47話 白幻虫
「カーマ様! 大変です! シナツが、こちらに向かって、大群で押し寄せているとの情報が……」
大神の里の外れ、『真神の御座』と呼ばれる場所に、慌てふためく様子で駆け込んだ大神。代々、大神の中でも最も強い存在、『真神』と呼ばれる大神の王が座り続けたその場所に座っていたのは人間の女であった。周囲を幻想的な白い光がちらほらと舞いつづける中、ぼさぼさの白く長い髪を揺らしながら、御座に座っていた女は慌てる様子もなく、慌てた大神に対して言葉を返す。
「何をそんなに慌てている。シナツが今更来たところで、恐れることはないだろう」
「ですが、ヤキネ様もシナツに御味方したのと情報が! それが本当ならば……」
大神がそう言葉を口にした瞬間、女の周りをまがまがしい空気が纏い始める。報告に来た大神すらも思わず怖じ気づいてしまうような、そんな空気の中、何事もなかったかのように笑う女。女は自らの中にいる、パートナーに向けて言葉を発した。
「だから言っただろう、マガヒ」
――ヤキネ…… もはやただのふぬけだと思っていたが……
「まあいい、せっかく向こうから来てくれると言うんだ。こんなにありがたい話はないじゃないか」
――今度こそ…… 今度こそあいつを殺す。ヤキネの野郎もだ。そのためにお前と…… お前と契約をすることにしたんだ。わかってるな、カーマ。
「そっちこそわかってるな?」
――ああ、あいつを殺し、大神の一族を忌々しき呪いから開放する。俺達は自由を手にし、そして世界を手にする。
………………………………………
「おかしい、やけに静かだ」
再び、大神の里へ向けて進んでいた私達。私を背中に乗せてくれていたヤキネがふと、そう口にする。いや、今のこの状況に違和感を感じていたのはヤキネだけではない。私だって同じだった。それにきっと、一緒に進んでいる仲間達も同じことを思っているだろう。なぜなら……
敵の大神に一切会わないのだ。
サンダーウィングのメンバー達を助けたときから、しばらく森の中を駆けているものの、他の大神たちには一切、遭遇していない。もちろんこんな広い森だし、たまたま大神たちと遭遇しないと言うことだって十分に考えられるが…… 先ほどからどうにも胸騒ぎが止まらないのだ。
他の仲間達も、同じように不安を感じているのか、はたまた決戦を前に緊張しているのか、皆顔が強張っており、お互いに言葉を交わすことも少なかった。ただ、サンダーウィングのメンバーを除いては。
「あぶねえ!」
突然にそう声を上げたのはリーダーであるアルトである。思わず、声のした方に視線を送ると、バランスを崩し、大神の背中から落ちかけているアルトと、彼を何とか支えようとアルトの背後から必死で腕を伸ばす、サンダーウィングのメンバーの1人ピピの姿が眼に入った。
「大丈夫!? アルト!」
「こっちは大丈夫だ! 姉御! ついついバランスを崩しちまってな…… 面目ねえ!」
「変な動きをするからだろう! 大人しく乗っていろ! そんなに動き回られてはこっちも走りづらくてかなわん!」
そう声を荒げたのは、アルトとピピを乗せてくれていた大神である。どうやら、アルトは珍しい光る虫を見つけたようで、捕まえようと手を伸ばしたときにバランスを崩したとのことだ。周囲の仲間達もすっかりあきれたような様子で、アルトの方に視線を送る。
「イーナ様…… 大丈夫かなあ……」
私とヤキネのすぐ後ろを走る大神、その背にまたがっていたルカが不安を口にする。ルカが不安に思うなんてよっぽどの事である。恐るべしサンダーウィング。そして、弁解するように大声を上げるアルト。バランスを崩しかけていたアルトは、何とか再び体勢を立て直したようだった。
「だってよ! あんな虫見たことねえんだ! 白く光り輝く虫だぜ! 絶対高く売れるはずだ!」
途端、私を乗せていたヤキネの耳がぴくっと動く。今までも警戒しながら進んでいたヤキネであったが、アルトのその一言で、ヤキネの緊張感がより高まったことは、背中越しでも十分にわかった。
「どうしたのヤキネ? 何か心当たりでも……?」
「おそらく、そいつは白幻虫だ。そいつがいるとなると…… こちらの動きは奴らに筒抜けと言うことだ」
「どういうこと?」
「マガヒの奴がどうしてカーマを選んだのか。それはカーマという女が強力な力を使っていたからに他ならない。カーマの能力。それが白幻虫。魔法なのか…… はたまた生き物なのかそれは俺にもわからないが……」
そう語ったヤキネは、なおも移動を続けながら、背中に乗っていた私に過去の話をしてくれた。
初めてカーマが大神の里に来たとき、マガヒをはじめとする大神たちによって、それはそれは、よほど手荒な歓迎を受けたとのことだ。もちろん、大神たちにとっては見知らぬ人間が1人で大神の里にやってきたのだから、そうなるのも自然な話である。
だが、そんな怪しい人間の女を、野心溢れるプライドの高いマガヒがパートナーとして選んだのは、彼女の持っていた不思議な力があったからに他ならない。白幻虫と呼ばれる虫を操った彼女は、大神の激しい攻撃を一撃も食らわずに全て見切ってみせたという。
「白幻虫を操る彼女に死角はなかったらしい。俺も直接見たわけではないから、何とも言えないが、おそらくは探知能力の一種であると思う。現にカーマの周りにはいつもあの忌々しい虫がうようよと浮いている。全く不快極まりない話だ」
「なるほど…… まあ、つまりは、私達はカーマのテリトリーに足を踏み入れたと……」
「そういうことになるな。だが今更止まるわけにはいかない。もう大神の里は目の前だ。一気に駆け抜ける! つかまれイーナ!」
さらにスピードを上げるヤキネ。他の大神達も、ヤキネに続きギアを数段階上げる。むやみに口を開けば舌を噛んでしまいそうなほどのスピードで森を駆け続ける大神達。私達はもはや背中にしがみついているので精一杯であった。あれだけ元気だったサンダーウィングのメンバー達ももう言葉を発することはなかった。
そして、必死に耐えることしばらくの後、遂に大神の里が私達の目に映る。だが、里の前には、こちらを威圧するように、一匹の大神が立ちはだかっていた。そいつが放つオーラだけで、すぐに他の大神たちとは別格である事はすぐに理解した。おそらくあいつが……
大神の四傑の1人、ニニギであろう。




