28話 カミングアウト?
医療について、そしてドラゴンの話について調べる。これからの方針は確かに決まった。だけど、1人で探すというのは、効率が悪すぎるし、せっかくナーシェという医療魔法の使い手がいるのだ。ナーシェに今の俺の状況を理解してもらい、一緒に治療法を探していく。そうするのが最善だと俺は判断したのだ。
「ナーシェ、あのさ……」
本を開いているナーシェに向けて、俺は少し緊張しながら言葉をかけた。いずれにしても、パーティを組んだというのに、俺の置かれている状況をいつまでも隠しておくわけにはいかない。到底、そう簡単に信じられるような話ではないことは俺自身が一番よくわかっていたが、それでも今の状況をナーシェにも理解してもらわなければ、話も進まないのだ。
「何でしょうか? イーナちゃん?」
どうやって、伝えればわかってもらえるだろうか。そう考えているとなかなか上手く言葉も出てこない。言葉に詰まる俺に、サクヤが語りかけてくる。
――今更、何をためらっておるのじゃ? おぬしの言葉で伝えれば良かろうに
心の何処かで、受け入れてもらえないかも知れない。そんな恐怖心があったのかも知れない。だけど、サクヤの言葉通り、今更の話である。もうまとまっていなくたって大丈夫だ。きっと。
「ナーシェ、私はこの世界の人間じゃない。別の世界から来たんだ」
「……?? どういうことです?」
それから俺はナーシェにここまで俺が体験したことを全て話した。前の世界で動物のお医者さんだったこと。突然この世界に来てしまったということ。サクヤの命を救うために九尾の姿になったこと。ナーシェは思っていたよりも真剣に俺の話を聞いていてくれた。
「つまりは…… イーナちゃんは、お医者さんで…… 九尾さんの治療法を見つけるべく、私達と一緒にフリスディカへと来た…… そういうことですか?」
「自分でも信じられない話だろうと言うことはわかってる。でも、ナーシェにはどうしても話しておきたくて……」
「……」
「本当だよ! だってイーナ様を九尾様の元に連れて行ったのは私だもん! ナーシェもすごいけど、イーナ様もすごいんだよ! 今は、可愛らしい女の子の姿になってるけど、前の男の時の姿もかっこよかったんだ! 怪我をした私を手当てしてくれたイーナ様本当に優しかったんだよ!」
ルカの口から突如として発された言葉に、俺は一気に焦りを覚える。獣医である事、サクヤの命を助けようとしていることは、ナーシェにも伝えていたが、俺が以前は男であったこと、それだけはナーシェに伝えていなかった。
温泉の時だって混浴と言うことに恥ずかしがっていたナーシェだったし、一緒にいた少女がまさか男だったなんて知ってしまったら、それこそ拒絶されてしまうかも知れない。それが怖かった俺はどうしてもそれだけは伝えられていなかったのだ。
ルカも俺を何とかフォローしようと思って、言ってくれたというのはわかる。だが、ルカの言葉を聞いたナーシェはうつむいたまま、動かなくなってしまった。
「ご、ごめん…… ナーシェ……」
「イーナちゃんが、男? イーナちゃんが……」
うつむいたぶつぶつと呟くナーシェ。ルカは不思議そうな様子でナーシェの方を見つめていた。ルカよ、誰しもがルカのように何でも受け入れてくれるわけではないんだぞ……
もはや、ごまかしても仕方が無い。こうなったらもう謝るしかない。
「ごめん! ナーシェ!」
「ごめん……?」
相変わらずうつむいたまま、言葉を振るわせるナーシェ。もはや恐怖を通り越してホラーである。目の前のナーシェから発されるオーラに思わず目を瞑ってしまった俺。そんな俺に突如として、何かが触れる感覚が訪れた。
「こちらこそごめんなさい! ずっとイーナちゃんを女の子だと思っていて…… あんな可愛らしい服を無理矢理に着せてしまって…… 嫌じゃなかったですか!?」
――あれ?
おそるおそる目を開けると、ナーシェが今にも泣き出してしまいそうな顔で、俺の身体へとくっついてきていた。ぎゅーっと抱きしめるように身体を寄せるナーシェに、俺は何が起こったのか、唖然としてしまった。
「嫌じゃなかったよ! 全然! ほら可愛い!」
すっかり取り乱してしまったナーシェを何とか落ち着けようと、俺はローブを脱ぎ、カムイの街でナーシェに買ってもらったワンピース姿を見せつけた。俺は何をやっているんだろう、そんな気持ちがあったことは否めないが、想定外のナーシェの反応に、俺もすっかり動揺してしまっていたのだ。
「あ、あのさ…… むしろナーシェ…… 引いてない? 大丈夫?」
てっきり拒絶されるもんだと思っていた俺は、おそるおそるナーシェへと問いかけてみた。
「どうして引くんですか?」
「いや、だって…… この姿になったとは言え…… 元々は……」
「イーナちゃんはイーナちゃんですよ」
何が問題なのか、と言った表情のまま、俺に言葉を返してくるナーシェ。そして、その表情をみた俺は、自らの思っていた心配が杞憂だったのであると完全に理解した。ナーシェにとっては俺が男だろうと女だろうとどっちだって良かったのだ。
「……ありがとうナーシェ! ナーシェに伝えられて良かったよ!」
ずっと、心の中に引っかかっていたわだかまりが一気に晴れていった。やっぱりナーシェ達と一緒になって良かった。すっかり気分も軽くなった俺に、ナーシェが声をかけてきた。
「ねえ、イーナちゃん……」
「どうしたの?」
「この際だから言わせてもらいます! イーナちゃんは隙が多すぎます! まず座り方! ちゃんと脚を閉じてください! せっかくそんなに可愛いのに、振る舞いがそれではおじさんです!」
「えっ……」
今までは全く異なる熱量を見せながら一気に俺へと迫ってきたナーシェ。迫力の溢れるナーシェの姿に俺もついたじろいでしまう。
「イーナちゃんが前にどんな姿をしていたかはこの際どうでもいいんです! わからないなら、ちゃんと私が教えてあげますから! ほら!」
どうやら俺の心配は本当に杞憂だったようだ。何よりももっと心配するべき事が他にあったのだ。俺の立ち振る舞いを注意するナーシェは鬼のように厳しかった。結局、それからしばらくナーシェによる俺のためのマナー講座は続き、医療についての話が出来るようになったのは、夜になってからのことであった。




