45話 また一つ、背負って生きていこう
「なんだ、また人間か? 女がたった1人増えたところで、どうするつもりだ」
大神は、突然に現れた私に、最初こそ少し驚き距離をとったが、こちらの姿を見るや、見下すように声をかけてきた。どうやら、私の正体についてはまだ気付かれておらず、ただの人間だと思っているようだ。油断してくれているのならこちらにとっても都合が良い。それに、奴らはまだ、他の仲間達の気配に気が付いていないようだ。
「本当に、私が1人だと思っているの?」
「どういう……? いや、まさか……!」
すぐに周囲を取り噛んでいる仲間達の気配に気が付いた大神は、驚きの表情を浮かべたまま、動きを止めた。そして、何かを理解したような表情を浮かべ、再び口を開く大神。
「そういうことか…… お前が、シナツと手を組んだという人間か」
「残念だったな。諦めて俺達の元に加わるか、それか反逆者として、マガヒに最期までついていくか…… 選択肢は二つだ」
私の隣に並びかけるように歩いてきたヤキネは、私達の目の前に立ちはだかっていた大神に向け、そう冷たく言い放った。そして、その姿を見て再び驚きの表情を浮かべた大神。
「どうして……!」
ヤキネが私達と並んでいると言うことは、大神にとっても信じられない光景だったらしい。さっきまでの威勢の良さはどこへやら。動揺してしまった大神に、さらにたたみかけるようにヤキネが冷たく言い放つ。
「もう一度聞く、俺達と共にマガヒを打ち破ると言うのなら、お前に危害を加えるつもりはない。それでもなお、俺達と刃を交えようとするのなら…… 容赦はしない」
「……俺達に ……マガヒ様を裏切れと?」
振り絞るように声を上げる大神。大神が、相当に迷っているような様子である事は、声色からすぐにわかった。さらにたたみかけるように言葉を続けるヤキネ。言い方こそ愛想がなかったが、繰り返し説得し続けようとするヤキネの様子から、何とか避けられる戦いは避けたい、無駄な犠牲を出したくないというヤキネの本心は丸わかりであった。
「力による支配では、必ず何処かにほころびが生まれる。現に今の大神の一族だって大きくわれているじゃないか。大神一つ、まともに統治できない男に、本当に人間を支配することができるとでも思っているのか?」
「たとえ、そうだとしても…… 俺達のリーダーはマガヒ様だ。裏切るわけにはいかない! ヤキネ覚悟!」
だが、結局大神は判断を変えることは無かった。敵わないとわかっていながらも、私達に向けて突っ込んでくる大神。それを心苦しい表情を浮かべながら迎え撃とうとしていたヤキネ。ヤキネの心苦しさはよくわかる。いくら、今は敵同士だとは言え、元は同じ一族。だからこそ、ヤキネにやらせてはいけない。私にも私の覚悟があった。
「おい、イーナ!」
とっさにヤキネの前に立ちはだかった私は、突っ込んでくる大神に向けて手を伸ばす。すでに魔法の発動の準備はしていた。こうなることは目に見えていたから。
「炎の術式…… 業火!」
文字通り風を切るように駆ける大神の技「風切」。仕組みこそわからないが、風魔法の一種である事は明白である。そして、スガネとの戦いで、私が炎の魔法を使ったとき、大神たちは目の前に上がった炎に怯えるかのように混乱の一途を極めていたのだ。そのことから私は一つの可能性を考えていた。大神たちにとって炎は天敵であると。
予想通り、私の発動した炎の魔法は一瞬で大神の身体を包み込んだ。風魔法の影響か、いつもよりも激しく燃え上がる炎。こちらへと突っ込んできた炎の塊は、次第に小さくなり、ちょうど私の目の前に到達したときに、跡形もなく消え去ったのだ。
「……ごめんね」
