48話 四匹の大神
「久しぶりだな、シナツ、それにヤキネ。俺達がこうして4人揃うのは…… 本当に懐かしい」
ちらりはらりと雪が舞うように、周囲を舞いおどる白幻虫。その中心に座していたのは一匹の大神。大神の里の入り口を塞ぐように立ちはだかっていたその大神は、私達の姿を見るやいなや、静かにそう呟いた。
「ニニギ…… 貴様。よくも、いけしゃあしゃあとこの里にいられるな。それにお前もいるんだろ? マガヒ…… いやカーマ」
ヤキネは淡々と言葉を返す。先ほどニニギは、確かに「4人」と言ったのだ。ニニギが示している4人とは、間違いなく大神の四傑の事であろう。つまりは、シナツ、ヤキネ、ニニギ、そして敵の総大将であるマガヒの事である。
「俺達が大神に混乱をもたらした。そう言いたいのか? ヤキネ。お前はそんな事を言うような奴だとは思っていなかったが……」
「強いものが真神に選ばれる。それは大神の一族の不可侵のルールだ。別に俺はそこについては否定はしないさ。こいつは別だろうがな」
ヤキネが視線をルートの方へと移す。むろんヤキネが、示したのは、人間であるルートのことではない。ルートに憑依しているシナツを指し示しているのは明らかだ。
「ふん、わざわざお前が巫人まで選ぶ日が来るとはな…… そこまでして、俺達の事を殺したいか…… まあいい。そろそろ俺達もお前とのお遊びには飽きてきたところだった。なあカーマ、そしてマガヒよ」
ニニギが呼びかけるのと同時に、周囲を飛び回っていた白幻虫が、一カ所に集まりはじめ、そして何かを形作っていく。最初はぼやけた輪郭であったものの、その何かの正体は明らかであった。白幻虫が形作ったもの、それは髪の長い、そしてどこか怪しい雰囲気を醸し出す人間の女性であったのだ。
「イーナ!」
途端にルートの叫ぶ声が私の耳へと届く。その声が届くのとほとんど同時に、私も背中に背負っていた双剣へと手を伸ばしていた。目の前の光景を脳が処理する前に、すでに身体が感じ取っていたのだ。目の前に現れた女の異常さを。
「そんなに警戒することはないだろう? いきなり取って食うことはしないさ」
「警戒するなって…… 無理な話だよ。それだけ殺意を明確にしてるのにさ」
たとえ目の前の女が、いくらその作った笑顔で隠そうとしても、身体から漏れ出る殺意までは隠し切れていなかったのだ。白幻虫を纏った女は、手を高らかに上げる。
「仕方無いさ。久しぶりに私も心が躍っているんだ。それに…… この力を試すためにはうってつけの相手のようだしな!」
そう言った女の顔は、先ほどまでの薄ら寒い作り笑顔ではなく、完全に狂気にそまっていた。一気にこちらに向けて手を振りかざす女。先ほどまで穏やかな凪を漂っていた白幻虫が、女の仕草に会わせて、一斉にこちらの方に向かって飛んでくる。一つ、二つと分裂しながら凄まじいスピードで飛んでくる白幻虫。すぐに目の前は弾幕のような、そんな白幻虫の群れに覆い隠されたのである。
それにしても、おびただしい数の白幻虫である。一匹一匹は綺麗とは言えど、こうも無数の数ともなれば、綺麗を超えて気持ち悪いレベルだ。それにこの虫たちが、どんな力を秘めているのかわからない以上、こちらも速やかに何らかの対処はする必要がある。まあ、安直と言えば安直だが、そんな悠長なことも言ってられまい。
「サクヤ!」
――わかっとるわ! 任せておけ!
サクヤもすでに、私が何をしたいのかわかっていたようで、私が彼女を呼ぶやいなや、すぐに私の声に呼応してくれた。ぽつりぽつりと、宙に浮かび始める炎と共に、私の目の前に現れた九尾の狐。私達を囲っていた虫たちはサクヤと共に現れた炎に焼かれながら、一匹、また一匹と燃え尽きた線香花火のように堕ちていった。
「なるほど…… お前も巫人なんだな。それも九尾か……」
堕ちていく虫たちの隙間から見えたカーマの顔は、再び笑っていた。今までのよそ行きの作り笑いなどではない。それはまさに、戦いを楽しんでいる……いや、狩りを楽しんでいるハンターの顔であるように見えた。
「お前、名は何と……?」
そう女が言いかけたまさに瞬間、横から一匹の大神が女に向かって飛びかかった。私がサクヤを喚んだことで生じた隙、その隙を逃すまいと、シナツとずっと行動を共にしていた大神の一匹が動いたのだ。
だが、完全な不意打ちであったにも関わらず、カーマには全く焦る様子はなかった。ちらりと、飛びかかった大神に目線を合わせると、カーマは小さく口を開く。
「……」
カーマが何を言っているのかまではわからなかった。私がわかったことは、先ほどまで私の目に映っていたその大神が、カーマが何かを呟いた瞬間に、血を吹き出しながら力なく地面に墜落していったという事実だけだ。あまりにあっという間の出来事に、味方の大神たちも、そして仲間達も何が起こったのか理解することで精一杯だったようだ。言葉を失う仲間達。沈黙の中、カーマの声だけが響き渡る。
「さて、私はそいつと話がしたい。だが、こうも邪魔が入っては敵わん。少し早いがパーティの時間にしよう」
白幻虫に気を取られていた私達は、すでにカーマが率いる大神たちに周囲を囲まれていたことに気が付いていなかった。周囲から一気に飛びかかってくる大神たち。突然に味方の大神たちの中から悲鳴に近い声がこだましたことで、私達はようやく気が付いたのだ。すでに私達は袋の鼠であると言う事に。
気が付いた時には、もうすでに敵味方の大神が入り乱れ、もはや戦場は混沌と化していた。響き渡る大神たちの悲鳴と、飛び散る血しぶきの中、誰もが自分の身を守ると言うことだけで手一杯となっていたのだ。
「くそっ! いつの間に囲まれていたんだ!」
「おい、こっちだ!」
大神たちが入り乱れる中、武器を闇雲に振り回しながら半ば錯乱しかけていたサンダーウィングのメンバー達に声をかけるルート。大神の攻撃を躱しながら近づいてくるサンダーウィングのメンバーを確認したルートは、次に自らのパーティの仲間達の名を叫んだ。
「ナーシェ! ルカ! テオ! どこにいる!」
「ひえぇぇぇ…… ルート君! こっちです! ルカちゃんもテオ君も一緒です!」
ナーシェは動揺しながらも、ルカとテオを両腕でしっかりと掴みながら、ルートの元へと駆け寄った。ひとまずは皆なんとか無事であるようだ。もちろん、私も皆と合流したいのは山々だったが、目の前の女が私から目を離さない以上、下手に動くわけにもいかなかった。油断をすれば、いつ殺されてもおかしくない。そして、大神たちが入り乱れた喧噪を傍目に、女は何食わぬ顔で、私に向かって再び問いかけてきたのだ。
「さて、これでようやくお前と話が出来るな。お前、名は何という?」




