39話 静かなる追跡者
「珍しい事もあるものだな。お前が巫人を選ぶ日が来るとは……」
私達の目の前に堂々たる様子で現れたヤキネはルートの方を向きながら、淡々とそう口にした。そして、ヤキネの言葉に呼応するように、憑依を解き私達の前へと再び姿を現したシナツ。
「この者達は信用できる。それにこれ以上奴らの好きにさせるわけにはいかない。ここにいるとは言え話くらいは聞いているだろう? ヤキネ」
「……マガヒを打ち破るために力を貸して欲しいというつもりだろ? 残念だが他を当たってくれ。俺はお前達にも、マガヒにも協力する気はない」
ヤキネはもうすでにシナツが何を言いたいのか分かっていると言う様子で、淡々と言葉を返してきた。だが、シナツもそう簡単に引き下がるつもりはない。ヤキネに対して再び説得するように語りかけるシナツ。
「このままで…… このままマガヒが大神を率いていって、本当に大神に明るい未来が見えると思うか? もちろん俺だって親父のことでマガヒに対して私怨があるというのは否定しない。だが……」
苦虫を噛むような表情を浮かべながらそう口にしたシナツに対して、ヤキネは一切表情を変えることなく言葉を返す。
「もしマガヒを倒したとしてどうする? お前が真神になるつもりかシナツ? マガヒの反乱を防げなかったのも、先代の真神をみすみす失う事になったのも、大神の将来が危ういというのも、お前の力不足が原因だったのではないのか? シナツ?」
「そんな言い方しなくても……」
淡々と、そして、冷酷にシナツに言葉を返すヤキネに対し、ついにこらえきれなかった私は、2人の会話の間に言葉を挟んでしまった。
「イーナ。ヤキネの言っている事は全て真実だ。今回の件は全て俺の力不足によるもの…… 俺に非がある以上、そう言われても仕方ないことだ」
「でも……!!」
どうしてシナツだけがこんなに責められているのか。確かにヤキネの言うことは正論であるのかも知れないが、ヤキネだって大神の一族であり、四傑と呼ばれるような存在であるにもかかわらず、シナツに手を貸すわけでもなければ、マガヒ側についているというわけでもなく、里から離れた場所で安全に暮らしている。そう考えるとなんだか納得も行かなかった。
だが、それでもシナツは、真っ直ぐにヤキネの言葉を正面から受け止めているようであった。そして、再びヤキネの方に言葉を返すシナツ。シナツの口から発された言葉は、私が想像だにしていなかった言葉であった。
「ヤキネ。お前の言うとおり俺には力が足りなかった。だからこそ、次の真神には…… ヤキネ、お前こそがふさわしいと思っている」
……
え?
シナツの言っていることが私には全く理解できなかった。どう見たってヤキネがシナツよりも真神にふさわしいとは思えない。そもそも大神の一族に混乱が生じているのに、里を離れて1人暮らしているヤキネにどうして大神の一族の長がつとまるのだろうか。
それに、さっきからやたらとシナツに対して厳しいし、言い方だって思いやりのかけらもない。シナツの言葉はヤキネにとっても意外なものであったようで、少し驚いた様子を浮かべながらヤキネが言葉を返してきた。
「……馬鹿は休み休み言えよシナツ。 どうして俺が真神にふさわしいんだ? 大神の里を離れここで暮らしている俺がどうして真神に……?」
「……さっきお前は言っていたじゃないか。俺では力不足だと。それは俺自身よくわかっている。それに理由はそれだけじゃない、お前は誰よりも客観的に物事を見られる。リーダーに必要なモノは決して力じゃない。それを俺も…… そしてマガヒもわかっていなかった。だからこそ、大神の一族全体がこんな混乱に陥ってしまっているというワケだ……」
「……」
そのまま黙りこんでしまったヤキネ。シナツもヤキネも一体何を考えているのか、いってしまえば完全に外部である私には全く予想もつかない。もしかしたらヤキネはヤキネなりに思うところがあるのだろうか?
「……断る。俺が里を離れた理由…… シナツ、お前はよく知っているだろう?」
「ねえ、ヤキネが里を離れた理由って?」
シナツとヤキネの会話を端から聞いていた私は、近くにいた大神へとこっそりと尋ねた。
「ヤキネの妻は、先代真神の娘…… つまり、シナツ様の姉というわけだ。そして、彼女は病気で若くしてこの世を去ってしまった……」
大神と私の会話がヤキネにも聞こえていたのだろう。かつての頃を思い出すような様子で天を見上げたヤキネは、そのまま小さな声で語り出した。
「……あの頃の俺は戦いに明け暮れていた。家族のことなど顧みずにな…… 妻の体調の悪さにも気付かず…… 皮肉なことにいちばん大事なものというのは失ってから初めて気付くものだ。俺が気付いた時にはもうすでに妻は手遅れだった。あの子達から母親を奪ってしまったのは他ならぬこの俺だ。だからこそ、俺はあの子達の為だけに生きなければならない」
「そんな事が……」
ヤキネの言葉を聞いた私達の間を重苦しい空気が包み込む。長い沈黙の後に、ヤキネは私達に背を向けて自らの家の方へと戻りながら、ただ一言私達に向けて言葉を発した。
「……そういうことだ。俺は誰にも協力する気はない。帰ってくれ」
「……待てヤキネ……」
そうシナツが声を上げようとした瞬間、また別の大神の声が周囲へと響く。
「あらら! こんな所で何をしているのです? シナツ様! それにまさかヤキネ様までいるとは……」
声の主は私達がここに来るのに通った、囚われの木のあった方向にいるようだ。ヤキネとシナツの会話に注意をしていた私はここに近づいてくるそいつの気配に全く気付かなかった。
そして、他の仲間達も同じくそいつの気配に気付かなかったようで、皆の視線が一気に声のした方向へと移る。囚われの木の方向には、明らかに私達の味方ではなさそうな、こちらに敵意を向けている大神たちの群れがいたのだ。
「探しましたよシナツ様! まさか、ヤキネ様と手を組もうとは…… 本当に油断ならない男のようですね……」
群れの先頭に立っていた一匹の大神は余裕そうにこちらへと声をかけてくる。大神たちの群れは数にして30匹ほどだろうか……。まあこれだけ数に差があれば、敵に余裕が出てくるのも無理はないだろう。
「……あいつは?」
「マガヒの部下の1人スガネ。実力は大神の中でもトップクラスの男だ」
私の問いかけに小さな声で答えてくれたシナツ。スガネ達は私達をこっそりとつけてきたのだろう。全く気配に気が付かなかったのはこちらの失敗であるが、今更いったところで仕方のない話だ。それよりも完全に危機的状況である今の状況をどうやって乗り切るか。それが一番重要である。
「それにしてもヤキネ様は、こんな所に住んでいらしたのですね! どうです? 私達と共に歩む気はないですか? マガヒ様とカーマ様のお力があれば我々大神はこんな森の奥でこっそりと暮らさなくても住む。人間達を…… そして世界を一緒に支配するおつもりはありませんか?」
「くだらん…… 世界だの、何だの俺には興味のない話だ。俺はマガヒにも、シナツにも協力する気はない。帰ってくれ」
勧誘を断られたスガネは、ヤキネに断れるのは織り込み済みであったようで、表情一つ変えることなく、冷たく言葉を放った。
「……ふむ。やはり…… ならば残念です…… シナツと共にここで死んでもらうことにしましょう」




