37話 サクヤの教え
大神の背に乗せてもらいながら、俺達はまず、大神の四傑の1人であるヤキネの元へと向かっていた。いずれにしてもこのままマガヒ達と戦ったところで勝ち目などほとんどない事は自明のことである。
残る四傑の1人、ヤキネが俺達に協力してくれるというわずかな可能性にかけて、俺達は大神の背にまたがり森の中をひたすらに進んでいたのだ。木々がうっそうと茂り、薄暗い森の中を風のように駆けていく2匹の大神。移動を初めてすぐ、サクヤが俺に語りかけてきた。
――イーナよ
――どうしたのサクヤ?
――ずいぶんとおぬしも九尾の力を使いこなせるようになってきたようだし、そろそろ九尾の真の力について説明しておこうと思ってな。あの犬っころ共の話が真実ならば、近い未来、大神たちと本格的な戦闘になる事は間違いないじゃろ?
確かに、炎の術式に関しては、ハインが残してくれた魔鉱石の剣のお陰で、少しは使いこなせるようになってきたという自覚はある。だが、俺自身、九尾が使いこなす力については、まだまだ何も理解していないと言っても過言ではないし、サクヤの言うように大神たちと本格的な戦闘になる事は間違いないだろう。だからこそ、ここでもっと強くなれる道を示してもらえるというのは大変ありがたい話であった。
――ありがとうサクヤ! でも……
せっかくなら、もっと早く教えてくれても良かったのに…… 魔法の力について直接教えてくれたのはロッドだったし、剣術について教えてくれたのはハインだったし、ここまで直接サクヤから何かを教えてもらったという記憶はあまりないのだ。
そして、サクヤは俺が考えていることを見透かしているように語りかけてきた。
――さっきも言ったじゃろ。あのときのおぬしではまだまだ未熟で、九尾の力について教えたところで使いこなすどころか、混乱する羽目になるのが目に見えていたからの……
そう言われてしまっては言い返す余地もない。なんと返すものかと考え、黙っていた俺に、笑いながら語りかけてくるサクヤ。
――そうむくれるな。今のおぬしならもっと力を使いこなせるはずじゃ。だからこそ、こうしてわらわが直接教えようというのじゃ。もっと喜ぶが良い。
――……まあ認めてもらえたようで何よりですよ。それで、九尾の真の力って? さっきの話しぶりからすると炎の魔法以外にも秘めた力があるって事だよね?
――そうじゃ、あんなものは妖狐ならば誰でも使える。九尾が九尾たる所以。それは目の力にある。
――目? いまいち話が見えてこないんだけど……
――それはそうじゃろうな。口で言っても実際に使ってみなければ感覚は掴めまい。あの大神という奴ら…… あの風を切るように移動する奴らの力は厄介極まりない。まあこやつ程度ならば、おぬしでも対処出来たが、四傑と呼ばれているような連中であれば、苦戦を強いられることにはなるじゃろうな。
サクヤの言っている「こやつ」というのは、今俺達を背に乗せて移動してくれている大神のことである。確かに俺達が今後刃を交えることになるであろう大神達は、四傑とまで言われている以上、今俺達を乗せている大神よりも遙かに強力な力を持っていることは間違いない。
先ほどの大神の一撃でさえ、正直な話、目で捉えることは出来なかった。あのとき明らかな殺気を向けてくれていたから対処も出来たが、さらにそれ以上の速さともなれば、対処出来るという自信も無くなってくる。
――その目とやらの力が使えるようになれば、大神のスピードにもついて行けると言うこと?
――そうじゃな。だが結局目で捉えたところで身体が反応しなければ意味のない話だ。だからこそ、ここまでおぬしにこの話はしてこなかった。マナを使うという感覚すらわからない、言ってしまえば戦いに関してはずぶの素人じゃったからの! じゃが、今のおぬしならばおそらくその力を使いこなせるはずじゃ。それに、今度の敵はダイダラボッチとは違う。憑依の力を使えると言うことは、すなわちモンスターの中でも格が一段も二段も上というわけじゃ」
そう簡単には言うけどさ…… 目の力と言われたって、急に使いこなせるようになるなんて到底思えないし、サクヤの言うとおり、見えたところで反応が出来なければ意味がない。正直なかなかに無理難題だよなあ……。
――なに、そんなに心配せずとも、やり方は簡単じゃ。魔法を使うときと同じように、マナを目に集中させる。やり方はそれだけじゃ。大神の背に乗っている今こそ、その感覚を掴むちょうど良い機会だと思って、おぬしに伝えることにしたのじゃ。
森の中を駆ける大神のスピードはまさに風のようだった。一瞬で過ぎ去っていく風景。目で追うのも難しいほどに早い。だからこそ、サクヤの言うとおり、確かに目を鍛えるというのであれば、うってつけの機会である。
――実践あるのみじゃ。身体で覚えるのじゃイーナよ!
本当に出来るのか、それに出来たとしても付け焼き刃で大神に通用するのか?思うとことは沢山あったが、いまここでぐちぐち言っていても仕方が無い。サクヤに言われるがまま、目へとマナを集中させる。マナを一点に集中させる感覚は、もうすでに炎の魔法で習得済であるため、そこまで難しいものではなかった。
――もっと! もっと目に集中させるのじゃ!
落ちないように必死に大神の背にしがみつきながら、目に神経を集中させる。だんだんと目に熱が集まってくるような感覚。そして、次第にスローモーションになり、鮮明になっていく周囲の風景。同時にものすごく気持ちの悪い感覚が襲ってくる。
「うっ……」
耐えきれずにマナを弱めると、先ほどまで鮮明に見えていたはずの周囲の風景が、一瞬で過ぎ去っていく、そんないつもの感覚へと戻った。だが、確かにサクヤの言っていた、九尾の目の力というものを経験できたことは俺にとっても非常に大きい。
――どうやら上手く感覚を掴めたようじゃな! やはり今のおぬしならできると思っていたぞ!
――滅茶苦茶気持ち悪いけどね…… まだまだあの感覚になれるまでは時間がかかりそう……
――だからこそ、この機会なのじゃ。移動時間とは言えど無駄にするわけにはいかない。大神たちと戦うというのであれば、この力は必須になる。ヤキネとやらの元に向かうまでの間、可能な限りこの感覚になれるのじゃ!




