51話 子供はいつの間にか成長するんです
ふうーっと息を吐きながら、ルートはニニギに向けて剣を構える。大神達の戦いは一瞬で勝負が決まる。剣を持つルートの手にも緊張の汗が流れる。
――大丈夫だ。巫人になったお前なら、たとえニニギと言えど負けることは無い。ヤキネもいるしな
――ああ! 頼んだ! シナツ!
シナツの励ましの言葉はルートにとって何よりも心強いものであった。もし1人だったならば、勝ち目が薄い相手だっただろう。だが、今のルートは1人じゃない。シナツという強力な相棒がいるのだ。
それに……
もう一つルートの内心を燃えたぎらせていたものがある。少し離れたところで、カーマとの戦いに挑んでいるイーナの存在だ。
かつて、ダイダラボッチとの戦いで、ハインやロッドという大切な仲間を失ったルートは、自らの心の拠り所でもある『ヴェネーフィクス』を解散させることを考えるほどに、暗然としていた。
今となっては、どうして解散という選択肢を考えたのかはわからない。何せ、『ヴェネーフィクス』はルートにとって人生そのものなのだ。だからこそ、メンバーこそ替わっても、ヴェネーフィクスというパーティを残してくれたイーナにはこれ以上無い感謝をしているし、信頼もしている。
そんなイーナが1人で、敵の総大将であるカーマと戦っているというのに、リーダーである自分がこんな所で負けられるはずが無いのだ。
今度は俺が、あいつを助ける番だ。
そう意気込んでいたルートに語りかけてくるシナツ。
――あいつのこと、よっぽど信頼をしているようだな
――ああ、最高の仲間だ。あいつが頑張っているのに、俺がこんな所で負けられないだろう?
剣を持つルートの手に力が入る。相変わらず手は汗ばんでこそいたが、もはや緊張という感情は何処かへと消え去っていた。
「おい、ルート。大丈夫か? 手が……」
隣に立っていたヤキネが声をかけてきたのとほとんど同時に、ルートに向かって襲い掛かってきたニニギ。ここまで何度も目の当たりにしてきた大神特有の魔法『風切』である。だが、さすがは四傑と呼ばれるニニギ、他の大神達が使ってきた風切よりも、一回りも二回りも威力も速さも上回っていた。
すんでの所でニニギの攻撃を受け止めたルート。ルートとニニギ、2人の目が交錯する。
「この速さについてくるとはなかなかやるな」
声が聞こえるものの、姿を正確に捉えるまでは困難なほど速いニニギの攻撃。何とか防いだところでルートを援護するようにヤキネがニニギへと襲い掛かる。流石に2対1ではニニギも形勢が悪いと踏んだのだろう。2人から少し距離をとるように後退したニニギ。
――流石に四傑2人が相手となれば手を抜いているわけにも行かないようだな…… ならば……
途端、ニニギの身体を覆うように、周囲のマナが集まっていく。その光景を見ていたシナツもヤキネも戸惑いを隠せないような様子だった。ニニギの強さは、同じく四傑と称されたシナツやヤキネが、一番よく知っていたはずだった。だからこそ、初めて見るニニギの奥の手に、2人はすっかり戸惑いを隠しきれなかったのだ。
――ルート! 気をつけろ。嫌な予感がする!
――シナツ、どんな攻撃が来るんだ?
――わからん、俺も初めて見る。とにかく気を抜くな!
そう、人間であるカーマが来たことで強化されたのは、彼女のパートナーであるマガヒだけではなかった。カーマは人間が誇る技術をニニギに対しても分け与えていたのだ。魔鉱石という近代技術の結晶を。
きらりとニニギの首元で光る鉱石。それを視界に捉えたルートは、シナツ達よりも先に、ニニギの用意していた『奥の手』を理解した。間違いない、魔鉱石を用いた魔力の強化である。
――まこうせき? なんだそれは!?
――魔力のコントロールを容易にするものだ! ゆっくり話していられるような暇は無い! 来るぞ!
ニニギの攻撃に対して身構えたルート。戦闘準備が整ったと言わんばかりの様子でニニギは小さく口を開く。
「風の術式……」
術式!?
