54話 九尾覚醒
魔法を使わない。こんなに単純なことはない。だけど、いざそれを実行しようとすれば話は変わってくる。
あれからルートに直接稽古をつけてもらったり、剣の修行はこなしてきたが、それでもまだ剣を持ってそんなに経っていない私が、果たしてカーマ相手に通用するのだろうか。普通に考えればなかなかに無理な話であることはわかっている、それでもやるしかない。
マナを足に、そして手に集中する。もうここからは、魔法もマナも使えない。つまりは、この一撃で全てが決まるのだ。決めれば私の勝ち、仕留めきれなければ負ける。だからこそ、この一撃に全力を注ぐために、ここで、ありったけのマナを使うのだ。
脚が炎に包まれたかのように熱い。今まで以上に、強いマナを感じる。大丈夫。きっといけるはず。そして、一呼吸置いた後、私は一気にカーマに向けて駆けだした。
「……ふん」
剣を抜き、私の攻撃に身構えるカーマにむかって、私は一気に斬りかかった。鋭い金属音が周囲へと響き渡る。
――防がれた!? でも……
一撃防がれたところで、攻撃を止めなければまだこちらのターンは続く。なにせ、こちらの剣は2本ある。攻撃の勢いをそのまま利用しつつ、身体を捻らせ左手に持った剣で、もう一度カーマの腕を狙う。剣を持った腕さえ傷つけてしまえば、何とかなるはずだ。
キィン!と再び鋭い音が鳴り響く。二撃目もカーマはいとも簡単に防いだようだ。やっぱり通用しないのか…… いや…… まだ!
三撃目、四撃目と左右の剣をカーマに向けて繰り出す。カーマは何とか私の攻撃を防いでこそいるものの、こちらの攻撃をぎりぎりで防いでいると言うような感じで、先ほどまでの余裕の笑みはすでに消え去っていた。いける。今は私が完全に押している。
この攻勢を切らすまいと、さらに攻撃を続ける私。不思議とカーマの動きがスローモーションに見える。これが九尾の目の力というやつなのだろう。今ならカーマの動きも手に取るようにわかる。もはや私は呼吸することすら忘れ、一心にカーマ目掛けて攻撃を繰り出していた。次第にカーマの額にも汗が見え始めていた。いける! もう少し……! そう思っていた私は再びカーマの隙をめがけて攻撃を繰り出そうとした。
だが、攻撃を繰り出そうとした瞬間、私は自らの身体に起こっていた違和感に気が付いた。振ろうとした剣が思うように振れないのだ。腕が動かないのだ。
――イーナ! 息をしろ!
ふとサクヤの声が響き、私は我に返った。瞬間、肺が一気に苦しくなり、視界が一気に狭くなる。あまりに攻撃に集中しすぎて、呼吸を忘れていたのだ。必死に息を吸おうと試みる私。
心臓がばくばくと脈打つ中、何とか一呼吸を入れる。先ほどまで狭く、そしてモノクロのように暗くなっていた視界が一気に色を取り戻した。その瞬間、冷静を取り戻した私の目に飛び込んできたのは、カーマの笑みを浮かべた顔だった。
「隙を見せたな!」
カーマがカウンターを入れようと、鋭い一撃を繰り出してくる。すんでの所で、躱した私だが、私を仕留めんと、さらに攻撃を繰り出してくるカーマ。完全に形勢が入れ替わってしまったようだ。
「風の術式……」
そして、術式を発動せんと、カーマが小さく口を動かしたのが目に入った。まともに食らったらやばい。両手に構えた剣で身を守るべく、私はとっさに身体の前で防御姿勢をとった。
「烈風!」
流石に至近距離での魔法攻撃の威力は凄まじかった。直撃こそ免れたものの、攻撃を防ぐのに精一杯。そのまま凄まじい力に押され、私の身体は大きく吹き飛ばされたのだ。
「ぐっ……」
何とか立て直さなければ……。 吹っ飛ばされた時に、身体を地面にぶつけたようで、体中に鈍い痛みが走る。その痛みをこらえながら、何とか私は身体を起こそうと地面に手をつき、顔を上げる。
戦況はどうなってる?と、顔を上げ、カーマがいたであろう方向に目を向ける。先ほどまでカーマと、そして私がいたはずの場所にはもう誰も立っていない。カーマはすでに何処かへと消えていたのだ。
どこだ? どこにいる?
――イーナ! 上じゃ!
