34話 憑依と巫人
「大神? でもどうしてこんな人里の近くに大神が?」
そもそも、妖狐の一族が実在している以上、この森に大神と呼ばれるような一族が存在していること自体は、全く不思議なことではない。だが、大神はナリス大森林のさらに奥地、未だ人の調査があまり進んでいない、原始の森と呼ばれる地域にいるはずの生き物だったはずだ。そんな大神たちがなぜ、こんな人里のそばにいるのか? 気になった俺は、シナツを名乗った大神に問いかけてみた。
シナツはすぐに返答しようとはしなかった。何かを考えこむかのように、少しうつむくシナツ。そんな様子を見た他の大神たちが、シナツに向かって問いかける。
「シナツ様!? まさか、この者達に話すおつもりなのですか!? 本当に信用できるのですか? たいそうな人間たちには全く思えませんが……」
「大丈夫だ。この者達…… 特にその女からは不思議な力を感じる。名前を聞かせてもらってもよいだろうか?」
シナツ以外の2匹の大神たちは、相変わらず俺達に向けて警戒をしているようであったが、どうやらシナツについては事情が異なるようだ。堂々たる様子でこちらへと問いかけてきたシナツに、俺は少し砕けたようにふるまいながら言葉を返す。
「ごめんごめん! まだ名乗ってなかったね! 私はイーナ! あとは、ルート、ナーシェ、で、この子がルカと、あとこの猫がテオだよ!」
「……イーナか。よい名だ。どうやらお前達の中には、人間でないものも混ざっているようだが…… わざわざこの森に来たということは、俺達を討伐しに来たということなんだろう?」
「まあ、そんなところだけど…… どうやらその様子だと、すべて織り込み済みといった所だと推測するね」
「恥ずかしながら、人間の食料を分けてもらっていたのは事実だ。俺たちは腹を満たすことにすらままならない状況であった。だが、本当の狙いは他にもある。こうして人里に姿を現していれば、人間たちのことだ。腕っぷしに自信のあるハンターたちがこの森に来るというのは、織り込み済みだ。お前たちのようにな」
武器を持った俺達を前にしても、一切動じる様子のないシナツ。先ほどからの態度、そして余裕あふれる振る舞いを見るに、たとえ襲われたとしても返り討ちにできるという自信があるのだろう。だが、そうなると、なぜそんなシナツがわざわざハンターをここに呼び寄せるような振る舞いをしていたのか、ますます気になるところではある。
「……それで、お前たち大神がわざわざ人間を呼び寄せるような真似をしていたのはなぜなんだ? お前たちの仲間が襲われたということにも関係があるのか?」
シナツに言葉を返したのはルートである。警戒する様子は見せながらも、さすがに百戦錬磨の戦士といった所であろう、ルートも全く動じるような様子は見られなかった。
「ああ。だが、話の続きは後にしよう。どうやらゆっくり話をできるような状況ではなさそうだ」
「!?」
シナツに遅れること数秒、俺も、そしてルートも近づきつつある何者かの気配に気が付いた。すさまじい速度でこちらへと近づいてくる何か。一気に俺たちの間に緊張が走る。
「……お前たちの力、貸してもらえるか?」
静かに口を開くシナツ。こちらとて断る理由もない。俺もルートも黙って頷き、近づいてくる気配へと備える。ルカとテオのことはナーシェに任せ、気配の方向へと注意を向ける。
がさっという音の直後、一気に風を切るような音が耳へと刺さる。先ほどシナツたちと初めて出会った時と同じ音。直後、突如として首元へと寒気が走る。
――これは殺意……
先ほどのシナツたちと出会った時点で、すでに臨戦態勢に入っていた俺達は、こちらへとむけられた殺意に対し冷静に剣を合わせた。直後、鈍い音が周囲へと鳴り響く。剣を持っていた手に走る衝撃。紙一重のところで、何者かの襲撃を防ぐことはできたようだ。
「……これは?」
そしてその気配の主が俺たちの前へと姿を現す。それは、シナツたちと同じ姿をした大神であった。まだ状況を全く理解できていなかった俺の耳に、シナツの小さな声が届く。
「風切」
