23話 初めての人間の世界
カムイ -kamuy-
神に最も近い街という意味の、名前を持ったその街は、シャウン王国と呼ばれる国の中でも、比較的大きな街であるらしい。レェーヴ原野の端に位置するということもあり、レェーヴ原野方面へと向かう冒険者達で、街は賑わいに包まれているようだ。
「やっとついた……」
あれからどの位歩みを進めてきたのだろうか。何もないレェーヴ原野をひたすらに歩くこと数日間。俺達はようやく人間達の住む街へとたどり着いたのだ。
「すごーい! こんな賑やかな場所、ルカはじめて!」
カムイの街並みを見て興奮を隠しきれないルカ。ルカにとっては妖狐の里を離れること自体が初めてのことであるらしく、人間の世界の全てが新鮮であるようだった。もちろんケット・シーのテオにとっても、そして俺にとっても、それは同じである。
「すごいね! すごく発展してるんだね!」
この世界に来てから、妖狐の里のことしか知らなかった俺も、思っていたよりも都会であったカムイの街の風景にすっかり夢中になっていた。
近代的な石畳の街。そして綺麗に整備された街並みは、歴史関係の書物で見たような、近代ヨーロッパの街並みそのもののようであった。街をゆく人々は活気に溢れ、皆おしゃれな衣装に身を包んでいる。
「カムイの街は、シャウン王国西側の中心都市でもあるからな! せっかくだから少しくらい観光していくか?」
お上りさん状態になっていた俺達にルートが笑いながらそう提案をしてきてくれた。
「うん! せっかく人間の世界に来たし色々見てみたい!」
せっかく初めて人間の街に来たのだ。どんな文化があるのかも見てみたいし、どの程度の文明を築いているのかこの目で確かめてみたい。
「そうだな、フリスディカ行きの列車は夜に出発だからな。それまではカムイの街でも見て回ろうか!」
「列車? そんなものあるの!」
「ああ、基本的に移動は列車だ。ギルドのメンバーなら、乗車券も支給されるが…… そういえばイーナ達はまだメンバーじゃないからな…… まあ心配するな。そのくらいは俺が出しておくよ!」
妖狐の里しか知らなかった俺にとって、この世界に列車があるという事実は衝撃だった。思っていたより、ずいぶんと文明は進歩しているようだ。
「れっしゃ……?」
ルカとテオはなんだかよくわからないと言った様子で俺とルートの会話を聞いていた。首をかしげ、その言葉の意味を問うルカに対し、笑顔を浮かべたのはナーシェである。
「そのうちわかりますよ! とりあえずは観光です! まずはあの中心部にある大きな塔! カムイの塔と呼ばれる、この街のシンボルマークが有名なんです!」
ナーシェが指さした先、街の中心部の方には、家々の向こう側に大きな塔が立ちはだかっていた。立派な建物が建ち並ぶ街並みではあったが、その塔の大きさは群を抜いていた。街のどこからでも見えるというカムイの塔は、カムイの街の発展をずっと見続けてきた、街の人々にとって最も大切なものであるようだ。
「あの塔の下がちょうど、カムイの駅になっているんです! まずは先に乗車券を買ってしまってから、ゆっくり街を歩くのが良いかなと思います!」
「そうだな、まずは中心の方へと向かうか!」
俺達は賑わい溢れる街の中を、ルートとナーシェの案内でどんどんと進んでいった。人通りこそ多かったものの、どこからでも一目でわかる、カムイの塔を目指していけば駅にたどり着くようで、特段迷うことはなさそうだ。
「なんか良い匂いがする……」
大通りを歩いている途中にルカが、ぽつりと呟く。すぐに俺の嗅覚にもジューシーな匂いが届く。歩を進めるにつれ、香ばしい肉の焼けたような匂いが、どんどんと濃くなっていき、辺りへと充満していく。
