55話 異質な少女
「好きにさせない? さっきまで、死にかけだったお前が何をほざく?」
少女にはなった言葉であったが、半分自らに言い聞かせるようにカーマはそう口にした。先ほどまでの少女とはどこか雰囲気が違う…… カーマは目の前の少女に対する違和感がどうしても拭えなかったのだ。
そして、カーマは心の中で再び自分へと言い聞かせる。このまま戦えば負けるはずが無い。手を合わせて彼女の実力はもう把握していたし、もうマナ切れ寸前であったはずだ。と。
「……」
カーマの問いかけを無視した少女は何も言わずに剣を構える。その様子がまたカーマの怒りに触れるたようだ。気に食わない。本当に気に食わない。
「もういい。死ね」
少女に照準を合わせるように手を持ち上げたカーマ。カーマの口元が小さく動く。
「風の術式……」
「炎の術式!」
カーマが術式を唱えようとしたまさにその瞬間、少女の声が重なるように周囲へと響き渡る。風と炎、2人の魔法がほとんど同時に発動したのだ。
「業風!」
「紅炎!」
一直線にカーマめがけ飛んでくる炎の魔法。だが、今更カーマが魔法を前に焦ることはない。
――無駄だ、白幻虫がいる限り…… 私に魔法が通ることはない!
魔法を放った直後、自らの身体の周りに白幻虫を纏わせたカーマ。2人の放った魔法は、ちょうど2人の中間でぶつかり合い、白煙を上げる。合間を縫うように白煙を抜けてきた炎の魔法だったが、カーマもそれは把握済み。慌てることなく白幻虫を操作し、防御態勢を整える。
カーマが使いこなす風の魔法は、少女の使う炎の魔法と相互作用をする。風の魔法は炎を増強させてしまう性質がある以上、敵対した場合相性は最悪と言っても良い。そんな事はカーマも織り込み済みであり、だからこそこの白幻虫というシステムと二段重ねで用意をしていたのだ。
カーマの操る白幻虫にあたった炎の魔法は消滅し、新たな白幻虫としてカーマの近くに現れる。はずだった。
想定外だったのは、少女の放った魔法の威力。白幻虫にあたって消えるはずであった炎の魔法は完全には消滅しきらなかったのだ。そして、白幻虫の合間を通り抜けた炎の玉は遂にカーマの身体へと命中する。もはやカーマの身体を炎に包むほどの力は残っていなかったが、それでも命中したカーマの身体が小さなやけどを負うほどのわずかな魔力は残っていた。
――白幻虫で…… 抑えきれない?
カーマの中にわずかな動揺が生まれる。
――白幻虫で消滅しきらなかった魔法など無かったはずだ。偶然に違いない!
もう一度、風の術式を唱えようとしたカーマ。そんなカーマの様子を見た少女もまた再び炎の魔法を繰り出してくる。同じようにぶつかり合う魔法と魔法。そして、再び白幻虫の合間を通り抜けてきた炎の魔法。先ほどまでと違ったのは、カーマへと届く魔法の威力が少し上がっていたと言うことである。
――あの女の魔法の威力が…… 上がっている? とでもいうのか?
カーマの頭の中はすっかり混乱に包まれていた。少女が白幻虫の仕組みをすでに理解しているというのはカーマにとって想定内。少女が近接戦闘を選んできたというのもカーマにとって想定内だった。
だからこそ、この状況で魔法を使ってくると言うこと自体がまずカーマにとっては意外であったのだ。まあそれでも、少女が魔法という選択肢を選んだことに驚きこそしたものの、それも決してカーマの予想の範疇からは外れてはいなかった。カーマを動揺させているもの、それは、白幻虫で抑えきれないほどに、少女の魔法が少しずつ強化されていっていると言うことである。
――おい、カーマ? 苦戦しているようじゃねえか? まさか俺の力を借りておいて負けるだなんて言うんじゃねえだろうな?
――ほざけ、あんなガキに私が負けるはずが無い。
このまま魔法の打ち合いに持ち込ませては駄目だ。そう判断したカーマが次に考えたのは接近戦である。
――先ほどまでの少女との手合わせで、少女の実力は何となくわかった。確かに魔法の力は目を見張るものがあるが、近接戦はまだまだ未熟……
剣を構えたカーマは静かに口を動かす。大神の一族に伝わる風の魔法の一種。風に乗り、一気に相手の近くまで接近する技。マガヒの力を借りている今、カーマもその技を使うことが出来たのだ。
「風切」
一気に少女へと斬りかかるカーマ。だが、カーマの剣は少女を傷つけることは出来なかった。鋭い金属音と共に2人の刃が交わる。そのことがまた再びカーマの中で小さな動揺の種となった。
「どうして……」
最高速での風切のはずだった。もうすでに手負いの少女であれば、確実に仕留められるはずだった。にもかかわらず、先ほどまでただの近接戦闘ですらこなすので精一杯であったはずの少女に全力の風切での攻撃を止められてしまったのだ。
――何だ? どうなっている?
動揺を積み重ねていったカーマが、思考を巡らせた事で生まれた一瞬の隙。その隙を少女は見逃さなかった。剣を防いだ手と反対の手を動かした少女。
――こいつの武器は確か双剣、もう1本の剣でのカウンター攻撃が来るに違いない。
そう思ったカーマは視線を、少女のもう一方の手に合わせる。だが、そこには先ほどまで少女が手にしていたはずの剣はなかった。
――しまっ……
何も持っていない手を向けられたカーマは、次に少女が何を繰り出してくるのかと思考を巡らせる。それがカーマの反応の遅れに繋がった。
「炎の術式……」
――まさか! この距離で……! まずい!
慌てて少女の攻撃を防ごうとしたカーマであったが、近距離での魔法に対処するのはやはり間に合わなかったようだ。
そしてカーマが体制を整える前に、少女の声が冷たく響き渡った。
「紅炎!」