そして、私は、何もなくなった目の前の空間に小さく言葉をかけた。そんな私に語りかけてくるヤキネ。ヤキネは淡々と、何故わざわざ私がヤキネの目の前に立ちはだかってまで、大神を攻撃したのか問いかけてきたのだ。
「イーナ、どうして? どうしてわざわざお前が手を汚すような真似を? お前は大神の一族ではないだろう。わざわざお前まで、俺達と一緒に罪を背負う必要は……」
「今更だよ。それにヤキネの手を煩わせるわけにはいかないでしょ! 協力してくれるって言ってくれたのに!」
先ほどの大神の言葉を聞いて改めて私は実感したのだ。結局、今シナツが、そして私達が手を貸しているのだって、マガヒの行動と同じと言えば同じなのだ。今の大神のリーダーはマガヒであり、私達は反逆者。大神のためだ何だと理想を掲げたところで、マガヒだって自らの理想を掲げて先代の真神を手にかけたというのは同じ。
だからこそ、可能な限り、大神たちの手は汚させたくはなかった。シナツやヤキネが言っていた、大神の平和な未来のために。マガヒを倒した後、シナツやヤキネが、新しい大神のリーダーとなることは間違いない。その時に、マガヒを打ち破ったシナツ達の事をよく思わない大神の一族だって少なくはないだろう。
マガヒが、大神に混乱を引き起こした元凶であるのは、間違いはないとは言え、マガヒを討つために、シナツ達の手によって多くの大神を犠牲にすれば、再び大神の一族が割れてしまうような未来だって考えうるのだ。もちろん、シナツ達はそんな事など、覚悟の上である事はわかっている。理想の未来のためには犠牲も必要となる。結局、その時に必要になるのは、「力」。綺麗事を並べたとて、その事実は揺るがない。そして、外部である私達、いや私に出来ることは……
彼らの背負うべき業を、少しでも私が背負うこと。それだけであるのだ。
「イーナ」
笑みを浮かべヤキネへと言葉を返した私の元へと近づいてくるルート。ルートは私にそっと寄り添うように、小さな声で言葉をかけてきた。
「俺達はパーティだ。お前1人だけで背負うと言うことはない。そんな顔をするな」
「うん、ありがとう!」
私の隣に並んできたルートは、不思議なことにいつもよりも大きく、そしてりりしく私の目に映った。長くパーティのリーダーを務めてきたルートは、私よりもずっと冷静で、そして精神的に大人であったのだ。生きてきた時間は、私よりも短いのかも知れないが、それでもルートは私よりもずっと……
「おい!」
真面目な表情を浮かべたルート。その横顔につい目を奪われていた私の耳に、不意に声が届く。サンダーウィングのメンバーが私達を呼んでいたのだ。
「……悪かった。あんたのこと誤解してたよ! あんたは強い。だから今までの事、詫びさせてくれ。すまなかった!」
リーダーのアルトに続いて、他の3人も私の方に向けて頭を下げてきた。正直、私だってサンダーウィングの人達のことを誤解していた。すっかり嫌な奴らだと思い込んでいたし、まさかこんな風に頭を下げてくるだなんて夢にも思わなかった。
「そんな! 大丈夫だよ! 別に大したことは……」
「いや、あんたがいなければ確実に俺は死んでいた! あんたは俺の命の恩人だ! これからはあんたのこと、姉御って呼ばせてくれ! 俺は一緒に姉御について行く!」
――姉御……?
突然の呼び方に、つい戸惑ってしまった私。横に立っていたルートの口元が緩んでいるのが眼に入った。先ほどまでのかっこよかったルートの顔はどこへやら、完全に私を馬鹿にしているようにしか見えなかった。
そして、そんな私の戸惑いなど露知らず、さらにアルト達は熱を込めて、私の方へと向かって頭を下げる。膝を地面へとつけて、深々と頭を垂れる。俺がかつて生きていた世界では、「土下座」と呼ばれた仕草である。
「姉御! 俺達も一緒に連れて行ってくれ! 頼む!」




