56話 スローモーションな世界
「……これ以上お前の好きにはさせない」
不思議と身体の奥から力がわき上がってくる。そして、一気に視界が広がったような、世界が止まってしまったかのような、そんな妙な感覚が身体を包む。今なら誰にだって負ける気がしない。
カーマの口元が何かを呟いているかのように動く。だけど、何を言っているのかはわからない。わからないけど、どうせろくでもないことだろう。別に聞くまでもない。
今度こそ、お前を仕留める……!
カーマに対して剣を構え臨戦態勢をとった私。カーマの顔からはもう余裕の表情は消え去っていた。ゆっくりと手を上げるカーマ。魔法攻撃を放ってくるであろうことは、すぐにわかった。
どうせ魔法を打ったところでカーマには通用しない事なんてわかっている。だけどカーマとの距離が空いている以上、ここは魔法で対抗するほかはない。カーマの動きに合わせ私も魔法を発動する準備を整える。
マナを溜めながら、私は再び違和感に気が付いた。いつも以上にマナが集まってくるような、そんな気がしていたのだ。これなら…… これなら、通用するかも知れない。
「炎の術式! 紅炎!」
私が魔法を発動させたのとほとんど同じタイミングで、カーマも魔法を発動したようだ。カーマが魔法を放った直後、大量の白幻虫が現れカーマの身体を包み込んでいく。ぶつかり合う魔法と魔法。やはり先ほどよりもずいぶんと魔法の威力も上がっているようだ。私の放った魔法はカーマの魔法を打ち破り、カーマめがけて一直線に飛んでいった。
そして、あの煩わしい白幻虫へと魔法が直撃する。先ほどまでと違ったのは、白幻虫にあたっても、魔法が消滅しなかったと言うことだ。いける。これならば、次こそは……!
まだ足りない。もっと。もっといけるはず。ありったけのマナを魔法へと込める。今度こそは仕留める。
「炎の術式 紅炎!」
再びぶつかり合った魔法と魔法。先ほどよりもマナを込めた魔法はいとも簡単にカーマの魔法を突破し、白幻虫をも突破した。もはやカーマの表情は焦りに支配されていた。そして剣を構えたカーマ。おそらくは魔法の打ち合いでは自分が不利だと判断したのだろう。
ならば次に来るのは、剣による攻撃。
予想通り、私の懐に飛び込んでくるカーマ。だが、先ほどまで目で捉えるのもやっと言ったはずの速さだったカーマの攻撃がずいぶんとゆっくりに見える。これならば対処も用意である。慌てることなく、私はカーマが繰り出して来た剣に、自らの右腕に持っていた剣を合わせ、カーマの攻撃を防いだのだ。
驚いたような様子を浮かべるカーマ。カーマの動きが止まる。カーマに完全な隙が生じたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
――今じゃイーナ!
サクヤの声が響いてくる。大丈夫。わかってる。もう準備はしてるよ。
今のカーマは白幻虫を纏っていない。つまりは、直接魔法をたたき込むチャンスである。一気に左手にマナを集中させる。
「炎の術式……」
とっさに防御態勢をとろうとしたカーマ。だけど、もう遅い。これならば確実に……
「紅炎!」
手の先から放出された炎の魔法が、ほとんどゼロ距離でカーマへと直撃する。直後、カーマの身体を炎が包み込んでいく。もう白幻虫も追いつかないだろう。
「く! くそがあああああああああ」
叫びながら炎に包まれていくカーマ。その光景さえも私の目にはスローモーションに映る。だんだんと溶けていくカーマの顔。その地獄のようにすら思えるような光景は、私の脳裏にしばらく残ったまま、離れることはなかった。




