65話 手荒な歓迎
『炎の術式:纏炎』
新たな魔法の名前を叫んだ直後、私の身体の周囲を一瞬で炎が包んだ。競り立つように私の周りを囲う炎の壁。私の身体を中心として、放射状に一気に広がる炎の魔法。これならば、姿が見えないとは言えアイルも容易に近づくことは出来ないだろう。
いつの間にか、先ほどまで訓練場のステージの反対側に立っていた偽りのアイルの姿は消えていた。全く違う場所に姿を現したアイル。おそらく、アレが本体である事は間違いない。体勢を立て直すように額を拭うアイル。アイルの額には大粒の汗が流れているのが見えた。
「訓練とは言え危なかったよ…… もう少しで、燃やされるところだったし」
「こんな所で、良いだろう。アイル。イーナ。もう十分だ!」
腕組みをしながら私達の戦いを見守っていたミドウが笑みを浮かべながら、豪快な声を上げる。
「ちぇ…… これからいい所だと思ったのにさ!」
自由奔放なアイルとは言えど、ミドウやロードの指示にはきちんと従うようで、少し不満そうな表情を浮かべながらアイルは剣を収めた。何とか無事に試合を終えられた事に安堵した私。まだ戦いの余韻が冷め止まぬ中、他の巫人達に向かって問いかけたのはミドウだった。
「どうだ? イーナが俺達の仲間になる事について、何か異論がある者はいるか?」
ミドウの言葉に、異論を唱える巫人は誰もいなかった。どうやら彼らも私の力を認めてくれたようで、一安心である。この際、いつの間にかなし崩しで使徒の仲間入りをしていることはもう気にしないことにしよう。そもそも、王に認めてもらえると言う事自体が、大変名誉である事は言うまでもないし、彼らと行動を共にする事はきっと私にとってもメリットは沢山ある…… はずなのだ。
「おい、俺も腕試しとやらはあるんだろ? 俺は誰と戦えば良いんだ?」
アイルとの戦いが終わり、皆の元へと戻った私。息つく間もなくルートがミドウへと問いかける。
「そうだな…… 若い者ばかりに任せきりというのもあれだし…… よし、俺がやろう」
私とアイルの戦いに感化されたのか、ミドウは疼く内心を抑えきれないような様子でルートへと言葉を返す。
檀上へと上がるルートとミドウ。同じチームのメンバーであるルートの実力は私も純分に知っている以上、この戦いで注目すべきはミドウの方であろう。巫人達の中でも頂点に君臨するミドウの実力がどの程度のものなのか。本気の戦いではないとは言え、目の当たりに出来ると言うことが楽しみで仕方が無かった。
「さあ、いつでもこい」
武器を構えることなく、そう自信満々に言い放ったミドウ。流石のルートも少し驚いたのか、ミドウに言葉を返す。
「おい、武器は良いのか?」
「俺の武器はこの身体だ。心配には及ばないさ」
武器が身体? まさか肉体一つで、大剣を武器にするルートと渡り合えるとでも言うのだろうか? いや、それは……
「ねえ、ミドウさんって……」
「ミドウの言うことは事実だ。見てればわかるさ」
私のすぐ横で、私と同じように戦いを見守っていたロードへと、私は問いかけた。未だ混乱の最中にいた私の問いかけに、ロードは動じる様子もなくただそう答えたのだ。そして、私がロードの方に視線を移していた間に、ロードとミドウの戦いはすでに始まっていた。
「シナツ!」
大剣を構えながらミドウへと突っ込んでいくルート。シナツ達大神が操る風の力をも使いこなしつつあったルートは、以前にも増して速さが増していた。もはや、私の『九尾の目』を持ってしても、動きを追うのがやっとと言うほどに。
「ずいぶんと速いな。それに威力も申し分ない……」
「!?」
手にする巨大な大剣の見た目からは全く想像も出来ないほどに疾いルートの一撃。まさに吹き抜ける突風のような攻撃を、驚くべき事にミドウはその身一つで正面から受け止めたのだ。
流石の私も目を疑った。シナツの巫人でなかったときですら、オーガをも沈めるほどのルートも重い一撃を、ミドウはその身一つで完全に受け止めたからだ。
「さて、次はこっちの番だ。歯食いしばれよ!」
不敵な笑みを浮かべたミドウ。ルートもすぐにミドウの攻撃に対応しようとしたが、大きな大剣であると言うことが仇となり、防御が間に合わなかったようだ。ルートの腹部に入るミドウの重いカウンターパンチ。流石に思わず私も目を瞑ってしまった。痛そうなんてもんではない。想像するだけで全身の血の気が引けてしまう。
「ぐあっ!」
重い打撃音と、ルートの声が目を閉じた私の耳へと届く。そして、何かが衝突するような大きい音が少し遅れて鳴り響いた。おそるおそる目を開けた私。訓練場にはミドウしか立っていない。慌ててルートの姿を探した私、訓練場から少し離れた壁の下に、すっかり伸びてしまったルートの姿が見えた。
あまりの衝撃に、すっかり言葉を失ってしまった私達ヴェネーフィクスのメンバー。ミドウの大きな笑い声だけが、静まりかえった訓練場にこだましていたのだ。
「すまんすまん、少しやり過ぎてしまったかの…… まあ男の子だから大丈夫だろう! ガッハッハ!」




