25話 ヴェネーフィクス
ようやくフリスディカ行きへの列車へと乗った俺達。初めて乗る寝台列車の客室に、興奮が収まっていなかったのは、隣に座っていたルカである。
「すごい! 列車ってすごいね!」
「ニャ! 早すぎて目が回りそうなのニャ!」
外はもう真っ暗だったが、窓に顔を押しつけるように外を見ていたルカとテオ。初めて乗る列車に2人はすっかり夢中になっていた。そして、2人とは対照的に、大人しく座っていた俺に、ナーシェが問いかけてきた。
「イーナちゃんも魔鉱列車には初めてのるんですよね?」
「魔鉱列車?」
「そうです! こんな大きな列車がどうやって動いているか。それも行ってしまえば魔法の力なんです! 魔力を秘めた魔鉱石と呼ばれる石のエネルギーで、こんな大きな箱を動かしているんですよ!」
「魔鉱石って、この剣の材料になったって言う石だよね?」
ハインから受け継いだ2本の剣。妖狐の里での修行の時に、ハインが言っていた台詞を思い出しながら、俺はナーシェに聞き返した。
「そうですよ。今や魔鉱石は私達の暮らしに欠かせないもの。加工技術の発達によって武器にも、道具にも広く使われているんです!」
聞けば聞くほどに魔鉱石とは何とも便利な代物であるようだ。原理はよくわからないが、確かに魔力が身体の奥から湧いてくる感覚は俺も味わっている以上、魔鉱石の力というものを信じざるを得ないというのは事実だ。
「でも、便利なだけではないんです。強力な魔鉱石はそれだけ価値があるもの。戦争の原因にも、殺し合いの原因にもなっていることは事実なんです……」
ナーシェが複雑な表情を浮かべながらそう呟いた。確かにこれだけ便利なものとなれば、この石を求めて争いがあると言うことも十分に頷ける。世界は異なっても人というものは大きくは変わらない生き物であるようだ。
「ギルドの中にも、魔鉱石のハンターを専業にしている奴らもいる。強力な魔鉱石はそれだけ高く売れるからな。人を守りたいとギルドに加入する者もいれば、一山当てたいとギルドにくる者もいる。いろんな奴が集まる以上、危ない奴らもいることは事実だ。これから、イーナやルカも気をつけた方が良い」
「わかった! ありがとうねルート!」
ルートは俺達の事を本当に心配してくれているのだろう。沢山の人間が集まっているとなれば、多かれ少なかれそう言う輩がいると言うのは俺も十分に理解していた。これからギルドの本部に向かうのだから、ルートの言葉はしっかり胸に刻みつけておかねばなるまい。まあルカは外に夢中で全く聞いていないようだったが…… 後でちゃんと言っておけば大丈夫だろう。
闇の中を静かに走る列車。心地よい揺れに、すぐに眠気が襲ってくる。ここまで旅をしてきた疲れもたまっていた俺は、まだ外に夢中であったルカとテオをよそに、備え付けられていたベッドの一つに、身体を横たわらせ目を瞑った。明日はいよいよ王都であるフリスディカにつく。そして正式にルート達とパーティを組むことになるのだ。
一体、人間の世界で、どんな出会いが待っているのだろうか。俺は新たな世界に胸を膨らましながら、人間界最初の日を終えたのである。
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窓から明るい日差しが差し込んでいる。柔らかな朝の日差しを顔に浴びながら、俺は目を覚ました。列車に揺られながら、ゆっくりと身体を起こし、外へと目を向ける。すると、緑に包まれた風景の向こう側、遠くからでもわかるような大きな建物と、それを中心にどこまでも広がっているように錯覚してしまいそうなほど大きな街並みが見えたのである。
そう、ようやく目的地である、シャウン王国の王都フリスディカに到着したのだ。
フリスディカ -Frethdieca-
シャウン王国の王都であり、シャウン国内でも最大の人口を有するシャウンの中心都市である。世界でも有数の大都市であるとされ、人の賑わいと街の発展具合から、この世界でフリスディカで手に入らない物はないと言われるほどであるそうだ。
「久しぶりですね! やっと帰ってきました!」
