64話 炎の術式:纏炎
「あんまり、人を見た目で舐めない方が良いよアイル」
1本だけになった剣を構え、私はアイルに向かってそう告げた。ミドウやロード曰く、力を見るための『試合』とは言え、真剣は使ってもよいし、本気で戦っても良いと言うことである。
その話をミドウ達から聞いたときは、流石に私も互いの心配こそしたが、その言葉を彼らに伝えた途端、すぐに2人に笑い飛ばされたのだ。
「気にするな。あいつのことを気にかける余裕があるのなら自分の身を気にかけた方が良いぞ。戦いとなればあいつは人が変わる。死なないようにだけ気をつけるんだな。まあ勝負がつきそうになったら俺達が止めるさ。思う存分、その力俺達に見せてくれよイーナ」
そう私に言葉をかけてきたミドウ。表情は相変わらず、その厳つい顔に似つかない柔らかな笑顔を浮かべてこそいたが、言葉の端々からはぴりぴりとした緊張感が伝わってきた。
そこまで言われてしまったら仕方が無い。どうせ、アイルのことだ。私が相手だからと言って手を抜くつもりも全くなさそうだし、何ならミドウの言うように、あいつは私を仕留めに来るつもりで戦うことなどわかりきっていた。
訓練場の中央へと立ち、私が舞台へと上がってくるのを待っていたアイルは、今までの年相応の無邪気な少年と言った雰囲気から、戦いを今か今かと待ちわびる獰猛な肉食獣のような雰囲気へと変わっていた。思わず怖じ気づきそうになってしまったが、こちらとてずっと舐められているというわけにもいかない。サクヤのためにも、負けられない。
どうせミドウ達が止めてくれるというのなら、こちらだってあいつを仕留めるつもりでいく。
「炎の術式……」
私が魔法の発動をしようと、術式を唱えた瞬間、アイルの口元が小さく動いたのが見えた。
「紅炎!」
アイルの出方を伺うつもりで初手に放ったのは炎の魔法だ。これならば距離を詰める必要ないし、不意にカウンターを食らう心配も少ない。何せ剣が1本しかないうえに、まだまだ近距離戦闘は未熟であると言うことは私が一番よくわかっているのだ。
一直線にアイルに向かって飛んでいく無数の炎の弾。全力の炎の魔法ではないと言え、これだけの数の炎の弾ならそう簡単には躱せないだろうと私は思っていた。だが、アイルは魔法を前にしても全くと言って良いほど焦る素振りは見せなかった。それどころかその場から動くことすらしなかったのだ。ただ、笑みを浮かべながら、口を動かしただけのアイル。
「ミカゲ!」
突如として、アイルの声が響く。途端私の放った魔法は、アイルの身体をすり抜け、そのままアイルの後方へと飛んでいった。
――魔法がすり抜けた!?
アイルの姿は、確かにそこにある。アイルが最初に立っていた場所から動いているような様子はない。
どうなっている? 目に見えないほど早く動いて…… 躱したとでも……?
いや、そんなはずはない。私がサクヤから受け継いだもう一つの力。この九尾の目の力がある限り、どんなに早く動いたとしても捉えられないはずがないのだ。
――イーナ! 奴が来ているぞ!
サクヤの声が響く。だが、相変わらずアイルはただ、そこに立ち尽くしたままなのだ。私が立っていた訓練場のステージの反対側に……
いや違う。
その瞬間、私は確かに自らの首元に殺気を感じた。姿こそは見えないが確実にアイルは私の近くにいる。とっさに殺気の走る首元に剣を持っていく。直後、剣と剣がぶつかり合う音と共に、剣を持つ手に衝撃が走る。
「へえ~ よく躱したね。君のこと舐めてたよ 流石は九尾の巫人……」
誰もいないはずの場所からアイルの声が響く。やはりそうだ。この瞬間私はようやくアイルの巫人としての力を理解した。目に見えるアイルは虚像。本体は別の所にいるのだと。
初見殺しもいいところである。仕組み自体は単純だが、いざ対応しようと思うと、これまたなかなか至難の業なのである。なにせ、私の今の戦闘スタイルは九尾の魔法の力と目の力に依存しているのだ。そのうち目の力が使えないとなれば、私に残されているのは炎の魔法しかないのだから。
――イーナ左じゃ!
サクヤの声のお陰で、何とかアイルの見えない攻撃を防げてはいるものの、反撃にうつるような余裕は全くない。どこから飛んでくるのかわからない攻撃に備えると言うだけで精一杯なのだ。
「ほらほら、守っているだけじゃ僕には勝てないよ!」
戦闘中にも関わらず、余裕そうに私へと語りかけてくるアイル。それがまた憎らしい。何とか一泡吹かせてやりたい。だが、一体どうすれば……
いや、姿が見えなかったとしても……
ここで私は、アイルに一泡を拭かせるための、ある一つのアイディアを思いついた。
どこから来るのかわからないアイルに対し、魔法を飛ばして当てるというのは至難の業であることは言うまでもない。だけど、広範囲での魔法なら……。
今までは一直線に飛ばしていた炎の魔法ではあったが、攻撃の範囲を最大限まで広めて、全方位に放てたとしたら、アイルがどこにいようと問題ないのだ。どうせ私に攻撃を仕掛けようと接近してくるのだから。
だけど、そんな事上手く行くのだろうか? いや、やってみなければわからない。いざとなれば止めてくれるとミドウも言っていたし、きっと大丈夫なはずだ。うん。
「炎の術式……」
新たな技。今まで私が使ってきた炎の魔法の範囲をもっと広める。私の身体を纏うように、炎をイメージしながら、わたしは新たな技の名前を叫んだ。
「纏炎!」




