61話 王との面会
「お初にお目にかかります、王様。お会いできて大変光栄です。私がイーナと申します」
初めて目の当たりにする王を前に、私の声は震えていた。当たり前と言えば当たり前だが、今までの私の人生で王様と話すことなんて一度も無かった私。ここまで来る途中、何度も頭の中で王との会話をイメージはしていたが、実際に王を前にすると、緊張をするなんてものではない。失礼の無いように言葉を選ぶことするままならない。まともに顔を見ることすら、私には畏れ多くて出来なかったのだ。
「そんなに緊張しなくてもよいぞイーナよ。顔を上げよ」
そんな私の様子を見かねたのか、柔らかな声で私にそう声をかけてくれた王様。おそるおそる顔を上げた私は、初めてまともに王様と目が合った。
煌びやかな衣装に身を包みながらも、優しく気品溢れる笑顔を浮かべたまま、私を真っ直ぐ見つめていた王。王は顔の見た目こそ、人の良さそうなおじいさんと言ったような感じであったが、その真っ直ぐなまなざし、優雅な振る舞い、そして声色と、どれをとっても一般人とは全く異なる独特な雰囲気を醸し出していた。
「ふむ…… 想像していたよりはずいぶんと可愛らしい姿じゃな。のうブレイヴよ」
「ええ、私も初めて見たときには驚きました。まさか、こんな可愛らしい少女が九尾の巫人とは……」
巫人……? ブレイヴも巫人のことを知っていると言うのだろうか?
ブレイヴの口から突如として出た『巫人』という言葉。王もブレイヴも巫人について知っていると言うのであれば、おそらく私が今日ここに呼ばれた理由も『私が九尾の巫人』であると言うことに他ならないのだろう。だがそれにしても話の先が全く読めない。私は勇気を振り絞り、目の前の王に尋ねることにした。
「……王様、失礼を承知でお聞きしたいのですが…… どうして私をここに?」
「そうじゃな…… あまり待たせるというわけにもいかぬし…… ブレイヴよ! 彼らを呼んできてはくれんか? すまぬがイーナよ。少し待っていてはくれんか?」
王の言葉を聞いたブレイヴは、王に向かって深く一礼をし、王の間を後にした。王の間に残された私達ヴェネーフィクスのメンバーを再び沈黙が包み込む。思っていたよりかはずいぶんと気さくな王様ではあるようだが、それにしても、この独特の王の間の雰囲気と、黙ったまま私達の方をじっと見つめる兵士達を前に、何とも気まずい空気が流れ続けていたのだ。気まずいという言葉がこれ以上無いくらい適している状況である。
「……せっかくじゃ。ブレイヴが彼らを呼んできてくれるまで少し世間話でもどうじゃ?」
すっかり沈黙に包まれた空気を、和ませようとでもしたのだろうか。王が私達に語りかけてきた。
「世間話ですか……?」
世間話をするとはいったって一体何を話せばよいというのだろうか? 本当は私だってもっと話したいところではあったが、話題も浮かばなければ気の利いた返しも全く思い浮かばない。
「後ろにいるメンバーは、おぬしの仲間なんじゃろ?」
王の突然の言葉にびくりと反応したルートとナーシェ。慌てた素振りを浮かべながら2人は王に向かって言葉を返した。
「ご、ご紹介が遅れて…… も、もうしわけありません! わた、私はルート、ルートと申します!」
「同じく、ナーシェです! あの、イーナちゃ、いえイーナさんとは同じパーティを……」
緊張から噛み噛みで自らの名を口にしたルートとナーシェ。ナーシェはともかくとして、初めて見るルートの緊張した様子に、私はつい笑ってしまいそうになった。もちろん、表情を出さないように、必死にこらえてはいたが。
「なるほど、そして、そちらの可愛らしいお嬢さんとそのパートナーも、おぬしらの仲間なのかな?」
王が次に語りかけたのはルカとテオ。ルート達に比べると、ルカもテオもいつもとあまり変わらない様子で、語りかけてきた王へと言葉を返した。
「私はルカって言います! あとこの子はテオ! 私達、ヴェネーフィクスって言うパーティなんです!」
元気よく言葉を返したルカの様子を微笑ましく見守る王の様子は、まさにかわいい孫を見るようなお爺ちゃんといった様子だった。やっぱりこの王様は悪い人ではなさそうである。
ルカのお陰で少しだけ緊張も解けてきた私。それにしてもどうして王は「巫人」という言葉について知っていたのだろうか? 気になった仕方の無かった私は、再び王へと問いかけようとしたのだ。
そんな折、突如として、私達の後方から、王の間に入る扉が静かに開く音が聞こえてきた。王の間の入り口にはブレイヴを先頭に10人ほどだろうか、老若男女、バラエティーに富んだ人々の姿が見える。そしてブレイヴに連れられて、彼らはぞろぞろと王の間に入って来たのだ。王に臆することもなく、自然体といった様子で。
彼らのいずれにも共通していたのは到底兵士と言ったような雰囲気ではないということだ。中には私と同じくらいの少女や少年もいる。一体彼らは何者なのか。全く理解が追いついていなかった私達を尻目に、王は再び真面目な顔を浮かべ、言葉を発した。
「揃ったようだな。 集まってもらってご苦労だった! 零番隊…… 使徒の皆々よ!」