目に入ってきたのは、人だかりの出来ている店、おそらくは、あの店がその匂いの発生源であろう事は、すぐにその人だかりから判断できた。
「ずいぶん人気そうだね!」
「あれは、カムイバーガーですね! カムイの街のご当地グルメなんです!」
「ねえイーナ様、ナーシェ! 私、食べてみたい!」
ルカがキラキラとした表情で、こちらへと視線を送ってくる。食べてみたいというのは俺も一緒である。だけど、今の俺達は妖狐の里から出てきたばかりの一文無し。この世界で何かを買ったりするようなお金など持っていない。
「……ねえ、ルート……」
情けないが仕方無い。今はルートとナーシェを頼るほかはない。
「……仕方無いな。先に券を買ってからな!」
「ありがとう! あとでちゃんと返すから!」
「気にするな、パーティに入ってくれたお礼だ。その分後でちゃんと働いてもらうから、問題ない」
そう言葉にしたルートの顔は笑顔が溢れていた。ハインとロッドを失ったときの絶望とも言えるような表情からは、ずいぶんと立ち直ったようで、俺も少し安心していた。
そのまま、俺達はさらに中心部の方へと進んでいった。先ほどまで遠くに見えていた塔は、もう目前である。近づけば近づくほどに、カムイの塔の大きさをこの身で実感する。近くで見上げるカムイの塔は、まさに天にまで届くかと錯覚するほどに、高く、そして雄大にそびえ立っていたのだ。
「すごい……」
思わず、その圧倒的な存在感に魅了されてしまった俺とルカ、そしてテオ。そんな俺達を呼ぶナーシェの声がこだまする。
「皆こっちですよ!」
塔の下へと入っていくナーシェとルート。俺達も2人に従って建物の中へと急ぐ。見た目は塔の一部かと思ってしまうような、何の変哲も無い建物であったが、中に入るとまるで異世界のような光景がすぐに広がった。
大きなプラットホームにいくつも並ぶ列車。駅の中には蒸気機関車にも似たようなフォルムの黒い列車が数台停車していた。
「すごーい! なにあれ! あれが列車!?」
思わず驚きの声を上げるルカ。ルカもテオも、初めて見る黒い大きな箱にもうすっかり目を奪われていた。
「切符売り場はこっちですよ!」
プラットホームの端の方に、人が数人集まっているような場所があった。おそらくはあれが切符売り場なのであろう。そして、いくつかある窓口の一つへと近づいていくルート。俺達もルートについて、窓口のおじさんの元へと近づいた。
「乗車券を買いたいんだが、えーと女性2人だな」
なにやら懐から取り出した手帳のようなものを見せながら駅の係のおじさんへと話しかけるルート。ナーシェもルートと同じように、自分の持っていた手帳を開きながら、おじさんへと見せていた。どうやら、ルートとナーシェがおじさんに見せている手帳、あれがギルドのメンバーである証であるようだ。
じーっとその手帳を確認した後に、おじさんは落ち着いた様子で口を開く。
「えーと、お前さん達はギルドのメンバーだな。あとは…… そっちの嬢ちゃん2人かい? どこまで行くんだい?」
「フリスディカだ。 最終便の夜行列車の分でお願いしたい」
「はいよ…… お嬢ちゃん、猫は逃がさないようにするんだよ!」
笑顔で俺とルカに語りかけてくるおじさん。最初はお嬢ちゃんと呼ばれたのが、自分の事だとは全く思っていなかったが、どうやら俺のことであったらしい。まだ、何か少女として扱われることに違和感を覚えてはいたが、まあ気にしても仕方無い。知らない人から見れば俺は、ルカとさほど変わらないただの少女の姿であるのだろう。
ルートとナーシェのお陰で無事に乗車券も確保できた。出発時刻は夜の10時、フリスディカには明日の朝に着くとのことだ。これで旅の準備も整った。あとは出発時間までカムイの街を満喫するだけだ。
「じゃあ、切符も買ったし、街の方へ行くか。とりあえずは腹ごしらえだな!」