直後、俺たちのすぐそばにいたはずのシナツは、俺たちを襲撃してきた大神のすぐそばへと移動していた。次の瞬間、敵の大神達は、一気に血を吹き出しながら崩れ落ちていったのだ。いったい何が起こっているのか、全く理解が追い付いていなかったが、そのまま崩れ落ちていく敵の姿を見て、シナツが襲撃者をしとめたということだけはかろうじて理解できた。
「下っ端というところか」
吐き捨てるようにつぶやき、再びこちらへと近づいてきたシナツ。どうやらもう付近には、襲撃してくる敵はいないようだ。警戒を解いたシナツは、少しリラックスした様子で、俺達に声をかけてきた。
「やはり、お前たちは、なかなか実力者のようだ。相手が下っ端とはいえ、大神の一撃を防ぐとは……」
「全く状況が理解できていないんだけど…… さっき襲ってきた奴は大神の一族だよね? どうして、大神同士が殺し合うようなことに……」
「すまない。少し長くなるが聞いてもらえるか?」
「もちろん!」
「改めてになるが俺の名前はシナツ、先代の大神の長『真神』の息子だ」
「シナツの父親が先代の大神の長ってことは…… つまり…… シナツが今の大神の長ということ?」
先代の長がシナツの父親ということは、話の流れから推測するに今の大神の長はシナツということになるのだろう。聞き返した俺に向けてシナツは淡々と言葉を返してきた。
「違う。というのも、今の大神は一枚岩ではない。俺の父、先代の真神は、裏切りにあって殺されたんだ。大神の一族の中でも特に強力な力を持った『マガヒ』というものの手によってな」
「裏切りって…… 一体どうして?」
「マガヒが大神の一族の中でも優れた力を持っていたことは紛れもない事実だ。マガヒはひそかに自らの仲間を集めていた。俺の父を殺し、自らが大神の長になるために。その結果、大神の一族は大きく二つに分かれた。マガヒ達一派と、そして俺達の一派。だが、マガヒ達の力はすさまじく、歴戦の大神の猛者たちが向こうについてしまった以上、俺達にかなうすべはなかった。里の多くのものは、マガヒに従わざるを得なかったんだ。命からがら原始の森から逃げた俺達は、人里近くで再起を図っていたというわけだ」
「だから、人間の力を借りようと、わざわざ人間をおびき寄せるような真似を?」
「リスクはあった。だが、奴にあの人間がついている以上…… 巫人のいない俺達ではマガヒには敵わない。だからこそ力があって、かつ信用できる巫人が俺達には必要だった」
「巫人?」
「大神の中でも特に優れた力を持つ者は『憑依』という力を使えるんだ。巫人というのは、その憑依される側の人間の事だ。巫人との相性や、元々持っている素養次第では、強力な大神の力がさらに強力なものとなる」
巫人。特に魔力に優れたモンスターの中には、サクヤと同じように憑依の力を使えるものがいるようである。彼らの依り代となる存在。つまり、サクヤにとっての俺のような人間を、『巫人』と言うらしい。俺と同じように、身体の主導権は巫人側にあるとのことであり、その分憑依する側は、巫人の選択が重要であるとのことだ。
――それを知ってて俺を選んだのか? サクヤ?
――わらわには選択肢がなかったからのう…… もしかしたらおぬしよりももっと優れた人間もおったやも知れぬがな…… かっかっか!
笑みを浮かべながら言葉を返してくるサクヤ。サクヤの口ぶりからは決して嫌味のような感情は感じられなかった。どうやら今のところ、サクヤから悪い感情は持たれないようで一安心と言うところだ。サクヤの力、九尾の力が無ければこの世界で俺が生き残っていくことはなかなか困難を極めるだろう。
まあ、サクヤとの話はこのくらいにして話を大神の件に戻すことにする。正直、話を聞いている限りでは大神の一族同士の内乱であり、果たして、俺達外部の人間が片方に肩入れをしてしまっても良いのかと言うことを考えると、なかなか簡単に協力するともいい難いのだ。
「つまりは、シナツは共に戦ってくれる巫人を探しているということでしょ?」
「そう、このまま奴らの好き勝手させるわけにはいかない。それにマガヒが選んだあの巫人…… 奴らは危険すぎる。俺達大神にとっても…… そして、お前達人間にとってもな」