列車を降りた直後、背を伸ばすナーシェ。フリスディカにたどり着いた列車からは次々と乗客が笑顔を浮かべながら降りてくる。駅のホームだけでもすでにわかる。このフリスディカという街が、大変に活気の集まるシャウン王国の中心都市であると。
「すごいね! 広い!」
カムイの駅でさえも広くて驚いたが、フリスディカの駅はもっと広かった。沢山の魔鉱列車がホームを埋め尽くすように並んでおり、出発していったかと思いきや、すぐにまた別の列車が入ってくる。まさに都会のターミナル駅、そんな場所であったのだ。
そして、駅を出た俺達は、ルートの案内に従って、ギルドの本部を目指して歩き始めた。カムイの街ですら、ずいぶんと都会であると感じたが、王都フリスディカはそれ以上に都会だった。駅から伸びるフリスディカの大通りは人で溢れており、朝から活気で満ちていた。
「ついたぞ、ここがギルドの本部だ」
駅を出て数分もたたず、立ち止まるルート。先ほどから人が頻繁に出入りしている煉瓦造りの立派な建物を示しながら、ルートはそう口にした。
「え、もうついたの!」
「ギルドのメンバー達は任務や調査でシャウン国内どこにでも行くからな。駅に近い場所の方が便利だろ?」
確かに、これだけ駅が近ければ相当便利であろう。そんな事を思いながら、ギルドの建物の入り口をくぐった俺達。建物の中にはいった俺の目に映ってきたのは、立派な装飾の数々と、活気の溢れるハンター達の姿であった。
建物の中央の天井には立派なシャンデリアが存在感をはなっており、壁には沢山の装飾が施され、謎の旗が大量に並んでいる。そして、入り口近くにある酒場では、まだ朝であるのに関わらず、数人のがたいのいい男達が酒を飲みながら盛り上がっているようであった。
「まあ、こんな感じだな」
ギルドと聞いて、想像していたような場所とほとんどイメージの相違はなかったから、特段驚きはしなかった。だけど、なかなかに柄が悪そうな男達も沢山いるようで、油断はしてはいけないというルートの言葉は的を射ているのだろう。
「ようルート。ハインとロッドの野郎はどうしたんだ? それにお前いつの間にそんなモテモテになったんだ?」
こちらに気付いたのだろう。建物に入って間もなく、俺達の元にがたいのいい男達が数人俺達を囲むように近づいてくる。辺りを見回しても、暑苦しい男ばっかりの空間であり、その中でナーシェだけでなく、俺やルカも引き連れているルートは特に目立つのだろう。建物に入った直後から、ものすごく視線は感じていた。
「ハインとロッドは死んだ。その代わり、この2人が新しく俺達のパーティに入ることになったんだ」
「はっ! 遂にハインの野郎くたばりやがったか! ざまあないぜ。 それにしてもどういうつもりだ? ここはガールズバーじゃないんだぞ」
ニヤニヤと笑う男達。俺とルカへと注がれる気味の悪い視線と、仲間であったはずのハインに対する失礼な態度に、つい俺も言い返してしまいそうになった。だが、男に向かって声を上げようとした俺の前に立ちはだかるルート。そのまま、ルートは男達に言葉を返した。
「どうもこうもない。俺達はこれから、このメンバーでパーティを組む。ただそれだけの話だ。先を急ぐので失礼する」
「ふん、『ヴェネーフィクス』も堕ちたもんだな」
笑い声を上げながらそう言葉を続けた男達。男達を無視するように、俺の手を掴み、その場から逃げるように離れるルート。同じくルカの手を引きながらルートについていくナーシェ。離れていった男達は、ただ下品な笑い声を上げながら、去って行く俺達に嘲笑を送っていた。
「ちょ、ちょっとルート! あんなクソみたいな奴らまでいるの」
「ああ、いろんな奴がいるといっただろう。気にするな」
ルートに手を引かれたまま、そのまま建物の奥までたどりついた俺。人が少なくなった場所で、ようやく俺の手もルートの手から解放された。ルートだって思うところはあるに違いないし、別にあんな奴らの事を今更掘り返す必要も無いだろう。それよりもだ。
「あいつらが言ってた『ヴェネーフィクス』って?」
「俺達のパーティの名前だ」




