30話 人間とモンスターと
「イーナちゃん! ルカちゃん! こっちですよ! はやくはやく!」
ナリス行きの列車へと乗るべく、フリスディカ駅中を駆けていた俺達。もちろんこの世界の列車は、現代の都会の電車のように本数は多くはない。列車を一つ逃せば、次の列車まで数時間かかるというのが普通である。
誤算だったのは、少女となった今は、男だった頃よりも準備に時間を要すると言うことであった。制服があるとは言え、服だって何着かは、持っていかなければならないし、いかんせん身につける物が男の時だった頃に比べて多いのだ。
それでいて、ナーシェがアクセサリーだなんだと、またよくわからない小物をどんどんと用意してくれる物だから、なかなか荷物がまとまらない。そういうわけで出発時間もぎりぎりになってしまったというワケなのである。
「だから行っただろう! あれほど準備をしておけと……!」
「ごめん、ルート! 待たせちゃって!」
「ごめんね!」
そして、何とか時間ぎりぎりで、俺達はナリス行きの列車へと飛び乗った。乗った直後、すぐに発車のベルが鳴り響き、扉が閉まる。ゆっくりと揺れ始める列車。出発した列車の中を俺達は、息を整えながらゆっくりと予約していた部屋の方へと歩いて向かった。
「ナリスには昼過ぎ頃到着の予定だ。カムイの街に比べれば大分近い」
時間で言うと、およそ2時間から3時間といったところであろうか。それでも、列車の本数こそ少ないとは言え、列車で個室が用意されているというのは非常に快適である。こんな環境であれば、それこそ寝台であろうが、数時間かかろうが、さほど辛くはない。むしろ列車での移動が楽しいまであるのだ。
「イーナ様、見て! 変な形の物があるよ!」
「変な形の物?」
窓の外、流れていく風景にすっかり夢中になっていたルカが、ふと外を指さしながらそう言った。窓の外に目をやると、確かにルカの言うとおり、奇妙な形をした物が、自然の中に等間隔に立っていたのだ。木か何かで組まれた生き物をかたどったかのような物。キリンのように長く伸びた首と思われる先には、少し大きな謎の黒い球体が取り付けられていた。
「……あれって……?」
「ああ、あれはモンスターよけです。一応ドラゴンの形を模してああいう形にしているらしいんですよ。まあどこまで効果があるのかは全くわかりませんけどね」
「ドラゴンの形……?」
そう言われれば、ドラゴンに見えなくもない。が、果たしてあんな物でモンスターよけの効果なんぞあるのだろうか? と俺はその奇妙なドラゴンを模したと言われる物体を見ながら考えていた。
言ってしまえば、妖狐であり、九尾でもある俺は今や立派なモンスターである。ルカだってテオだってそうだ。だが、皆避けるどころか、何だろうと、興味を抱いてしまっているのだ。それだけでもモンスターを避けるという効果なんて全くないといえる。
「起源こそよくわかりませんが…… ただ、遙か昔から伝わる魔除けであることは確かなのです。 まあつまりはこの世界の何処かに、ドラゴンは確実にいる。それだけは確かなことだとは思いますよ!」
元々、俺のいた世界でもそうだったが、時として人間という物は、奇妙な物を神のようにあがめ奉るものである。端から見れば、奇妙と言いようがない、そのオブジェ。もし俺に美術的な素養でもあれば、受け取り方も違っていたのかも知れない。
「……あんなものでモンスターを避けられるのであれば、苦労もしないんだがな……」
ぽつりと呟くルートに、俺は言葉を返す。
「魔除け…… のオブジェがあんなにあると言うことは、ここらへんもモンスターの被害が結構あったりするもんなの?」
「そうですね…… ここに限らず、シャウン国内…… いえ、この世界では人間とモンスターの共生というのは大きな課題になっています」
「モンスターと言ってもいろんな奴がいるからな。知能が高い奴もいれば、人間に友好的なモンスターだっている。逆もまた然りだがな。現にイーナ達だってモンスターだろ?」
なるほど確かにそうだ。ルートの問いかけに、俺は黙ったまま頷いた。
良い人間、悪い人間、様々な人間がいるように、モンスターだっていろんなモンスターがいる。人に益をもたらす者もいれば、害をもたらす者もいるのだ。
「本当は私達も、出来ることなら人間とモンスターと共生していきたい。ですが、それを良しと思わない人間も多いですし、モンスター達だって、皆が皆、人との共生を望んでいるというわけではないですから……」
少なくとも、ナーシェの言葉は嘘をついているようには到底思えなかった。だが、それならば何故、モンスターを討伐するギルドという組織に属しているのだろうか?気になった俺は、ナーシェへと問いかけたのだ。
「ナーシェは、どうしてギルドに入ろうと思ったの?」
「簡単ですよ! ギルドにいたら、最前線でいろんなモンスター達と出会えるわけじゃないですか! それにいろんな生き物達の生態をこの目で見ることが出来る! やっぱりフィールドワークこそが最も楽しいですからね!」
まるで、無邪気な子供のように目を輝かせながら、はしゃぐナーシェ。確かにナーシェの言うとおり、より多くの生き物たちに出会うためには、このギルドという組織に属していることが最も向いている事は間違いない。それに命をかけることが出来るというのは、研究者に向いているところもあるというか……。言及はとりあえずよしておこう。
それから、あっという間に列車の移動の時間は過ぎ去っていった。そして、気が付けば、俺達の目的であるナリスの街の街並みの様子が、列車の窓から見える場所まで来ていた。ナリスの街に到着したら、いよいよ俺達ヴェネーフィクスの初めての任務のはじまりである。
期待と不安の感情の中、俺達は、ナリスの地へと足を踏み出した。




