57話 決着
――終わったようじゃな。
燃えさかっていた炎は次第に勢いを弱めていった。先ほどまでカーマが立っていた場所を呆然と見つめることしか出来なかった私に、語りかけてくるサクヤ。そのサクヤの言葉を聞いた私はようやく、自分が勝利したと言うことを自覚したのだ。
「イーナちゃん!」
慌てて駆け寄ってくるナーシェ。ナーシェの背後には、他の仲間達の姿も見える。どうやら、ルート達の方も上手くやってくれたらしい。先ほどまで私達に敵意をむき出しにしていた大神達も、もうすっかり戦意を失ったようで、皆うなだれているようだ。それはルートやヤキネ、そしてルカに包囲されていたニニギも例外ではなかった。
「姉御……」
つかの間の喜びもここまで、突然に消えてしまいそうなほどにか弱い声が私の耳へと届く。すっかり戦いに夢中になってしまっていた私は、すっかりアルトの様態の事を失念していた。すぐさま駆け寄ってきたナーシェに声をかける。早く、早くしないと手遅れになってしまう……
「ナーシェ! アルトを!」
「わかっています! 任せて!」
苦しむアルトのすぐそばにしゃがみ込み、治癒魔法を使うナーシェ。必死の形相で治療を始めたナーシェを私は信じることしか出来なかった。頼む…… ナーシェ、それにアルト……!
「ぐぅぅぅ」
苦しむアルトに必死に声をかけるナーシェ。
「アルトさん! 大丈夫です! 大丈夫ですよ!」
「アルト!」
いてもたってもいられず、つい私もアルトの名前を叫んでしまう。間違いなくカーマを倒せたのは、あのときカーマの攻撃から私を守る盾となってくれたアルトのお陰である。
――頼む、これ以上、これ以上私のせいで誰かが犠牲になっていくのは……!
必死で祈り続けた私。そして、真剣な表情のまま治療を行っていたナーシェの表情が、次第に緊張感を失っていく。同時に、すぐ横でナーシェの治療を見つめていた私にもわかるほどに、ナーシェの手元のマナが収まっていった。ナーシェが魔力を緩めたのはアルトの様態が落ち着いたのか…… それとも……
沈黙が続く中、ふーっと息を大きく吐きながら、ナーシェがぼそりと呟いた。
「……もう、大丈夫です」
「ホントに!?」
「ええ、大丈夫ですよ! 様態も落ち着きました!」
緊張で強張っていたナーシェの顔に笑みがこぼれる。その顔を見て私もようやく実感が湧いたのだ。今度こそ、誰も犠牲にならずに戦いが終わったのだと。途端に、身体から一気に力が抜けていくような感覚に襲われる。カーマとの戦いによる疲労もあったのか、私の脚は急にがたつき、立つことすらままならないような、そんな状態になった。
ぺたりと地面に崩れ落ちてしまいそうになった私の身体を支えてくれたナーシェ。そのまま私はナーシェに身体をもたれかけたまま呟いた。
「よかった…… 本当に……」
思わずいろんな感情が溢れてしまいそうになった。元の身体とは異なり、少女になってしまった影響か、以前よりも感情をこらえると言うのが難しくなったようだ。ぽろりぽろりと溢れてくる涙は、こらえようとしても、止まるどころかますますその量を増やしていく。
「ナーシェ! アルトは?」
駆け寄ってきたサンダーウィングのメンバー達。サンダーウィングのメンバー達に力強く拳を向けたナーシェは、半ば目に涙を浮かべながらも満面の笑みで言葉を返した。
「大丈夫です! これで全て万事解決です!」
サンダーウィングのメンバー達の口元も緩む。ようやく…… ようやく終わったんだ。
だが……
「……ニクイ……ニクイ……」
突如不気味な声が周囲へと響き渡る。慌てて剣に手をかけた私。とっさに辺りを見渡すと、先ほどカーマが燃え尽きた場所の近くで、白幻虫がふわふわと集まりながら、何かを形成していくような、そんな様子が見てとれた。
――まさか…… まだ……
まだ、生きているというのだろうか? 確かに魔法は直撃したはずだし、私自身カーマの壮絶な最期を見届けたはずだ。なのに……
――いや、もう身体を形作るまでの力は残っていないようじゃな。じきに消えるであろう……
冷静に語りかけてきたのはサクヤであった。たしかに、先ほどまでカーマ達が放っていた強大なマナは全く感じない。やはり、サクヤの言うとおり、もう消えかけと言うわけなのだろう。
「シナツ…… キ…テ……」
さらに声が響き渡る。最初私は声の主がカーマだと思っていたが、どうやら違ったようだ。その正体は、カーマに憑依していたマガヒであったようだ。かすれるような声から「シナツ」という名を確かに聞き取った私はそう確信した。もうすでに実体を保つのも限界と言ったような様子で、集まっていた白幻虫が散っていく。
「…………」
もはや、何を言っているのか聞き分けることが難しいほど小さな声で何かを呟いたマガヒ。そして、そのままマガヒの気配は、白幻虫と共に消え去っていった。
――これで、本当に終わりじゃな……
ふと、私の身体に重たい感覚が襲ってくる。ナーシェが抱きついてきたのだ。
「イーナちゃん! よかった! 本当に!」
先ほどまでのりりしい顔とは打って変わって、涙と笑顔で顔をぐしゃぐしゃにしたナーシェ。
「ナーシェ! 重いって……!」
「よかった! 本当に、今度こそ誰も……」
もうすっかり涙で取り乱したナーシェ。そんなナーシェを私は静かに抱きしめ返した。
……ようやく終わったんだ。
こうして、私とカーマ、いやシナツと大神達の因縁に決着がついたのである。




