49話 そんな手には乗らないよ!
「私はイーナ…… あなたが、カーマでしょ?」
私は警戒を続けながら、目の前にいる女、カーマへと言葉を返した。私の言葉を聞くやいなやにっこりと笑顔を浮かべるカーマ。今のところ、カーマが襲ってくるような気配はない。少し予想外であったことは確かだが、対話による解決が不可能である事なんて最初からわかりきっていることで、それでもあえて話を続けているのは、カーマ達の目的を少しでも知りたかったからである。
そして意外にもカーマは、いとも簡単に私の描いていたシナリオへと話を進めてきた。
「イーナ。私達と一緒に来る気はないか? お前のその力、お前が協力してくれると言えば、きっとボスも喜ぶだろう」
ボスという言葉から推測するに、やっぱり、カーマの裏には何らかの組織がいることは間違いなさそうだ。正直、緊張で心臓ははち切れそうだったが、平然を装いながら、私はカーマに言葉を返す。
「誘ってくれるのはありがたいけどさ、一体、あなたたちの目的は何? それを知る権利は私にもあると思うけど?」
「……なかなか生意気な小娘だ。面白い、気に入った」
相変わらず、周囲は大神たちの争う音、そして叫び声でみたされていた。だが、私とカーマ、この喧噪に包まれた戦場で、私達の周りだけは、不気味なほどに静寂に包まれているように感じていた。いわば2人だけの世界。誰も邪魔することが出来ない世界に、私達は立っていたのだ。
「この世界は…… 醜くなりすぎた。だからこそ私達は世界をぶっ壊し、そして作り直す。それが私達、『白の十字架』の最終目的だ」
「白の十字架……」
「世界をやり直す為には力が必要だ。お前の力ならば、きっと幹部になれるはずだ。どうだ? お前達の仲間も助かるんだ。悪くはない提案だろう?」
そう言いながら私の方に手を伸ばして来たカーマ。どうやら本気で私は勧誘されているようである。
もしここで私が彼女の手を握り返せば、交渉は成立。少なくともルートやナーシェ、ルカにテオ、ヴェネーフィクスの仲間達の無事は保証されるのだ。確かに悪くはない提案である事は間違いないだろう。だけど……
結局そうなればシナツやヤキネ達を裏切ると言うことになる。私達を信じてくれたものを裏切って生き延びて、果たして本当に笑顔でこれから生きていけるのだろうか。そう考えると、私の返事はもうすでに決まっていた。
――サクヤ、危険にさらすような形になってごめんね
――ふん、わらわもあいつは気に食わん。あんな奴と一緒の飯を食らうなど、死んでもごめんじゃな
私はゆっくりと、カーマが差し出した手に向かって自らの手を差しのばした。カーマは薄気味悪い笑顔を浮かべたまま、私の方をじっと見つめていた。だが、私には彼女の手を握り返すつもりなんて毛頭無い。そのままパチンと、手と手がぶつかり合う音がこだました。
「残念だけど、あんたたちと一緒に行く気は全くないんだ。他を当たってくれるかな? ……もっとだまされやすい連中、例えばあんたみたいなね」
「ふん…… 本当にクソ生意気な小娘だ」
カーマから一気に距離をとり、私は後ろへと後退した。その場を動く様子は全くなかったカーマだったが、先ほどまで薄気味悪い笑顔を浮かべていた顔は今まで以上に醜い顔へと変わっていた。どうやら相当に沸点が低そうな様子であり、いらだちを隠しきれないのは一目で明らかだった。ここまで煽る必要もなかったと言えばなかったが、私だってサクヤと同じくこの女の事は気に食わない。
「いいだろう、その判断、死んで後悔するが良い。マガヒ! やるぞ!」
殺意を放ちながらそう口にしたカーマ。周りの空気がぴりぴりと揺れる。私の目の前にいるカーマは今まで戦ってきた相手の中でも一番強い敵である事に間違いは無い。だが、それでも、私だって負けるわけにはいかない。
――サクヤ! こっちもやるよ!
――ああ、あの馬鹿共にわらわたちの力見せつけてやろうじゃないか! イーナよ!