サクヤの声に遅れて、私は上へと視線を移した。私の目に映ったのは、剣を構えながら私の方に向かってくるカーマの姿だった。慌てて、体制を整えようとするも、手元に握られていたはずの剣は私の手の中にはなかった。吹き飛ばされた勢いで、剣は私のいる場所から少し離れた場所に転がっていたのだ。
――まずい……
「終わりだ!」
術式に頼ろうにも、間に合いそうもない。完全に打つ手無しだ。
――斬られる……!
「姉御ォォォォォォ!」
死ぬ。そう思った瞬間、私の耳に届いてきた男の声。私とカーマの間に立ちはだかったのは、サンダーウィングのリーダー、アルトだった。私めがけて振り下ろされたカーマの剣を必死の形相で止めたアルト。
「アルト!」
「姉御! 大丈夫ですか!」
「ちっ…… ちょこざいな……」
何とか、カーマの攻撃を食い止めたアルト。だが、カーマは不快そうな表情を浮かべながら、さらにアルトに向かって攻撃を繰り出す。何とか攻撃を防ぐアルトではあったが、到底長く持ちそうもないのは明らかだった。早く…… 早く剣を……
アルトがカーマの攻撃を食い止めている隙に、何とか転がっている剣の元へと移動しようとしたが、思うように脚が動かない。身体が重い。
「姉御! 早く!」
「風の術式……」
重くなった身体で這いつくばるように剣の元へとたどり着いた私は、残された力を振り絞り、剣へと手を伸ばす。
「業風!」
剣を握った瞬間、再び身体へと力が戻ってきた。すぐさま、カーマとアルトの方へと目を向けた私。私の目に飛び込んできたのは、カーマの風の魔法が直撃し、体中傷だらけになったアルトの姿であった。
「アルト!」
ぼろぼろの身体で立つのが精一杯というような様子だったアルト。身体を震わせながら、アルトは私の方を振り返り、小さく口を開く。
「……姉御…… ご無事でよかった…… 借りは返しましたぜ」
そう口にしたアルトは、そのまま力なく地面へと崩れ落ちていった。途端私の心のなかに絶望にも似た感情が襲ってくる。
またしても私のせいで…… 私をかばって……
結局、あのときからわたしは全く成長していない。ハインが命がけで私を守ってくれたというのに…… 私に剣を託してくれたと言うのに…… 何も出来ずにまた仲間に守ってもらうことしか出来ない自分に腹が立って仕方が無い。
「……姉御……」
地面に横たわるアルトは、振り絞るように小さな声を上げる。そして、そのアルトにゆっくりと近づくカーマ。剣を構えながら近づくカーマが何をしようとしているのか、私はすぐに理解したのだ。
やめて…… もうやめて……! これ以上……!
「死ね!」
もうすでに這いつくばることしか出来ないアルトを、見下ろすカーマ。カーマも内心怒りが抑えきれなかった。どこの馬の骨とも知れない男に、あのクソ生意気な女にとどめを刺す機会を奪われてしまったからだ。
――まあ、あの女ももう虫の息だ。こいつを仕留めて、あの女を殺して終わりだ。
怒りにまかせながら、剣を振り下ろしたカーマ。だが、カーマはここで違和感に気が付いた。先ほどまで横たわっていたはずの男の姿がないのだ。
――何が起こった!? 完全にあの男は虫の息だった。自分で動くことはできまい……
完全に混乱に陥ったカーマ。何が起こっているのか、理解が追いついていなかったカーマの耳に、突然に女の声が届く。
「これ以上……」
声のした方を振り返るカーマ。振り返り、その声の主の姿が見えた瞬間にカーマは、この数秒の間に起こったであろう事を理解したのだ。剣を構えながらふたたび立ち上がった少女と、すぐそばに横たわる男。おそらくはあの女が満身創痍であった男を助けたのだろうと。
同時に、カーマの背筋にゾワゾワとした感覚が走る。相対しているのは、先ほどまでと同じ少女のはずなのに、どうにも違和感を感じるのだ。
明らかに少女とカーマとの間には実力差があった。そのことは直接剣を合わせていたカーマが一番よくわかっていた。だが不思議なことに、少女のあの妖しく赤く光る目に睨まれたカーマは、まるで格上であるはずの自分が見下ろされているような、そんな感覚を覚えていた。
――なんだ…… あいつは?
困惑するカーマに向けて、少女は呟く。
「……これ以上お前の好きにはさせない」