ちらりと自らの背後に視線を送るルート。後ろには、ヴェネーフィクスの他の仲間達、それに何とか大神達の波状攻撃を食い止めているサンダーウィングのメンバー達がいる。ルート1人であれば、躱すことも出来そうではあるが、ルートの中には最初からその選択肢なんて無かった。ルートがもしここを避ければ、間違いなくニニギの放った攻撃は背後にいる仲間達へと襲い掛かるからである。
――シナツ! 正面から受け止める!
――正面から!? 無茶だ!
無茶なのはよくわかっている。だけど自分のせいで仲間達がこれ以上傷つく所なんて見たくない。だからこそルートは、その場所を動くことはしなかった。自らの背丈ほどもある大剣を身体の前に構え、ニニギの攻撃を受け止める準備をする。
「烈風!」
だが、少し反応が送れてしまったルートが防御態勢を完成させようとした直前、ニニギが叫ぶように術式を告げる。途端、ニニギの周囲を渦巻いていたマナは、空気の刃へと姿を変え、一気にルート達へと襲い掛かったのだ。
「ぐう……」
空気を切り裂くような金切り音が周囲へと鳴り響く。音と共に、体中に割かれるような鋭い痛みが襲い掛かる。身を切り刻むような強風を前に、それでもルートはその場を動くようなことはしなかった。
「ルート君!」
仲間達の前に立ちはだかるルート。体中の皮膚が切り刻まれ、細かい無数の傷から血が噴き出していく。そんな光景を見ていたナーシェが今にも泣き出しそうな声でルートの名を叫ぶ。だが、それでもルートは皆の前に立ち続けた。ニニギの強力な魔法攻撃から仲間達を守るべく、ルートは剣を構えたまま微動だにしなかったのだ。
「これ以上は……!」
「来るな!」
慌ててルートに駆け寄ろうとするナーシェに、ルートは声を荒げる。前線にナーシェが来てしまっては、ルートが皆をかばっていた意味も無くなってしまうのだ。
「その忍耐力は褒めてやる。だが、魔鉱石の力を手に入れた我々に敵うものはいない。仮に相手が四傑であってもな!」
さらにニニギの魔法攻撃は激しさを増していく。このままではニニギに全く近づけそうもない。だが、このまま防戦一方ではじわじわと削られて負けるのが目に見えている。せめてイーナのように遠距離での魔法攻撃が使えれば……
……
「炎の術式 紅炎!」
そんな事に思考を巡らせていた矢先、突如として小さな女の子の声がルートの耳へと届いた。直後、ニニギの付近へと現れた炎の玉は、風の魔法も相まって威力を増しながらニニギへと襲い掛かった。命中こそしなかったものの、一瞬ひるんだニニギ。ニニギの風の魔法も一瞬の収まりを見せる。
声の主を確認しようと辺りを見回したルート。だが、イーナはまだ離れた場所でカーマと戦っている。じゃあ一体誰が? そして、味方のいる背後を確認したとき、ルートは誰がそんな強力な魔法を発動したのか、理解したのである。ヴェネーフィクスにはもう1人、魔法に長けた小さな戦士がいたのだ。小さな戦士、ルカは堂々たる様子で、すっかり傷だらけになったルートの横へと並びかけて口を開く。
「ルート! 私だって、戦えるんだから!」
正直、今までルカを戦いに巻き込むのは酷だと思っていた。もちろんルカがイーナほどではないが魔法の才能に長けていたのは知っている。だが、まだまだイーナに比べると未熟であったことも事実であった。
――全く、お前達はいつも俺達の想像を超えていくな……
それでも、いつの間にか小さな戦士は、密かに魔法の腕を磨いていたようだ。現に今ニニギに向けて発動した魔法攻撃はイーナのそれに勝るとも劣らない。フッと笑みを漏らすルート。少しだけ、勝利への糸口が見えたような、そんな気がしたからだ。
「……ああ、ルカ! 一緒にニニギを倒して、イーナと合流するぞ!」




