんですか!? イーナちゃん!?」
盛り上がるノエルとヨツハに、慌てて私も言葉を返す。
「ち、違うよ! ちょっと…… いろいろと……」
「ちょっとって何よ? ほらほら~~! お姉さんに言ってみなさい?」
すっかり慌てた私をあざ笑うかのように、より一層にやつきを増しながら口を開くノエル。すっかり誤解されてしまったようだ。まあ、そりゃルートは顔は整ってるし、頼りがいもあるけど…… いやいや、違う! そんな事ではない!
「イーナ様! 何してるの!? なんか楽しそう!」
「ニャー!」
さらに盛り上がっている私達の様子を見たルカとテオまでもが近づいてきた。
「あのね、イーナちゃんなんか良い感じだったから~~」
「良い感じ!? 良い感じって何!?」
「うふふ、ルカちゃんにもゆっくり教えてあげますからね~~」
結局、その後もしばらくノエルのおもちゃにされ続けた私やルカ。ようやくルートが目を覚ました頃には辺りもすっかり暗くなってしまっていた。そして、目を覚ましたルートやヴェネーフィクスのメンバー達、それに他の巫人達も交え、私達の今後をどうするのかという、話が始まったのだ。




